番外編 王女殿下と春を呼ぶお菓子6
「ちょっと、いまあなたたちアーシュって言った?」
黒髪の女性がメイリーアに話しかけてきた。
ルイーシャが目を丸くした。なにしろ『私の花園』で女性客を見るのは初めてである。店主が悪人面、もとい強面の為、女性向けのカフェなのに客はレオンの舎弟を希望する男性陣ばかりなのである。それももれなくほぼ全員強面の、だ。
そんななかすっきりとした面持ちの若い女性が一人でお茶をしていたことにルイーシャが驚いたのも無理はない。
「…ええ、言ったわ」
メイリーアが慎重に返答した。
「それって、アーシュ・ストラウトのこと?菓子職人をしているアーシュって人をさがしているんだけど、あなたの言っていたアーシュって人は菓子職人かしら?」
「ああ、それならアーシュだろ。『空色』って看板で店やってるぜ。ここで提供している菓子も『空色』から仕入れているんだ」
メイリーアの言葉をレオンが引き継いであっさりと答えた。貴重すぎる女性客には親切なのだ。
「そうなの?じゃあ一つ注文してみようかな」
女性はそう言って空席に置いてあった品書きを持ってきて目線を落とした。
「なに、アーシュの知り合いか?」
「んんー、まあね。昔一緒に働いていたのよ」
女性は品書きを目で追ったまま答えた。
「じゃあ、この季節のタルトにしようかな」
「まいど!これ食べ終わったらメイリーアちゃんに案内してもらうといいよ。彼女『空色』で売り子しているから」
その言葉に女性がメイリーアの方を振り返った。背の高い女性だった。年のころはアデル・メーアと同じくらいか、もしくは年上だろうか。姿勢もよく、立ち姿は凛としていて存在感があった。メイリーアの瞳をじっとみつめて、その後全身をしっかりと確認するように眺めた。何かを考えるかのように少しの間黙り込んだ彼女にメイリーアは内心少しだけどきりとした。いまいち自分に自信がないこともあり、年上の堂々とした態度の女性の前だとすこしだけ緊張するのだ。
「そうなの?へえ、あいつが売り子をね…。あれは、あの男は今は一緒じゃないの?ええとフリッツだっけ、カスティレートではいつもアーシュと一緒にいたんだけど」
女性はアーシュのほかにフリッツとも面識があるらしい。レオン相手に臆せずに話しけている。
「ああアーシュの弟子だろ。一緒に働いているぜ」
「ふうん。じゃああなた後ほど案内してくれる?私はニルダっていうの。よろしくね」
そう言って黒髪の女性、ニルダはメイリーアの目をしっかりと見据えて口元で弧を描いた。
その数十分後、メイリーアはニルダを引き連れて『空色』を訪れた。おなじみのベルがからんころんと鳴り扉を開くとアーシュが売り場で店番をしていた。どうやらフリッツは留守のようだ。
「いらっしゃ…、ってなんだメイリーアか」
いつもと変わらないアーシュの様子にメイリーアは拍子抜けしてしまった。
というかメイリーアだけが変に意識をしているのであって、アーシュの方は通常運転である。
「なんだとはなによ…」
「アーシュ!」
メイリーアが文句の一つでも言ってやろうとしたところにニルダの大きな歓声が被った。
ニルダは手を振り上げてまっすぐにアーシュの方を見つめていた。その頬は紅潮し、旧知の人物に再会した喜びで溢れていた。
アーシュは歓声を上げた人物に目をやり、あんぐりと口を開いた。
「ニルダ?ニルダ・アンソラか?マジか、本物か!」
驚きから一転、彼の方も大きな声をあげてニルダを歓迎した。普段あまり笑わないのに、今のアーシュは純粋な子供のように大きく目を見開いて、そして屈託なく笑顔を浮かべていた。
アーシュは素早くカウンターを回って店の売り場の方へとやってきた。メイリーアとルイーシャだけが取り残されたかのようにその場の空気から取り残されていた。
「本物に決まってるでしょう?私に双子の妹なんていやしないよ」
その雰囲気は昨日今日の知り合いというものではなかった。二人にか分からないような、なにか特別な間合いが存在している。
「どうしたんだ?ブリュゲスから来たのか?グランヒールまで遠かっただろ」
アーシュは明日は槍でも降るのでは、というくらい普段の彼からは想像もつかないくらいの笑顔を振りまいてニルダと向き合っていた。
「まあね。一度くらいは食の都と呼ばれるトリステリア王国の王都の菓子店巡りでもしてみようと思ってね。私だって菓子職人のはしくれだからね」
ブリュゲスとはトリステリア王国の南に位置する大国、カスティレート国の王都の名前である。
「へえ、じゃあしばらくこっちにいるのか」
「まあね。ちょっと見て回ろうと思って。そういえばいつも一緒にいた、フリッツは?一緒じゃないの?」
「ああ、あいつも一緒だぜ。今配達に行ってもらっている」
ニルダはフリッツとも面識があるらしい。気安い間柄なのかそのまま昔話に花を咲かせている。メイリーアは所在無げにその場に取り残されていた。
挨拶をしようとしたのにあっさりと流されたのがつまらないのだ。ここに立ち続けているのもなにか違う気がするから、一度裏に回って着替えてきた方がいいだろうか。なんとなく、面白くなかった。メイリーアにも普段からあのくらい親しげに振る舞ってくれてもいいのに、とか心の隅で思ってしまう。
「それにしてもアーシュがグランヒールで店を持っているなんてね」
「まあな。このあたりは賃料も安かったし、色々と偶然が重なって店持てたんだ。あ、そうだ、こいつはメイリーア。時々店に来てて売り子してるんだ」
突然会話の中に放り込まれたメイリーアは目を瞬いた。突然降られても困る。
アーシュは気にするそぶりもなく、メイリーアの頭の上に自身の手をぽんと置いた。
「えっと、メイリーアです。こっちはルイーシャ。一緒に売り子をしているの。毎日ではないけれど」
「ふうん。あの話本当だったんだ。それにしても大丈夫?こいつ厳しいでしょう」
ニルダはメイリーアにも明るい声と笑顔のままで話しかけてきた。親しげな雰囲気にメイリーアの心のささくれもすぐに消えてなくなってしまったほどだ。
「ええ、最初は怖くて厳しくって。絶対に見返してやるわって頑張って働いたわ」
「なるほど、見た目と違って芯のあるお嬢さんなのね。こいつの下でそれだけ思えれば上等よ。カスティレートの店で一緒だった時もそりゃあもう、周りにも厳しいやつでね」
昔を思い出したのかニルダはくすくすと笑いだした。
「いいだろ、別に」
アーシュは笑顔から一転、不機嫌そうに目をすがめた。こうすると目付きの悪さは五割増しになる。
「はいはい」
ニルダはアーシュの不機嫌も軽く受け流した。メイリーアは目を見開いた。こんな風にアーシュと軽口を交わす女性を見るのは初めてだったからだ。
「ま、アーシュの口と目付きの悪さなんてすぐに慣れるから。メイリーア、あ、メイリーアって呼んでもいい?」
「え、ええ」
「メイリーアも腹がたったら脛蹴ってやりな」
そう言ってニルダはアーシュを蹴るふりをしてみせた。あっけらかんとした態度にメイリーアとルイーシャは呆気にとられたけれど、さばさばした態度でアーシュに接する姿にメイリーアも彼女のことが好きになった。
「ふふっ」
メイリーアはおかしくなって噴き出した。
「わたしにもできるかしら」
「メイリーア様!」
そんなことを覚えられてはたまらないとばかりにルイーシャが叫んだがメイリーアはお構いなしだ。
「あら、コツなら私が教えてあげるわよ」
ニルダがまぜっかえした。
「ああもう、ニルダもこいつに余計なことを教えるな!メイリーア、いいから着替えてこい!」
不機嫌全開なアーシュが叫んだ。
さきほどからニルダのペースに押されっぱなしなので機嫌が悪くなっているのだ。どうやら昔馴染み相手に調子が出ないらしい。
とばっちりを受けるのはごめんとばかりにメイリーアとルイーシャはそそくさと厨房へ続く扉の方へ向かった。
いつものように『空色』の二階の小さな部屋で着替えて戻ってくるとニルダが振り返った。
「あら可愛い」
「ありがとう」
可愛いと言われたメイリーアは少しだけ照れて頬を染めた。そろそろ暖かくなってきたため白いブラウスに紺色のスカート、水色のエプロンという一番最初に『空色』で支給された制服である。レオン手製の制服は冬用の為今着ると暑いのだ。このあいだ春用のも可愛いものを今作っているから、と言っていたのでそろそろ新作をお披露目できるかもしれない。




