四章 王女と王子と祭典と11
「なるほど、ノイリスの手の者だと名乗ったわけか」
「はい。ええ、どうやら僕の顔を知られていたようで。僕としても賭けだったんですけどね。グレイアスが戻らない、何か知っていますかと尋ねられたので単独犯なのかなと思いまして。とりあえず手紙を書いてみました。さすがにご本人が登場するとは思いませんでしたけど」
「で、おまえは俺に他意は無い、と」
アーシュはノイリスをねめつけた。その視線をまっすぐに受け止めてノイリスは頷いた。
「僕の部下が申し訳ございません。言い訳にしか聞こえないのは分かっています。しかし、僕はただ、もう一度兄上にお会いしたくて」
「それはさっきも聞いた。それよりもお前の部下から聞きたいことがある。今持ってくるから聞き出してもらう」
アーシュはノイリスの言葉を遮って自身の言葉を重ねた。突然現れた異母弟よりも今はメイリーアのことが最優先だった。
「とりあえず、そこのおまえは持っている武器をこっちによこせ」
アーシュの固い声色に言われたマルセートルは眉根を寄せた。武器をアーシュに渡すということは丸腰になることだ。主人であるノイリスに何かあった時に対処できなくなる。
「マルセートル、兄上の言うとおりにするんだ」
ノイリスの言葉を聞いて、それでもマルセートルはしばらくの間動かなかったが、もう一度ノイリスが名を呼んだところで件の騎士はしぶしぶ自身の腰にある検帯から剣を引き抜きアーシュの手前に置いた。それを確認したところでフリッツは踵を返して厨房の方へ姿を消した。ノイリスのことを信じない、ということでもなかったが数年ぶりに相対した異母弟の言い分をすんなりと信じるほどアーシュはお人よしではなかった。
ほどなくしてノイリスは大きな荷物、もといグレイアスをかついで戻ってきた。
狭いカウンターを回り込む時に足が閊えてしまったけれど、マルセートルが手伝ってくれたのでなんとか店の中央に持って来られた。グレイアスの意識は戻っていなかった。
元気ですよ、という言葉を信じていたのか、あらぬ方向へ曲がった腕を確認してマルセートルが何か言いたげな視線を寄こした。命は無事なのだから元気には違いない。
アーシュは厨房へ行き、ガラス瓶に水を入れて戻ってきた。無造作にそれをグレイアスにかける。気付けなら酒の方がよかっただろうが勿体なくて水にしたのだ。
ぞんざいに扱っている自覚は十分にあったがノイリスは何も口をはさんでこなかった。
水をかけただけでは目を覚まさなかったのでアーシュはグレイアスの口をこじ開けて水を流し込んだ。ほどなくしてごほっと咳をしてグレイアスが目を開いた。
「おはようグレイアス。調子はどうだい?」
焦点の合わないグレイアスにノイリスはにこやかに話しかけた。にこやかだが目と声が笑っていない。
会わなかった数年のうちに、なかなかいい性格に育ったようである。
「僕は兄上に襲いかかれなんて命令をした覚えはないよ」
ノイリスはなおも語りかけるがグレイアスはいまだに意識がはっきりとはしていないのか、視線は宙をさまよったままだった。
アーシュはもどかしくなってグレイアスの肩を揺さぶった。それはもう思い切り。
「おい。おまえ金髪の少女をどうした!」
グレイアスはなおも黙り込んでいたが、傍らに膝まずいているのが彼の仕えるノイリスであることを見てとり、動揺を走らせた。
「グレイアス、全部話すんだ」
その言葉に観念したのかグレイアスは短く言葉を紡いだ。
「売り子の少女は邪魔になるといけないと思ったので、とある男性に保護をしてもらいました」
「保護だと?」
「ええ。「お菓子の祭典」が終わるまで閉じ込めておくとのことです」
それはどう考えても保護じゃないだろう、監禁ではないか。
「で?誰だよ。その頼んだ相手は」
グレイアスは黙った。最後の最後まで誇りだけは高くて結構であるがアーシュも我慢の限界である。売り子の少女と彼ははっきりと言ったのだ。
その言葉にアーシュは自分のからだじゅうの血流がざわりと逆流するのを感じていた。
「グレイアス、正直に全部吐くんだ。兄上からの詰問が済んだら今度は僕の番だよ」
「…『金色の星』の職人です」
その言葉を聞くや否やアーシュは立ちあがって駆け出そうとした。それを止めたのはフリッツである。間一髪のところでフリッツはアーシュの腕を掴んでいた。
「離せ!フリッツ」
「まだ他にも聞き出さないといけないことがあります」
「そんなことはどうでもいい!ライデンのやつ袋叩きにしてやる!」
フリッツに怒号を浴びせてアーシュは今度こそ店を飛び出そうとした…ところで開いた扉にぶつかった。
「って…」
まともに顔面を強打してアーシュは思わずその場にうずくまった。
「す、すみません…」
恐縮しきりの少女の声が聞こえた。聞き覚えのある少女の声、ルイーシャである。
ルイーシャはレオンの手下その幾つと一緒に現れた。なんでもレピュード広場辺りでぷるぷる震えていたのを手下なにがしが運良く発見してそのまま『空色』へ案内してきたらしい。辺り一帯メイリーア捜索のためレオン一派が動き回っているのである。
「ルイーシャか…」
アーシュはルイーシャを招き入れた。手下その幾つは再び夜の街へと消えて行った。
ルイーシャがここにいるということは、メイリーアは今現在一人きりで監禁されているのである。再び頭に血が上った。
今回のことの一端である自分自身には腹が立った。完全に巻き込む形になってしまった。
「あ、あの…メイリーア様が起き手紙を残して…その…『空色』に行くと…」
そこでルイーシャは言葉を詰まらせて、一点を凝視して驚愕した。
彼女の目線の先にはノイリスがいた。そしてノイリスもルイーシャを認めてその顔に驚きを浮かべた。
「ど、どうして…ノイリス殿下が……」
「ルイーシャ、こいつのこと知っているのか?」
訳が分からずアーシュはルイーシャに尋ねた。ルイーシャは青ざめた顔で黙り込んでしまった。
「ルイーシャ、先ほどメイリーア様と言ったね。それは一体どういうことだ?どうして君がここを尋ねてくる?」
ノイリスが二人の間に口をはさんだ。その表情は厳しかった。
「メイリーアは俺のところの売り子の名前だ」
「売り子…って。ええぇぇ?」
「うるさい、少し黙れ。ルイーシャ悪い、メイリーアは今行方知れずだ。そこの男からもっと情報を聞き出すからちょっと、店の外に出ていろ」
言外にちょっと今から暴力的手段で解決を試みるから子供は席をはずせと言ってアーシュはルイーシャを外に追い出そうとした。
「私は彼の店の職人にメイル・ユイリィア王女を見かけたら『空色』から遠ざけてほしいと依頼しただけなので、彼が具体的にどういった方法を取って、今現在王女がどちらにいらして、どういう状況下にあるのかは存じません」
その告白にルイーシャは悲鳴を上げた。「メイリーア様!」と声をあげたのち、青い顔をしたままその場に崩れ落ちた。




