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王女殿下と菓子職人   作者: 高岡未来
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三章 動き出した王太子16

「『空色』と同じように作り立てを提供しようとする店は現れなかったんですか?」

「いえ。やはり普段作っている菓子と屋台のそれとはまた違うらしく。『空色』の担当者の説明を聞いて各店とも特に何も意見もありませんでした。要は大きな鉄板で焼いた薄いケーキを細かく切って、その上から果実煮をかけて提供するという代物らしく。他の店より際立って高価な物というわけではないようですので。皆納得しておりました」

 ようやくシューマレンという菓子の実態が見えてきた。窯でなくてもケーキが焼けるとは知らなかった。今度『空色』に行ったときに試食させてもらえないかな、とメイリーアの頭の中は目新しいお菓子のことでいっぱいになった。




そのあといくつか決定事項や当日の段取りなどの話を聞いて解散となった。せっかくメイリーアと一緒だったにも関わらずノイリスは退席のあいさつもそこそこに自室としてあてがわれている貴賓棟へ急いだ。

 背後にぴったりと付き添っているグレイアスが部屋の中へ入り扉を閉める。すでに人払いがされており現状この空間に居るのはノイリスとグレイアスの二人きりだった。

ノイリスは持っていた資料を大きな机の上に置いて満足そうにほほ笑んだ。

「見事に釣れたようだね」

「といいますと」

 グレイアスは律儀にもノイリスの言葉に聞き返してきた。

「うん。このあいだこっそり参加者会議の出席者を覗きに行ったんだけれどね。その中に見覚えのある人物がいたよ。僕はまだ小さかったしあまり面識もないけれど、多分あればハイルメイン家の者じゃなかったかな」

 そう言ってノイリスは脳裏に明るい茶色の髪の毛をした優しそうな青年の姿を描いた。

「ノイリス様。あまり勝手な行動は慎んでください。こそこそ出歩くなど持ってのほかです」

 せっかくの吉報もグレイアスが反応を示したのはノイリスがこそこそと物陰から会議参加者の顔を覗いていたというところだった。いい顔をしないのは分かっていたから敢えてノイリスはその日グレイアスを外に出したわけなのだが。もちろんグランヒールへ降りてもらい人探しをさせていたからだ。

「『空色』で間違いないんじゃないかな。なにしろシューマレンだよ、なんでガルトバイデンの伝統菓子を持ってくるんだろうね。どうせならカスティレート国とかベリュートム国とかのお菓子にすればよかったのに」

 ノイリスはグレイアスの小言はさらっと流して本題を切りだした。そして机の上に置いてある資料の該当箇所を指でとんとんと叩いてみせた。

 当日の概要を記した書類のほかに先日メイリーアも目を通した参加店の大まかな概要を記した紙もあった。その中の『空色』の欄にノイリスは目をやった。『空色』の住所と店主の名前が書かれてあった。アーシュ・ストラウトとある。

 グレイアスも手にとってざっと内容を確認した。他の六店舗分に視線を走らせて最後にもう一度『空色』の部分で視線を止めた。

「アーシュ・ストラウトですか」

「アッシュリードだから、アーシュなんじゃないかな。ストラウトは母方の姓のはずだよ、確か。こうしてみると結構分かりやすい名前で通しているよね」

 グレイアスから書類を受け取ったノイリスは微笑んだまま書類をぱらぱらと振ってみせた。さすがに向こうも王家管轄の催事には深くかかわりたくないのだろう。直前までは姿を現さないらしい。もっとも他の店舗も店主自ら会議には参加をしないようで、細かな打ち合わせには別の担当者を寄こしているようだが。

「しかし決めつけるには早計です」

「分かっているよ。だから君を呼んだんじゃないか、グレイアス。とりあえずここに書かれている住所に行って確かめてきてよ。本当にアーシュ・ストラウトが僕たちの探していた人物、兄上であるかどうかを」

「かしこまりました」

 グレイアスが一礼をして部屋を出て行こうとする。

「あ、グレイアス。くれぐれも気をつけてね。兄上は剣術の腕前も確かだったと聞いているし気配を読むのもうまいと思うよ。あくまで確認だから余計なことはしないように」

「御意に」

 ノイリスの言葉に深々と頭を下げてグレイアスは今度こそ部屋を出て行った。

 それを見送ってからノイリスは長椅子へと腰を下ろした。グレイアスが退出するのと入れ違いに女官がお茶を持って入室してきたので暖かい茶を流し込んで一息ついた。ようやくだ。ようやくここまできた。

 兄の行方を捜しに捜すこと数年。まさか隣国にいるとは思いもしなかったけれど、―しかも王都で菓子店を営んでいるのである―噂やとある筋からの情報を辺り偽物を掴まされること十数回。今度は信ぴょう性のある情報を得て、自ら足を運んできてみれば。

 見事に当たりを引いた。

 アッシュリード・ライヘン・ガルトバイデン。ノイリスの母違いの兄である人物の名前だった。帝国出身の母を持つノイリスとは違い、ただの平民出身の第三王妃を母に持つアッシュリード第一王子は王宮内では微妙な立場だった。第三王妃を一番に愛する現国王の元第三妃は三人の子供を産んだ。

 正妃であるアガーテは自身の産んだ子であるノイリスが他の王妃の子供たちと親しくするのを嫌がったため幼いころの兄弟の思い出はなかった。

 それでもノイリスには突然城を出奔した兄を探し出したい理由があった。

 だから母に隠れてこの数年間兄の行方を追っていたのだ。さすがに一人では色々と無理があるから父には全部知られているのだが。父王も第一王子を手元に置いておきたいという思惑がある為ノイリスの申し出を承諾した。

 ノイリスは供された茶に口を付けてしばしのあいだ瞑目した。

 長い時間だった。それもようやく決着がつくだろう。

 

次回から四章です

ようやく最終章!

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