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王女殿下と菓子職人   作者: 高岡未来
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三章 動き出した王太子6

 ノイリスの言葉でグレイアスも主人が朝から会議に缶詰になり昼食もまだったことを思い出したらしい。息を吐いてそのまま黙り込んだ。ノイリスは次の間へと移動をして椅子に腰かけた。間もなく茶を持った侍女が現れてテーブルの上に用意を始めた。それを横目に見ながらノイリスは考え事をした。探し物はおそらくすぐ近くにあるはずなのだ。あとはいかにそれを見つけ出して引き揚げるか。ここまでたどり着くのにずいぶんと長い時間をかけた。ようやくグランヒールまでたどり着いたのだからノイリスは何としてでもここで決着をつけたかった。

 やがて昼食の準備が整いノイリスは遅い昼食に舌包を打った。食の都と言われるグランヒールだ。宮殿で供される食事も申し分ない。一人で食事をしながらノイリスははるか昔、まだ子供だった頃のことを思い出した。兄妹はいたが、同母腹ではなかったため子ども時代ノイリスは一人で食事をすることが多かった。姉に兄、弟や妹もいたが王太子ということもあり何かと多忙で兄妹と一緒に過ごすことはまれであった。宮殿の奥で一人きりで食事をしているとどうしてもあの頃のことを思い出してしまう。母の方針で他の兄妹と過ごすことが皆無だった頃。早くに嫁いだ姉とは今でもぎこちないし、兄とももっと一緒に遊びたかった。

 食後のお茶をして、ようやく一息入れたところでグレイアスがテーブルの横に移動してきた。しょうがないのでノイリスは彼の方を仰ぎ見た。

「父上には手紙を書くよ。もしかしたら帰国は年明けになるかもしれないからね。それと別に僕は内政干渉していないんだから別にいいだろう。アデル・メーア姫だってとくに何も言っていなかったし」

「しかし…アガーテ様が何とおっしゃるか」

「母上のことは気にしなくていいよ。僕だって多少は自由に動きたいし、いつまでも母上のお人形でいるわけにはいかないからね」

 今回のお忍び旅行に最後まで反対していたのが母アガーテである。父の了解は取ってあったので最後は何も言わずに出てきたのだ。グレイアスはどうもなにかつけてアガーテに配慮をするのである。グレイアスの実家がどちらかというとアガーテの祖国ラーツリンド帝国寄りだからかもしれないが。

「そうそう、グレイアスには頼みたいことがあったんだ」

 そう言ってノイリスは一言二言グレイアスに用事を言いつけた。直立不動でそれを聞いたグレイアスは何も言わなかった。

 ノイリスはにこりと笑った。

 



「おいこら、アーシュ」

 いささか乱暴に扉をあけて入ってきたのはアーシュの友人レオンであった。大柄で力もあるレオンが勢いに任せて扉をあけるものだから扉に取りつけたベルが大きな音を立てて揺れた。どうでもいいがベルを落として壊れでもしたら弁償させてやる。

 入ってきたレオンの方を振り返った先客―四十代くらいの婦人―がその顔面凶器ぶりに卒倒しそうなくらい青い顔をして慌てて飛び出して行った。用件が済んだところだからよいもののこれが注文前だったら確実に業務妨害である。

「おいレオン。おまえ顔怖いんだからあんまりうちの店舗に入ってくるな。客が逃げるだろ。営業妨害する気か」

「うっせーな。お前こそさくっと人を傷つけるような台詞吐くんじゃねえよ」

 アーシュの遠慮のない物言いにレオンもおざなりに返した。眼帯をしていない左目で睨みつけるがアーシュはどこ吹く風だ。

「で、なんなんだよ」

「いや、その。メイリーアちゃん来ていないかなって」

 レオンの答えにアーシュはげんなりした。嫌そうに眉をひそめ、その目はレオンおまえもか、と語っていた。

「メイリーアさんとルイーシャさんは最近姿を見せていませんよ」

 アーシュの代わりにフリッツが答えた。ちょうど作業がひと段落したところだったので二人とも店舗の方で接客に当たっていたのだ。アーシュの方はこの後組合の緊急集会に呼ばれているので店を開ける予定なのだが。

「そうなんだ…」

 レオンは目に見えてがっかりと肩を落とした。眼帯を付けたいい年した男があからさまに意気消沈しているとそれはそれで気持ちが悪い。そしてアーシュは前々から聞こうと思っていたのだが。

「つーか、お前ほんっとうに何かと言うとメイリーアって。…まさか惚れてんのか?」

「ばっ!ちげーよ!」

 レオンはアーシュの言葉に大声で否定をした。

 そこは否定するのかとアーシュはいささか面食らった。てっきりホの字かと思ったのに見当違いだったようだ。いや、隠しているだけだろうか。さすがにこの年で無自覚とかいう純情っぷりを発揮されたら引くし、気持ちが悪い。

「師匠、ずいぶん単刀直入ですね」

 アーシュの予想外の質問にフリッツが呟いた。

「俺は単にメイリーアちゃんと仲良くしたいだけだんだよ!やっとできた女友達なんだから。一緒にレース編みとか刺繍の会とか開催したいし、カフェ巡りとかもやりたいし」

「あ、そーかよ」

 会話の中身がまるきり乙女な内容になってきたのでアーシュは馬鹿らしくなって適当に会話を切った。そういえば『私の花園』のカウンター席にはやたらと立派な刺繍の入ったコップ置きの布があった。今のところそれらの出来を褒めてくれる者は皆無だったが。

「俺も女の子たちと窓辺に座ってきゃっきゃと恋の話でもしながら刺繍とかしてみたい!今のところ俺の顔を怖がらないのがメイリーアちゃんだけだから、ぜひとも今度一緒に」

「あら、わたしがどうしたの?」

 自分の話に夢中になっていたのかレオンは扉の開く音も聞こえなかったようでメイリーアに声を掛けられて初めて彼女の訪れに気がついたようだった。

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