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王女殿下と菓子職人   作者: 高岡未来
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三章 動き出した王太子14

「ま、俺も一応菓子職人だからね。一応庶民の間ではやっているものくらいは押さえておかないとね。もっと上品に手を加えてうちで売り出すこともできるわけだし。それよりも下町の菓子職人ごときが真剣に「お菓子の祭典」について考えるだけ無駄だよ。華やかさは俺が担当するからおまえはせいぜい俺の足を引っ張らないように頑張ることだね」

「んだと、言ってくれるじゃねえか」

 売り言葉に買い言葉である。二人ともいつの間にか列からずれて睨み合う始末だ。彼の言葉からライデンという男も「お菓子の祭典」の出場するらしいことが読み取れたが、どこの店の者だろう。メイリーアは知る限りのグランヒール菓子店の記憶を探ったがあいにくと覚えのある顔を思い出すことができなかった。売り場に職人が顔を見せることなど滅多にないし、メイリーアも身分を隠してお忍びでいつも店を訪れているので職人の顔で店の名前が一致するということがない。

「本当のことだろう。あ、そうか。味に自信がないからそういった芸に頼るしかないのか。だが作り立てを披露するというのは悪くはないね。俺の腕を庶民に知らしめるいい機会になりそうだし」

 そういってライデンは思案気に顎に手を当てた。それにしても先ほどから妙に自信過剰な男である。そして尊大な態度を崩そうともしなかった。

「なんだと!」

「だってそうだろう。大体下町風情に店を構えているんだ。材料だって何を使っているのか分かったもんじゃない。粗悪品使用した菓子を並べられちゃグランヒール全体の菓子店の価値だって下がってしまうんだ。早く店をたたんでほしいね」

「俺の作る菓子がまずいわけねぇだろ!現に宮内府の役人どももちゃんと認めたぜ」

 その言葉にライデンは悔しそうに思い切り眉をしかめた。

「ふんっ。普段から菓子を食べない人間にはわからないんだよ。俺はおまえのことなんて認めない。下町の菓子屋風情が俺たちと同じ舞台に上がれるなんて思うなよ」

「てめぇこそ店の看板に胡坐かいて威張り散らしているだけだろう」

 アーシュとライデンは至近距離で睨み合った。まさに一触即発といった具合で何かのきっかけで爆発しそうな勢いである。

 どのくらいそうしていたのだろうか。ライデンは余裕の笑みを浮かべて息をひとつはいた。さきほどから行動一つ一つが嫌味なのである。メイリーアは初対面だけれどアーシュをこれほどまでにコケにする人物とは一体どれほどの菓子店の職人なのだろう。

「まあいいか。せいぜい本番で恥をかかないようにね。明日の会議では俺からも進言してやるよ。『空色』は味に自信がないから芸事で観衆の注目を集めるようにしましたってね」

 この言い方にはさすがにメイリーアもカチンときた。さっきから言わせておけばいったい彼は自分のことをなんだと思っているのだろう。

 アーシュが言葉を発するより、メイリーアが彼の前に一歩踏み出すほうが早かった。

「ちょっとあなた!さっきから聞いていればひどい言い方じゃないの。アーシュの作るお菓子は美味しいわっ!あなたが言うほど粗悪な材料だって使っていないしちゃんと常連さんだっているれっきとしたお菓子屋さんよ。お店の場所が下町にあるかって言うだけで、どうしてそんな風に意地悪なことばかり言うの」

 険しい顔で啖呵を切ったメイリーアに一瞬アーシュもライデンもぽかんとした。

「だいたいあなたこそちゃんと『空色』のお菓子を食べたことがあるの?食べたことがないのなら一度しっかりと味わいなさい。そりゃあ確かにアーシュは口は悪いしいじわるばかりだけれど作るお菓子の味は本物よ」

 後半の意地悪というメイリーアの言葉を受けてアーシュは口の中で意地悪は余計だ、と呟いた。ライデンは憮然とした態度で口を閉ざしている。彼自身アーシュの実力は分かっているのだ。昔店の下っ端に使い走りをさせて買って来させたことがあったからだ。

 ライデンは突然口を挟んできた闖入者を上から下まで舐めまわすように視線をやった。その視線にメイリーアは怯んだように一歩下がった。こういう人を値踏みするような目線は慣れないのだ。

「アーシュおまえ後援者でも捕まえたのか。ああその顔で取り入ったのか」

「こいつはそんなんじゃねえよ」

 急に脱走して『空色』に来たため今日のメイリーアの衣服は平素よりも高価な装いだった。それでも外套は地味なものを選んできたのだけれどまとめあげた髪の毛には小さな宝石が連なった髪留めを付けたままだった。その姿と言葉遣いにライデンはメイリーアが金持ちの令嬢か何かだと踏んだらしい。金持ちが気に入った店や芸術家を支援することはよくあることだ。

「だ、大体あなた何者なの?そんなに大口をたたけるようなお店の者なのかしら」

 少し怯んだことを悟られたくなくてメイリーアは言葉を続けた。

「俺はライデン・メイスン。『金色の星』の次期四代目だ」

 メイリーアの言葉にライデンは胸を張って得意そうに店の名前を告げた。アーシュは逆に腕を組んでそっぽを向いた。この自己紹介にはいい加減辟易しているのである。

 メイリーアは感嘆した。『金色の星』と言えばその昔宮殿に仕えていた菓子職人のメイスン氏が長年仕えた宮殿付き菓子職人を引退後に構えた店である。当時の国王陛下にいたく気に入られていたメイスン氏は引退時叙勲し、現在も勲章は店の一番目立つ所に飾られてる。

 もちろんメイリーアも何度かお忍びで訪れている菓子店である。確かにあの店の次期四代目なのならば腕は確かなのだろう。

「そ、それでも失礼な言葉は慎むべきだわ。わたしは『金色の星』のお菓子だって食べたことあるし、それを踏まえても『空色』のお菓子がそこまで劣っているとは思わないわ」

「顔がいいとこういうとき得だよなぁ。どうやってこのお嬢さんをだまくらかしたんだ?『空色』の店主さんは」

「んだと?」

 メイリーアの言葉には答えないでライデンはアーシュに卑下た笑みを浮かべた。あくまでも標的はアーシュということらしい。


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