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王女殿下と菓子職人   作者: 高岡未来
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エピローグ1

「あぁぁ、暇だわ」

 メイリーアは自分の部屋で退屈な日々を過ごしていた。

 今日で謹慎何日目になるだろう。早くも退屈すぎて鬱屈してきてしまう。これがあと二月続くのかと思うと考えただけで地獄である。

「もう弱音ですか。というかあれだけ色々な方から叱られたのに反省してください」

 傍らについたルイーシャが怖い顔をしている。

「わかっているわよ。だからちゃんと脱走もせずにちゃんと部屋にいるでしょう」

「というか見張り兵がいるのに脱走なんてしたら次は牢屋に入れられますよ」

 メイリーアが朝帰りした日。

 当然宮殿内は騒然となっていた。何しろ第三王女が忽然と姿を消したのだ。

 ルイーシャが居場所工作をするにしたって限界がある。体調不良で押し通し夕食を下げてもらった辺りからルイーシャは生きた心地がしなかったという。いますぐにでも『空色』に駆け込みたい気分だったが侍女であるルイーシャまでが消えたらそれはそれでまずい。何よりメイリーアは気分がすぐれずに床に伏していると、扉の前で通せんぼする人間がいなくなるのだ。

 なんとかやり過ごせれば一日くらいはいけるかも、と考えていたルイーシャの希望はすぐに微塵に崩れ去った。姉姫アデル・メーアがやってきたからである。

 要領を得ない侍女をあっさりと突破して妹姫の自室に踏み込んでみればもぬけの殻だった。人のいた気配すらない、見事なまでの無人の部屋。

 かくして吊るしあげられたルイーシャは色々と説明する羽目になってしまった。アデル・メーアの方針により、必要最低限の人数にのみ知らされた王女失踪は水面下で動く事態となり、そこにきてガルトバイデンの王太子が宮殿から出ていったという情報が持たされ、自体はもっと錯綜することとなったのだ。想いを持て余した王子による駆け落ちではないか、などという意見も出始め、結局は第一王子レイスハルトや父王にまでメイリーアの不在が知られる事態となった。

 国王を黙らせることくらいは朝飯前のアデル・メーアが一番対応に苦心した相手は言わずもがな第一王子レイスハルトだった。とにかくいますぐ全軍を持って王都封鎖、ガルトバイデンに宣戦布告だ、と喚き立てる王子を殴って黙らせそのまま自室に連れて帰り鍵をかけてどうにか静かにしたのだ。

 一夜が明け、日も高くなってきた頃ようやく帰って来たメイリーアはといえば。

 関係各箇所すべてに説教をされた。

 宮殿中を騒がせたのだから当然であった。ノイリスが一緒だった理由については苦しい言い訳だが、ちょっと羽目を外した王子がグランヒールを散策している最中に脱走して迷子になったメイリーアを保護したということで対外的には落ち着いた。もちろんそれで無罪放免となるはずもなく、ルイーシャがこっそり夜中に宮殿を抜け出していたことも知られていたのと、ノイリスの事情も含めてすべてがアデル・メーアの知るところとなった。具体的にはメイリーアが下町の菓子店で売り子をしていたことやその菓子店の店主がガルトバイデン王国の失踪中の第一王子アッシュリードであることと、今回のノイリス訪問の理由がその王子捜索のためであったことなどだ。

 メイリーアとしては完全に巻き込まれた形ではあったけれど、一国の王女が市井で売り子をしているなんて、それも内緒で、と姉にはさんざん怒られた。

 「お菓子の祭典」への出席はかろうじて認められたが、それ以後の行事はすべて謹慎の為出席することはできなかった。

 この謹慎処分は二カ月ほどは続くという。

「今年は新年のお祝いもせまーい部屋の中なのね。あーあ、宮中晩餐会くらいは出席したかったなぁ」

 メイリーアは窓の外を眺めながらため息をついた。覚悟はしていたけれどやっぱりつらい。今日何回目のため息だろう。謹慎中は一日一回の散歩くらいは認められているがそれ以外は基本自室で過ごさなければならない。続き間と応接間、寝室くらいしか歩きまわれないので退屈なのだ。しかも読書とか作法とか刺繍とかメイリーアの苦手な科目の集中授業が組まれている。姉からの贈り物だったがメイリーアは罰だと思っている。

 せっかく晴れているのにつまらない。一日二度くらいは外に出たい。どうせ見張り兵付きの散歩なのだからもう少し回数を増やしてもらえるように交渉しようか、そう考えているとルイーシャが他の侍女を連れだって近づいてきた。

「どうしたの?」

 侍女の手には柔らかな赤色をしたドレスがあったからだ。簡素な部屋着とはあきらかに違う豪華なものだった。

「アデル・メーア様から特別のお許しを頂きました。こちらをお召しになってきていただ行きたいところがあるとのことです」

 なんだか分からないままメイリーアはそのまま侍女らの手によって気付け用の部屋に連れて行かれたのだった。




 連れて来られたのは宮殿でも特別に日当たりのいいサロンだった。

 主に国外からの賓客をもてなすために使われる高い天井と大きな柱が印象的でメイリーア自身あまり入ったことの無い部屋だった。

 髪の毛を半分結いあげて、くせ毛のゆるく波打った金色の髪の毛に小ぶりの宝石をつけ、花の刺しゅう模様の入った淡い赤色のドレスを着たメイリーアは開けられた扉から部屋に入り、サロンの中の人物を認めて口を開けた。

「あーっ」

 ついでに淑女にあるまじき大きさで叫んだ。

「ごきげんようメイリーア姫」

 長椅子に座っていたノイリスともう一人、どうみてもアーシュその人である、が立ちあがりメイリーアを迎え入れた。アーシュは長かった前髪をさっぱりと切っていた。もちろん服装は作業着ではなく上着にタイを付けた宮廷風の衣装である。これが悔しいことに様になっていた。長い髪は後ろで結わえている。

「ご、ごきげんよう…」

 あまりに驚いたので挨拶くらいしか出て来なかった。

(王子なんだから、こういう格好だってするわよね…)

 見慣れない正装にメイリーアはどぎまぎしてしまった。今まで作業着姿くらいしか馴染みがなかったのだから違和感が半端ないけれど、似合っているのだ。

そのままじっとアーシュの方を凝視しているとアーシュが身じろぎをしてそっぽを向いた。

「メイリーア、いつまでもそんなところにいないでこっちへいらっしゃい」

 アデル・メーアが苦笑してメイリーアを招き入れた。

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