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王女殿下と菓子職人   作者: 高岡未来
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一章 脱走王女と菓子職人5

「べ、別にいいでしょう。…色々よ、いろいろ…」

 その質問はしてほしくないのか、メイリーアは気まずそうにそっぽを向いた。

 色々…と言われても理由になっていない。

「ま、どうせのんきなお嬢様のお忍びってところだろうけど。そういうのに巻き込まれるこっちの身にもなれっ!これから客先にも謝りに行かないといけねぇし、こんな能天気な女のせいで俺の作った菓子は台無しになったんだ。これだから貴族の娘って言うのは嫌いなんだよ」

「き、貴族って!ちょっとまだわたし何も言っていないわよ」

「そんな格好してて何言うか。つーか俺の長年の経験が告げている。おまえは裕福な商人の娘じゃねぇ、お貴族サマだってな」

アーシュは上から下まで不躾にメイリーアのことを眺めて吐き捨てた。彼の視線を受けてメイリーアは居心地悪そうに体を斜めにして両腕をさすった。

「うわー師匠。すごい特技持ってますねー。昔嫌な目にさんざん合いましたもんね」

 フリッツが感心したかのように茶々を入れた。付き合いが長いのでアーシュの過去は大体知っているのである。

「うるせー。ほっとけ」

 横目でフリッツに悪態をつき、アーシュは再び大きく口を開いた。

「だいたい貴族の娘も大商人の娘もお高くとまりやがって。あいつらいつもニコニコ笑っているくせに腹の中じゃいつも打算と損得勘定でいっぱいじゃねぇか。可愛く着飾っても中身は真っ黒じゃねーか」

「師匠、私情が入ってきてますよ」

「しかも…」

 アーシュがなおも言い募ろうとしたがメイリーアが口を開く方が先だった。

「ああもうっ!うるさいわね。いいわよ、だったらわたしがちゃんと持ってきます。持ってくればいいんでしょう」

 殊勝な態度から一転、メイリーアが開き直ったのか大きな声で啖呵を切った。メイリーアの方も長い話し、それも自分とはまったく関係のない世間の貴族令嬢への八つ当たりにいい加減うんざりだったのだ。

「なんなんだその態度。元はと言えば自分の不注意でこうなった、って分かって言ってんのか」

 アーシュは思いがけないメイリーアの反論に先ほどよりもさらに声を低くした。眉間のしわもさらに深くなったような気がするが、おそらく気のせいではないだろう。

「分かっているわよ。だからちゃんと謝ったしお支払いもするって言ったのに。変な言いがかりをつけてきたのはそっちでしょう」

 アーシュの声に臆することなくメイリーアは反論をした。隣のルイーシャはアーシュが恐ろしいのか、場数の問題なのか微動だにしないままだった。その顔は凍りついていた。

「だからお前のその態度が気にくわねぇって言ってんだろ」

「お前じゃないわよ、私にはちゃんとメイリーアっていう名前があるの」

「ああそうかよ、あんたの口からは今初めて聞いたけどな。名乗りもしないってどういう躾されているんだ。あれか、こんなところの人間には名乗る名はないってことか」

 実は先ほどルイーシャもメイリーアもお互いの名前を口走っていたのだが当然そんなこと頭になかったし、アーシュも敢えて突っ込みはしなかった。

 というかここまできたらもはやただの喧嘩である。

「あなただってわたしに名乗っていないじゃない!お互いさまでしょう」

 そしてメイリーアも売り言葉に買い言葉で受けて立っていた。

「ああそう言えばそうですね。彼はアーシュ。私はフリッツと申します」

 ぽん、と手を叩いて二人の言い争いにフリッツが口をはさんだ。先ほどから絶妙の間でアーシュとメイリーアの口論に割り込んでくる。彼としては場を和まそうとなんとか苦心しているのだがいまのところすべて空わまりしていた。

「えっと、わたしはルイーシャと申します。…メイリーア様の侍女をしています」

 フリッツに見つめられてルイーシャも小さな声で答えた。普段から男性と接する機会もあまりない中で、このような事態に巻き込まれていよいよ涙目になっている。

「おまえも!何呑気に話してんだ」

「あら、師匠とは違ってよくできた弟子じゃない」

 メイリーアがつんと澄まして反撃した。

 アーシュはその様子を見て拳を握った。そろそろこちらも限界かもしれない。

「てめぇ…自分が加害者だってわかってんのか?」

「ええ分かっています」

 そう言ってお互い睨みつけあった。当初の萎れた令嬢はどこ吹く風。メイリーアも完全に目が据わってお互い臨戦態勢だった。

 どのくらいそうやって睨みあっていたか。永遠か一瞬か、永いようで時間にしてほんの数分二人でぴりぴりとにらめっこをしていたが、唐突にアーシュのほうが口を開いた。

「だったら…。本当に悪いって思っているんだったら…」

「何よ?」

「弁償はしなくていい。その代わり体で払え」

「ちょ、ちょっと師匠?それはさすがに…」

 師匠の不穏な言葉にフリッツがやんわりと口出しをした。体で払え、とは穏やかではないどころか、下手したら悪役の吐く台詞である。

「フリッツは黙っていろ」

 アーシュは一瞥してすぐに目線をメイリーアに戻した。挑戦的な笑みを浮かべたその瞳は暗にお嬢様にそんなことできるわけないだろう、と語っていた。

「いいわよっ!やってやるわよ」

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