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王女殿下と菓子職人   作者: 高岡未来
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三章 動き出した王太子15

「ちょっと、わたしの話を聞いているの?」

 まるで相手にされないことが悔しくてメイリーアが二人の間にもう一度割って入った。人気店の行列のすぐそばで始まった騒動に周囲の人々も興味をそそられたらしい。何事かと好奇の眼差しで二人の様子を窺っている。

 メイリーアは怖い顔でもう一度ライデンのことを見上げた。

「お嬢さんは騙されているんですよ。この男にね」

「わたしは騙されてなんていないわ。失礼ね」

 見降ろされた瞳に憐みの色を見つけてメイリーアはむうっと口を曲げた。

 大体、何を騙すというのだろう。そもそも初対面から怖いし意地悪だし、騙された要素が一つも無い。

 メイリーアはライデンの言葉をそのままの意味で受け取ったので、彼が含みを持たせた部分についてはまったく気付かなかった。深窓の姫君の姫君たる所以である。

「今度一度僕の店にいらしていただければ分かりますよ。『空色』との格の違いをお見せしますよ、お嬢さん」

 そう言ってライデンはすっとメイリーアの方に一歩踏み出した。

「ああもう面倒くせえ!メイリーア行くぞ」

 アーシュがメイリーアを抱え込むように腕を回した。くるりと反転してライデンから隠されるような位置になった。アーシュは腕を外してメイリーアを自身の背中の方に隠した後ライデンに向き直った。

「こいつはそういうんじゃなくてうちの売り子だ。変な勘ぐりするんじゃねぇ。どっちにしろお互い「お菓子の祭典」には出るんだ。俺の作ったもんに文句つけたいなら当日きっちり食ってから言えってんだ」

 アーシュはライデンを睨みつけたまま言いたいことだけ言った。そしてメイリーアの手を取って踵を返して下町の奥の方へと歩いて行った。

 メイリーアはいきなり掴まれた手とアーシュの険しい顔とライデンを交互に見て何かを言おうとしたけれど結局は何も出て来なかった。確かに文句があるなら当日のお菓子の出来栄えを確かめてから言えばいいのだ。それでも何かむずむずしてメイリーアはライデンに向かって思い切り舌を出した。おおよそ淑女らしくはないけれど、それくらい今のメイリーアは彼に対して腹が立っていたのだ。




 結局詳しいことも聞けないまま数日が過ぎた。

 あのあと、『空色』に変えるとルイーシャが変に緊張した面持ちでフリッツと店番をしており思いのほか時間が経過していたため慌ただしく店を出たのだった。その時アーシュが早業でメイリーアの頭から髪飾りを外して手渡された。驚いて見上げると苦笑された。「そんな高価そうなもの付けてほいほい出歩くな」と。結局アーシュからはライデンについては当たり障りのないことしか聞き出せなかったのだ。

 今日メイリーアは宮内府の担当官より当日どの店舗が何を出すかといった品書きを渡された。宮内府の会議室でノイリスと一緒に書類を渡されて中身を確認する。

「へえ、各店舗違うお菓子なんですね。楽しそうだな」

 ノイリスが面白そうに品書きに目をやって感想を述べた。『空色』の文字を見るだけでアーシュとフリッツのことを思い浮かべてしまって、慌ててメイリーアは頭の中から二人を消した。今は王女として呼ばれているのだから余計なことは考えないようにしなければならない。

「本当だわ。ええと、シュケットにヌーガ、メレンゲ菓子、ビスケット…。各店舗違ったものを提供するのね」

 シュケットもヌーガもトリステリアに昔からある菓子であり、グランヒール市民にも親しまれている。ヌーガは砂糖や蜂蜜を煮詰めたものに木の実などを混ぜて冷やし固めた菓子である。当日は果汁を混ぜたり、木の実の種類を変えたりといくつか種類をつくり四つを一セットで配布するようだ。シュケットも小さい菓子の為同じ方法を取るとのことである。

 メイリーアは書類の中から『金色の星』と『空色』を探した。

 『金色の星』の欄には卵タルトと記載があった。先日アーシュが連れて行ってくれた専門店のあれのことだろう。しかし屋台ではオーブンはないので出来たての提供はできないのではないだろうか。店で焼いたものを持ってくるのだろうか。それにしても街の人気店の品物をそのまま真似をするとは芸がない。

 メイリーアは訝しながら『空色』の欄に視線を移した。こちらの方にはシューマレンと書いてあった。聞いたことのない名前にメイリーアは首をかしげた。

「へえ、シューマレンですか。この『空色』というお店は異国の方なんですか?」

 ノイリスの言葉にメイリーアは慌てて顔を上げた。

「『空色』でありますか。店主の出身は…ええと、資料によりますとそうですね。ガルトバイデンとの国境沿いの街となっております」

 担当官のその言葉にメイリーアは内心おや、と思った。確か以前アーシュはトリステリア以外の出身だと言っていたからだ。といってもその時メイリーアは深く詮索しなかったし今の今まで忘れていたのだけれど。

「そうなんですね」

「ええと殿下。どうしてその、『空色』の店主が異国出身だとお思いになったの?」

「それはですね、このシューマレンという菓子がガルトバイデンやラーツリンドで親しまれているものだからですよ。まさかトリステリアでこの名前を見るとは思わなかったのでビックリしました」

「そうなんですか。どんなお菓子なんです?」

「そうですね、なんて言ったらいいのかな。僕も詳しい作り方はわかりませんが美味しいですよ」

 さすがに作り方までは分からないのかノイリスにしては曖昧な説明で言葉をにごした。確かに一国の王太子が菓子の作り方や材料を知っているほうがおかしい。

 メイリーアは改めてアーシュの知識の深さに感心をした。結局先日の食べ歩きの内容とはかけ離れているけれど、彼なりに色々と考えた末の決断だったのだろう。

「『空色』については当日その場で調理し、来場した市民に作り立てを提供するということになっております。ああ、あと『金色の星』も似たようなものですね。こちらは予めタルト生地を店で焼き、その中に特製卵クリームを絞って提供するとのことです」

 担当官がノイリスとメイリーアに分かりやすいように足りない部分を補足説明した。当初は『金色の星』の担当―今回「お菓子の祭典」は全権三代目店主の息子に任されているらしい―ライデンはグラン広場に三日間限定で焼き窯を設置するよう求めたそうだ。市民に出来たてを提供したい、寒い中訪れた人が温まれるように、と主張したがさすがに宮内府側はその要求を却下した。予算も掛かり過ぎるしなにより時間も足りないからである。窯は無理でも一時的な火力くらいならは可能ということで『空色』のような屋台は認められたが格式と伝統を売りにする『金色の星』が揚げ菓子やクレープを提供ということは誇りが許さなかったということか。すぐさま今の案に変えてきたとのことだった。

「さすがに一店舗に窯の設営を認めると他の店舗も同じものを要求してきますからね。結局それぞれ腹の探り合いと言うか、一つが目立ったことをすれば自分たちもと追随しますし」

「それはそうですね。他の店の品書きも似たり寄ったりですしね」

 ノイリスのその言葉に担当官は苦い顔を浮かべた。

 メイリーアは意味が分からずにきょとんとしたがノイリスは何も言わなかった。

 時間も人出も足りないので結局皆簡単に作れるものでどこかの店舗が抜きんでて目立つことがないように協定を張ったのだ。当初は菓子店が集まるのだからもう少し華やかな構成になるかと思っていた宮内府側もこれには一言苦言を呈したのだが、時間がなさすぎるとの一点張りで付き返された。その通りで反論もできないのと、そもそもが数年前から始まった新しい取り組みでそこまで力を入れている催しでもないため結局は菓子店側の品書きを呑むことにしたのだ。

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