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王女殿下と菓子職人   作者: 高岡未来
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番外編 王女殿下と春を呼ぶお菓子5

 アデル・メーアはちらりと正面の柱のあたりに目線をやって盛大にため息をついた。言いたいことは大いに分かるメイリーアだった。兄の過保護無理にはいい加減食傷気味だからだ。下町の言葉を借りればウザい、というのだが温室育ちのお姫様たるメイリーアは知らない言葉である。

「そうだわ、お姉さま。聞きたいことがあるの」

 昨日の『空色』でのやりとりを思い出してメイリーアはアデル・メーアに質問することにした。きっとこの姉ならば知っているに違いないと思ったのだ。

「なにかしら」

「えっと、逢い引きってことば知っているかしら?」

「逢い引きねぇ…」

 思いがけない質問内容だったようで、アデル・メーアは思案気に腕を組んで困った様な顔を浮かべた。

「リィちゃぁぁぁぁぁん!そんな言葉どこで仕入れてきたんだぁぁぁ!」

「お、お兄様?今の会話聞こえていたの!?」

 結構距離のあるところに潜んでいたはずのレイスハルトがものすごい形相で会話に割って入ってきた。目には涙を浮かべている。

 ついでに両肩をがしっと掴まれて揺さぶられた。どうでもいいけれど顔が至近距離すぎて怖い。

「あなた本当に気持ち悪いわね。逢い引きくらい昨今の女性は普通に使うわよ、いいから離れなさい」

「え、そうなの?お姉さま」

 レイスハルトに張りつかれてどうにか押し戻そうと四苦八苦していたメイリーアがアデル・メーアの方に顔だけ向けた。

「そんなことないぞぉぉぉ!リィちゃんには一生縁のない言葉だからね!」

 なおも大きな声で言い張るレイスハルトに休憩していた女性講師もビックリして固まっていた。自国の王太子のあられも無い素顔を見てしまったのだから仕方ない。

「ああもうっ!お兄様離れてちょうだい」

「そ、そんな…私はリィちゃんのことが心配なんだ」

「ええいっ!いい加減離れなさい!」

 アデル・メーアが強い口調で咎めて実力行使でレイスハルトを引きはがしにかかった。姉の加勢にメイリーアもレイスハルトからようやく逃れることができた。

「ああぁぁぁ、リィちゃん!」

「リィちゃんじゃなくってメイリーアです!お兄様ったらほんっとうにいい加減やめてね、くっつくの」

「そんなぁ」

「ほら、メイリーア達はもう練習を再開するからあなたも自分の仕事に戻りなさい!メイリーア、あとで図書室にでも行って自分で調べなさい」

 アデル・メーアはそう言ってレイスハルトを引きずりながら広間から出ていった。嵐のような兄らが退出した後メイリーアらは練習を再開し、その後アデル・メーアから言われた通り宮殿の図書室に赴いた。

 辞書を持ってきて該当の項を見つけ出す。

 単語を探して指で文字を追っていくと、果たして目的の言葉が見つかった。

 逢い引き。愛し合う男女が人目を避けて会うこと。

 黙読をした後沈黙が落ちた。どちらとも言葉を発しない。

「…ルイーシャ、知っていたの?」

 先に口を開いたのはメイリーアだった。

「ええと…、その。詳しい意味までは…」

 ルイーシャがいたたまれなさそうに答えた。実際ルイーシャも正確な意味までは知らなかった。侍女という立場上メイリーアよりかはさまざまな立場の人間や年配の女官などとも話したり一緒の場にいることがあるためなんとなく聞きかじったことがあるくらい、の知識である。

「そう…」

 メイリーアは一言つぶやいてもう一度侍女の方に目線を落とした。辞書には愛し合う男女、と書いてある。ということは昨日のあれはそういうことなのだろうか。アーシュは現在好きな人がいる、というか恋人がいるのだろうか。

 ううーん、とメイリーアは考え込んだ。

 そういえばメイリーアはこれまでの人生の中で恋とか愛とかについて考えたことなんて一度も無かったのである。

「メイリーア様?」

 メイリーアがおとなしくなり心配したのかルイーシャが遠慮がちに声をかけてきた。

「え、なあに。やあね、もう。ちょっと驚いただけよ。ほら、行きましょうルイーシャ」

 メイリーアは明るく答えて辞書を元あった書棚に戻した。くるりと踵を返して扉の方へ向かった。

 そうだ、誰と誰が恋仲だろうとメイリーアには関係のないことだ。

 ちょっと単語の意味に驚いただけ。




 それでもなんとなくアーシュと顔を合わせるのが気まずくて足が遠のいてしまったあたりメイリーアが内心動揺していたことがうかがい知ることができた。

 下町のもう一人の友人であるレオンの経営するカフェ、『私の花園』に来てしまうくらいには。

「メイリーアちゃんどうしたの?」

 ルイーシャとともに足を運んだ『私の花園』にて。レオンは二人の為に特別に用意してある高級茶葉で入れたお茶で歓待した。良い香りがメイリーアの鼻腔をくすぐった。暖かいお茶は琥珀色をしており、南の国から輸入された高級品だ。

「どうしたのって?」

「なんだか元気ないから心配で」

「そうかしら、いつもと一緒よ」

「そう?どう思うルイーシャちゃん」

 レオンはメイリーアの隣に座るルイーシャへと矛先を変えた。

「ええと…」

 思うところのあるルイーシャは返事を濁した。数日前の辞書の一件以来上の空が続いているメイリーアなのである。

「そうだわ、お土産を買ってきたの」

 メイリーアはごそごそとここに来る前に買ってきた焼き菓子を取りだした。こうして色々な菓子店の菓子を贈り合うのも楽しいのだ。いつもお菓子談義に発展するし、王宮では話しに乗ってくれる相手がいない分レオンの存在はメイリーアにとっても貴重だった。

「わぁ、ありがとう」

 レオンは嬉しそうに箱を受け取った。中身は何かな、とうきうき顔でふたを開けて中身を覗きこみうっとりする。

「それはそうと、アーシュのところには顔をださないの?ここ数日うちには来てないってぼやいていたからさ」

「えっ…」

 アーシュの名前にメイリーアはびくんと肩を震わせた。

「アーシュは…ええと、この後!この後に彼のところに行こうと思っていて」

 なんとなく顔を合わせづらくて後回しにしてしまったのだ。おかげでレオンに対する返答もどこかぎこちない。何故だかわからないけれどなんとなく顔を合わすのが億劫というかやきもきするというか、足を向けようとはしているのだけれどどうにも足取りが重くなるのだ。

 メイリーア自身よく分からない感情なのでここ数日、この変な気分を持て余している。

 メイリーアらが話しこんでいると、奥の席に座っていた客が席を立った。そうしてメイリーアらが座っているカウンター付近に近付いてきた。

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