番外編 王女殿下と春を呼ぶお菓子2
「なんだいきなり」
「メイリーアの謹慎ももうすぐ解けるわ。そうしたら止めてもどうせまた街歩きをはじめるでしょう。あなたのところにも出入りをするだろうし。それで……」
「それで?」
「またあの子に何かあったらすぐに宮殿に知らせられるように。手紙にはわたくしの署名が入っているわ。何かあったらこの手紙を城の衛兵に見せなさい。そうしたらわたくしかもしくはわたくしの騎士団に連絡がとれるようにしてあるから」
メイリーアがアーシュの事情に巻き込まれる形で連れ去られたことは記憶に新しい。あのときは状況がわらかなかった分アーシュも随分と肝を冷やしたが、それは目の前にいるアデル・メーアにとっても同じことだっただろう。
「宮殿に閉じ込めておくって選択肢はないのかよ」
アーシュは眉根を寄せた。
大体からして王女が市街地を自由に歩き回っていることの方が問題なのだ。それも無防備な状態で。このあたり一帯はアーシュやアーシュの友人レオンがにらみを利かせているからいいものの、よそ者にそんなことは通じないし、他の地区でもめ事に巻き込まれたらどうするのか。
「そんなことしたらあの子生気を失ってしまうわ。それに閉じ込めたくはないのよ。メイリーアはお母様に似ているわ。自由に快活に動いているのが似合うのよ」
しんみりとした口調でそう言ってアデル・メーアはいくつか菓子を購入して店を去って行った。交わした口数は少ないけれど、彼女もメイリーアのことを心底案じており可愛がっていることはアーシュにも分かった。受け取った手紙に視線をやって、そのまま懐にしまい入れた。
「こんにちは!」
一週間後である。春は近いとはいえまだまだ外気は冷たい。
頬を赤くさせた少女二人が元気よく『空色』に飛び込んできた。一人は濃い金色のくせ毛をゆるく結った少女で、もう一人は小麦色の髪の毛をきっちりと編み込んだ小柄な少女だった。
「こんにちは、メイリーア姫とルイーシャさん」
「姫は余計よ。メイリーアでいいのに」
「そうです。メイリーア様の出自はどうかご内密にお願いします」
店番をしていたフリッツは居住まいをただして二人を招き入れた。身分に合った呼称を付け加えると、二人から抗議の声が上がった。
「それもそうですね。ではいままで通り呼ばせていただきます」
フリッツはほがらかに笑った。最後に会ったのはメイリーアがアーシュらに助けられて『空色』に戻った朝以来である。「お菓子の祭典」の時は忙しそうに立ち回っていたので声をかけられなかったのだ。それにメイリーアも王女という立場で参加していたのでおいそれと勝手に動くことはできなかった。
「それはそうとアーシュは?アーシュはいないの」
メイリーアは待ちきれないという風情でまくし立てた。実際待ち切れなかった。
ようやく長かった謹慎期間も明けたのである。放っておくと一生謹慎かというくらいな勢いで宮殿の奥に留めておきたい兄をどうにか説得して今回晴れて自由の身になったのだ。アデル・メーアの口添えもありなんとか自由を勝ち取った。
勝ち取ったその足でさっそく脱走しているのだから、宮殿の者にしてみたら始末が悪いのだが、メイリーアは特に気にしていなかった。反省は十分にしたし、今後は一応色々と気を使うと誓った。だから大丈夫、というのが彼女の言い分だった。
「師匠は今ちょっと出かけていますよ。それにしても本当に王女様だったんですね、メイリーアさんは」
「本当にって、なによそれ」
にこにこと笑うフリッツにメイリーアはぷうっと膨れてみせた。
「メイリーア様、そういうことをなさるから本当に、なんて言われてしまうのですよ」
「んもう、ルイーシャまで」
メイリーアが苦言を呈そうしたとき裏口の勝手が開く音がした。ガタガタと音がして、しばらくすると『空色』の店主が顔をのぞかせた。
「アーシュ!久しぶり」
メイリーアがぱあっと明るい顔をつくってカウンターの方へ回り込んだ。現在店内に他の客はいない。久しぶりの再会に嬉しくなってメイリーアはアーシュの方へ近づいた。そのまま彼の腕を両手でつかんでぴょんぴょんと跳ねた。
飛びつかれたアーシュの方が驚いて固まっている。
ルイーシャは相変わらず何も考えていない主の行動に慌てて引き離しにかかった。完全に淑女としての振る舞いよりか旧知の人間に会えた喜びのほうが勝っているのだ。
「お、おう。久しぶりだな。元気にしていたか」
「ええ、と言いたいところだけれど。大変だったわ」
「…だろうな」
「けれど謹慎も終わったもの。これからまたよろしくね」
メイリーアはにっこり笑った。
アーシュは嫌な予感がした。
「これからって?」
メイリーアはアーシュの返しに小首をかしげた。そしてそのまま爆弾発言をした。
「あら、売り子を再開するもの。だからよろしくね」
「「はぁぁあぁ!?」」
「えぇぇぇっ!」
メイリーア以外の三人が同時に叫んだ。
メイリーアはどうして三人とも驚くのか不思議そうにした。彼女の中ではこれからも売り子をすることが確定事項なのでどうして一様に驚くのか理解できなかった。
「三人ともどうしたのよ、大きな声出して。あ、そうだわ、今日はね二人に贈り物があるのよ」
そう言ってメイリーアはいそいそと小さな包みを取りだした。
「いや、おまえ。売り子って。自分の身分分かってんだろ」
「はい、これ。って今まで散々人をこき使っておいていまさらそういうこと言う?」
「これまではお前の実家のことなんて知らなかった」
アーシュは包みを受け取ったが抗議の声を収めることはしなかった。
「それを言ったらアーシュだって同じじゃない。王子様なんだし」
「おれはもう王子じゃない」
メイリーアがアーシュの本来の身分を口にすると途端に眉根を寄せて否定をした。フリッツはこっそりと息を吐いた。ルイーシャがきょとんとした表情でフリッツの方を向いた。
「またそんなこと言って。わたし役に立たない?」
「そういうことじゃないだろ」
「だったらいいじゃない」
「けどな」
アーシュはなおも言い募ろうとした。
「むう…。『空色』が駄目だったらレオンのところを手伝おうかしら。レオンにも誘われているし。ねぇ、アーシュどう思う?」
メイリーアは真剣に考えた。前々から『空色』じゃなくてうちにおいでよ、とレオンには言われていたし、他の店で働くことも世間を知るいい勉強になるかもしれない。
「うちにしとけ」
「え?」
ぶっきらぼうなアーシュの言葉にメイリーアは聞き返した。
「だから、うちで働いとけ」
「いいの?」
不機嫌そうに息をつくアーシュにメイリーアはもう一度尋ねた。アーシュの目付きの悪さにもだいぶ慣れたのでこれくらいじゃ動じない。ちなみにアーシュは今怒っているわけでないのだが。単純に面白くないだけなのだ。
「まあ、な」
アーシュは不本意そうに認めて、それからメイリーアの髪の毛をくしゃりと撫でた。
まじまじとアーシュの方を見上げたメイリーアとまともに目線が合ってなんとなく気まずくなったアーシュはメイリーアから受け取った包みを開けた。




