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王女殿下と菓子職人   作者: 高岡未来
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番外編 王女殿下と春を呼ぶお菓子4

「アーシュ…踊れるんだ」

 メイリーアは最後のところではなく、ダンスのところに食いついた。アーシュは心の中でホッと一息ついた。心境としてはフリッツ、余計なことまで言いやがって、である。

「そりゃ、な。それくらい俺にだって出来る」

「そうよね、王子様だったものね。元」

 現在進行形で王女様をしているメイリーアの言葉にアーシュは苦い顔をした。

「なんだ。突っかかるな、今日は」

「別に…」

 曖昧に言葉を濁したメイリーアだったが、心の中は何故だか曇り空だった。アーシュも誰かと踊ったことがあるんだろうか、とか考えるともやもやが広がっていくようだった。

 二人を取り巻く空気がどことなく怪しくなってきたためフリッツとルイーシャはお互いに目を見合わせた。お互い仕える相手どちらの空気が重くなってきたためだ。

「ああそうだ。春祭りといえば王様のケーキもありますね。うちも毎年予約販売しているんですよ!今度試食どうですか、メイリーアさん」

 フリッツがやたらと大きな声をだしてメイリーアの注意をひきつけた。

「王様のケーキ?」

 メイリーアが同じ言葉を復唱した。

「なんだ知らないのか?」

 アーシュもフリッツの変えた話題に乗ってきた。

「ええ…多分」

「毎年春祭りのあたりに食べられるお菓子です。ガルトバイデンにもある風習なんですが、春の祭日に家族そろって食べるんですよ。アーモンドクリームの入ったパイ生地、まあこれは地方によってさまざまですが、の中に硬貨や豆を入れておいて、見事それを引き当てた者に一年の豊饒が約束されるという、なんていうかゲン担ぎのような遊びですね」

「我が家でも食べていました」

 ルイーシャが家族の思い出を交えて同意した。

「豆って、本当の豆なのかしら」

「昔はそうだったみたいだけどな。今は陶器でできた豆や他にも小さな小物を模したものだったりさまざまだよ。うちではいつも黄色い色の豆を使うけど」

「そうなの…」

 メイリーアは皆から説明された言葉を聞いて、何か記憶に引っかかるものを覚えた。あれはいつだっただろうか。まだ母親が生きていたころ、うんと小さい頃みんなでケーキを食べたような気がするけれど。

 そういえば小さい頃はよくみんなでお菓子を食べていた。切り分けられたケーキのどれが大きいとか、一番最初に選ぶのはわたし、とか些細なことですぐ上の姉シュゼットと喧嘩したこともあった。

「どうしたんだ、メイリーア?」

 急に黙り込んだメイリーアを心配するようにアーシュが近くに寄ってきて顔を覗き込んだ。

「えっ、ああ、その。多分わたしもきっと、食べたことがあるわ…。お母様がまだいらしたころ…」

 メイリーアは心ここにあらずといったような、少しだけ上の空で答えた。

 いつのまにか忘れ去られていた習慣だった。どうして今の今までわすれていたのだろう。小さい頃、きっとメイリーアは楽しみにしていた。おぼろげな記憶をたどっていくと兄姉みんなで笑ってテーブルを囲んでいる光景が目に浮かんだ。たしか甘いクリームのケーキだったような気がするけれど、それが例の王様のケーキなんだろうか。

「大丈夫か、メイリーア」

「えっ?うん。平気よ。今度アーシュの作ったケーキも食べさせてね」

 重ねて問うアーシュにメイリーアは慌てて笑顔を作って答えた。思いがけずケーキのことを思い出したおかげでさきほどまでアーシュに感じていたもやもやはとっくに消え去っていた。




 ちょうど同じころ。

 厚手の外套を纏い、革製の旅行鞄を手に持った女性がグランヒールの街を歩いていた。手には菓子店で買ったお菓子の袋を持っている。黒い髪の毛を後ろで一本に縛りそのまま垂らしている。

 先ほど買ったばかりの焼きりんごのケーキを頬張って、その美味しさに頬を紅潮された。

「んんん~っ!美味しいっ。さすがは食の都グランヒールだね。美味しさの平均値がたかい」

 焼きりんごのケーキはその昔、林檎のケーキを作る際間違って林檎を下に敷いてそのまま焼いてしまったら、香ばしい林檎のかりっとした食感が割と好評でそのまま定着しました、といういわれを持つケーキである。

 食べ歩きをしながら女性、ニルダ・アンソラは思案気に眉根を寄せた。

 それにしてもグランヒールは菓子店が多いのだ。探し人も菓子職人をしているはずだけれど、果たしてどこにいるものか。というのも最後に別れのあいさつをしたときに、次はトリステリア王国のグランヒールに行く、そこで修行して店を出すかも、くらいな適当なことしか聞いていないのである。しかも数年前の話である。

 適当極まりない情報だけを頼りにはるか遠く、カスティレート国から旅をしてきたのには理由がある。どうしても伝えたいことがあるのだ。

 自分でも随分と無謀だと思うけれど、ニルダにも色々と事情というものがあるわけで、ついでにいうなら心に刺さったままの棘を抜かないと先にも進めないしなぁ、と思って今回行動を起こしたのだ。

 ケーキを平らげてニルダはさっそうと歩き始めた。長い黒髪を揺らしながら大股で歩くニルダはその辺の男よりも格好よく、ちらちらと道行く女性が振り返った。

 そんな女性らの視線に頓着もせずにニルダは目についた菓子店の扉を開けた。とりあえず同業者のことは同業者に聞くにかぎる。もしかしたらそこそこ名の知れた職人になっているかもしれないし、他の街にいるにしろ何かしらの消息を知っているかもしれない。

 アーシュ・ストラウト、腕はいいけれど目付きが悪いのにどこか人を引き付ける菓子職人のことを。




 翌日、この日メイリーアの予定はぎっしりだった。朝から礼儀作法の授業と昼食は親戚の婦人らと一緒に取り、その後はダンスの授業だった。本格的な社交デビューに向けてダンスの授業は必須である。春が過ぎれば領地に帰っていた貴族らがグランヒールの屋敷に戻ってくる。そうしたら本格的な社交の始まりだ。今年から夜会への出席が決まっているメイリーアの予定にダンスの練習が加わったのだ。その前に春の訪れを祝う会だとかなにかで小さな集まりがある。奇しくも春祭りと日程がかぶっているのが残念なところだったが、現在メイリーアはその祝いの会に向けてダンスの猛特訓中なのだ。

めずらしく姉が見守る中メイリーアはステップの練習に励んでいた。ちなみに柱の陰には何故だか兄レイスハルトも隠れている。

普段からグランヒールを飛び回っているだけあって基本的な体力はばっちりな為、後は繰り返し練習あるのみである。ルイーシャも一緒に習っているが体力面でメイリーアに劣るためすでに息が少し切れていた。

 続けていくつかのステップを練習した後、小休憩を貰ったのでアデル・メーアの方に近づいて行った。

「お姉さま。来ていたのね」

「ええ。どんな様子か気になって。まさかとは思うけれど、練習をすっぽかしたりはしていないわよね」

「まさか…」

 さすがのメイリーアも授業は一応ちゃんと出席している。教師にばれるとアデル・メーアに報告が行くからである。普段は優しいけれど怒ると怖いのだ。

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