表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王女殿下と菓子職人   作者: 高岡未来
34/77

三章 動き出した王太子2

 後ろを振り返って抗議の目を向ければ、彼女は顎でノイリスの手を示した。目線だけで疑問を訴えかけると、今度は何度か頷いている。どうやら手を取れということらしい。これが世に言うエスコートというものか。まさか自分がそんなことをされる立場になるなんて思いもよらないからメイリーアはうろたえてしまった。

 それが思いきり顔にでていたのかノイリスがくすりと笑った。

 昨日から笑われてばかりである。メイリーアは慌てて彼の手を取った。兄以外の男性と出歩くことがほぼないから慣れていないのだ。というかレイスが全力で阻んでいるといったほうが正しい。

 慣れないこと続きで緊張しながらメイリーアら一行はグランヒールの王宮広場、通称グラン広場に構える老舗レストランへ訪れた。『月の光』という名のこの店はおよそ二百年ほど前から広場のすぐ隣に店を構えている老舗だ。現王家が贔屓にしている店としても知られている。客層はもちろん王族や貴族やそれに準ずる者たちである。宮殿の料理もよいけれど、昨夜のうちにアデル・メーアを通してノイリスから王都グランヒールを見学したいと申し出があり、それならばとこうして席を設けたのだ。急なことにも関わらず昼食の席がしつらえてあるのはもちろんユースノース王家専用の貴賓室を持っているからだった。二階の一番眺めの良い部屋である。大きな窓に面した席からはグラン広場が一望できる。現在グラン広場では来る年末の年越し祭りの為に準備が進められており時折叫び声などが風に乗せられ、届いていた。

 一通り昼食を終え、デザートを食べ終えたときノイリスが唐突に口を開いた。どうやら食事の最中から外の様子が気になって仕方がなかったらしい。確かに少し騒々しいかもしれないがメイリーアは嫌いではなかった。どちらかとうとワクワクの方が強い。

「そういえば王宮広場では毎年年の暮れになると何か催し物をすると窺いました」

 リンゴの煮たものにカスタードクリームをたっぷりとかけたデザートを堪能していたメイリーアは慌ててノイリスの方へと顔を向けた。久しぶりに食べる『月の光』のデザートを前につい夢中になり話し半分で受け流していたのだ。そんなメイリーアに一瞬だけ険しい目線を送りつけ、アデル・メーアが代わりに答えた。

「ええ、そうですわ。毎年この時期から準備に追われますわ。沢山の露店が出て年暮れまで街を彩ります。新年の花火が上がる日は街は大賑わいですのよ。一番大きな市はグラン広場にでますけれど、他にもいくつかの広場で似たような市が立ちますわ」

 毎年十一月中ごろから始まる年越しの祭りはグラン広場を中心に催されるのだ。いくつもの屋台が軒を連ね、期間中はランプがたくさん灯され通常よりも明るい。グランヒールにいくつも点在する広場のうちのいくつかで似たような屋台が立ち街を賑わわせる。そして一番の注目が王家から特別に供される出し物だった。一年の恵みを国民に還元するという意向の元、毎年何かしらを提供するのだが今年はまだ決まっていなかった。

「なんでも去年はグランヒール酒は飲んでも飲まれるな大会が開かれたとか」

 ノイリスの呑気な一言で場の空気がぴしりと凍った。本日の昼食会にはメイリーアとアデル・メーア、そして何人かの貴族が同席していたが全員が動きを止めたのだ。

 それは禁句にも近い一言で、主にユースノース家の黒歴史として表には出してはいけないことであった。もちろんノイリスに悪気はない。

「あら、よくご存じですわね」

 沈黙を破ったのはアデル・メーアだった。心なしか声が弾んでいるような気がする。この姉は酒の話となると途端に機嫌が良くなるのだ。

「ええ、噂はかねがね我がガルトバイデンにも伝わっていますよ。優勝おめでとうございます。アデル・メーア姫」

「ふふふ」

 褒めれてアデル・メーアは上機嫌だった。

(あぁぁぁぁぁ、何てこと言い出すの!ノイリス殿下)

 メイリーアは内心絶叫した。それは他の同席者も同じようでアデル・メーアの隣に座っているルーデイン卿は顔面蒼白だ。他の者たちも顔面を硬直させたままだった。美味しい料理を食べたはずなのに会場内はお通夜の様相である。

 去年の王家の出し物はアデル・メーア指揮の元行われた酒飲み大会だった。酒好きの王女が率先して企画をした内容は要するに大酒飲みによる酒飲み大会だった。トリステリア南部のブドウ畑から作られた葡萄酒を百単位の樽で振る舞ったのだ。無類の酒好きの王女が主催するだけでは飽き足らず出場者として登録をして、そして優勝してしまった。並みいる強豪を抑えての優勝だ。一番接戦した参加者も最後は「え、マジもう無理」という言葉を最後に倒れたくらいだ。最後まで残りその年の王者になったアデル・メーアは人々から「酒飲み王女」という不名誉な称号を手に入れることとなった。年が明けてからも王女の飲みっぷりと他の参加者への飲ませっぷりは至る所で話題に上った。話題に登りすぎて近隣諸国まで轟いたほどだった。元から酒に強いということは知られていたかもしれないが昨年のアレはまずかった。これまでも豪胆な性格からなかなか縁談が決まらなかったが酒飲み大会優勝以降アデル・メーアへ求婚する物は皆無であった。

「ありがとうございます。今年もグランヒール杯酒は飲んでも飲まれるなを開催したかったのですが、方々に止めれてしまいまして」

 アデル・メーアは頬に手をあてがっかりした様子で答えた。今年は提供するお酒の種類を増やそうと色々と試飲を重ねていたのだ。しかしこれ以上第一王女の評判が下がるのを危惧した父王と臣下たちの手によってアデル・メーアの野望は阻まれたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ