三章 動き出した王太子9
「ああマジかったるい。ホントに嫌だ」
こんな面倒なことを考えついたトリステリア王家の王女とやらと呪ってやりたい心境だった。もちろんアーシュはその王女がメイリーアだということはまったく気付いていない。
「だったら師匠も断ればよかったのでは」
「それしたら今度は俺がやりづらくなるだろう」
組合の面倒な厄介なところその一である。しかし大きな集合体に所属をしておかないとそれはそれで困るのも事実なのだ。その後の関係性を計算したらここは妥協して恩を売っておくが吉である。
「ですが、大丈夫なのですか。そんな王家主催の催事に参加をするなんて、万一…」
フリッツは心配そうにアーシュの方に目を向けた。
「まあどうにかなるだろ。これまでだって別になんともなかったわけだし。ま、事前打ち合わせとかで宮殿へ行くときはフリッツに任せることになるけど」
「ええぇっ!それって大丈夫なんですか、代理でも」
いきなりの丸投げ宣言にフリッツは目を向いた。やる気があるのかないのかさっぱり分からない。
「うちは小さい店だから店主がそうそうも店を離れられないって言っておいたから平気だ」
アーシュはそう言って器の中の酒をぐいっと仰いだ。肴もちょうど切れたことだしこのあたりでお開きだろう。明日も早いためそろそろ切り上げ時だ。
「ってことで明日もちょっとでかけてくるわ」
器や皿を片づけながらアーシュはフリッツの方を振り返った。
「なにか用事でも?」
「ライデン・メイスンの奴覚えているだろう。あいつが余計なこと言いやがったんだよ」
アーシュは余程腹に据え置きかねるのか思い切り眉根を寄せて話し出した。ライデンはクレイス地区に店を持つ有名店『金色の星』の三代目店主の息子だった。腕は確かに悪くないのだがいかんせん選民思想の塊のような人物で誇りも高い、というか高すぎる人物だった。当然宮殿にほど近い地区以外に店を持つ店主らを見下していて、過去に何度かアーシュともやりあったことのある人物だった。アーシュとしては向こうが勝手に因縁をつけてきたから相手をしてやっただけだ、ということなのだがなまじ腕っぷしも立つため負け知らずだった。このあたりの事情もハデルに見込まれた原因でもあった。そして当然というかクレイス地区代表は『金色の星』が務めることとなっている。
「曰く、俺らの実力なんてたかが知れている。まずい菓子を提供して王家の面目を丸つぶれにされる前に考え直せって」
「いやあ、そこまであけすけに言ったんですか、あの人」
フリッツはいささか感心をした。ライデンの人となりはよく知っているが王家代理ともいえる役人相手によくそんな言葉を言ったものだ。不敬罪に問われても文句は言えないような内容だ。
「いや、もっと言葉は選んでいたぜ。だが言いたいのは要するにそういうことだ。で、役人どもも不安に思ったのか明日参加店だけ会合場所に菓子持参で集まることになった。確かにあいつらも前もって俺らの実力くらいは見ておきたいだろうさ」
あくびを噛み殺しながらアーシュは部屋を出て行った。また一つ余計な手間が増えたのだから機嫌も悪くなる。王家の思い付きにつきあうほどこちらとて暇ではないのだ。居間の扉をバタンと閉めた。
フリッツには話していなかったがこの話にはもうひとつおまけがついていた。どうやら現在、隣国ガルトバイデンからの親善大使が宮殿に滞在をしているらしい。そしてその親善大使とやらもこの話に一枚かんでいるらしい。
「ほんっと、まいったな」
アーシュは誰もいない部屋でため息をついた。
メイリーアはその日もご機嫌だった。午後の作法の授業で先生からお褒めの言葉を貰ったし、昼食は彼女の大好きな牛肉を柔らかく煮たものだった。天気もいいし最近ノイリスからの誘いもめっきり減った。最初は色々と含みのある言葉を掛けられたりして心臓に悪かったけれど最近は忙しいのかぱたんと止んだのである。メイリーアも一応年末の「お菓子の祭典」実行委員に名を連ねているけれど実務は宮内府の役人らが担当しているため今のところこれといって忙しくもない。この分だと午後から少し宮殿を抜け出せるかもしれない、などと考えながら自室で過ごしていた。
さていつごろ脱走、もとい出立しようかしらなどと目論んでいると一人の侍女がメイリーアの傍へ近づいてきた。どうやらメイリーアの自室へ来訪者があったようで彼女の手には書類があった。
「宮内府の方からメイリーア様へとのことです」
当然というか一介の役人が王女の自室へ入る権限など持ち合わせてはいないので書類は担当侍女の手に渡り彼女が点検をしたのちメイリーアの元へと手渡されることになる。
「ありがとう」
メイリーアはにっこりとほほ笑んで侍女から書類を受け取った。ぱらりとめくってさっと目で内容を追ってみる。「お菓子の祭典」の出店店舗が決定したらしい旨が記載されており一緒に店と店主の名前やおおまかな店の説明などが書かれていた。メイリーアはそれらにざっと目を通して、その後絶句した。
傍らに控えていたルイーシャに視線をやって、察したルイーシャが人払いをした。部屋に控えていたルイーシャ以外の人間をすべて下がらせるとメイリーアはルイーシャに書類を渡して叫んだ。
「ルイーシャどうしよう!」
「なにがですか姫様」
メイリーアの悲鳴にルイーシャは冷静に答えた。感情過多なメイリーアのこのような叫び声は日常茶飯事だ。二年も一緒にいればルイーシャの方にも耐性がついてくる。
「これを見て。ここよ、ここ」
メイリーアはルイーシャに渡した書類をぱらりとめくってある一か所の部分を指さした。
「ええと「お菓子の祭典」参加店名簿一覧。ああ、例のあれ参加店決まったんですね。姫様のお気に入りのお店『小鳥屋』も入っているんでしょうか」
「もうっ、違うわよ!残念ながら『小鳥屋』は入っていませんでした。ってそこじゃなくってもうちょっと下の方、ここよ。ほら、ここ」
メイリーアはそう言って自身の指を思い切り書類の上に押しつけた。ある一点をぐりぐりと押しつぶす。
「もう、姫様ったらそれじゃあ読めるものも読めませんって…。ええと」
ルイーシャはメイリーアに軽く抗議しながら、それでも主の指さす箇所に視線を落とした。下町トーリス・クレスモール地区代表『空色』と書いてあった。
まあ、しょうがないです。じゃないと物語動きませんから。
メイリーアちゃん頑張れ!




