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王女殿下と菓子職人   作者: 高岡未来
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二章 隣国からの訪問者2

「本当、すがすがしいほど妹バカよね。気持ち悪…」

 姉の心の底からの言葉も、いそいそと執務室から退場するレイスの耳のは届かないのであった。



 秋の寒さも朝晩は身に染みるが太陽が空のてっぺんに居座るこの時間はぽかぽかと暖かい。外にだしたテーブルに繊細なレースの敷物を掛けて、いくつもの甘いお菓子とお茶を並べれば午後の茶会会場の出来上がりだ。

 テーブルの上には艶やかな赤い果実の乗ったタルトなどのお菓子が並べらている。本来秋も深まってきたこの時期が旬の食べ物ではないのだが庭園の奥にある温室で特別に育てられているのである。季節を問わず苺や黒スグリ、黒苺などを楽しむことができるのは王族や有力貴族に許された贅沢でもあった。そもそもが自前で温室を建設して管理すること自体費用がかさむのである。メイリーアも城下歩きを始めた当初、街の菓子店に苺のお菓子がないことを疑問に思い尋ねたら大笑いされてしまったので恥ずかしい思いをしたものだった。

「メイリーア準備は整って?」

 姉の声にメイリーアは振り返って、姉を追い越して自分の元へと駆け寄ってくる相手を確認するなり大きく後ろに後退した。

「メイリーア、私の愛らしいリィちゃんっ!」

 王太子の威厳も何もない幼児相手かというくらい甘い声をだしながら兄王子が抱きついてきた。突進してきた兄王子に抱擁され頬ずりまでされたメイリーアはどうにかこうにか兄の腕の中から逃れようとするが、ぎゅぅっと抱きつかれたままでどうにもならない。

「お兄様、わたしもう小さなこどもじゃないのよっ!十六歳なんだからいい加減その呼び名も挨拶の仕方もやめて」

「そんなこと言わないでいとしいリィちゃん。わたしにとってはいつまでも可愛い妹なんだよ」

 ぎゅぅっとされたまま兄レイスの返事を聞いて、シュゼットお姉さまの裏切り者、と心の中で叫んだメイリーアである。

 これまでだったら妹大好き兄の愛情はメイリーアとシュゼット、均等に二等分だったのにシュゼットがあっさりとお嫁に行ってしまってからはレイスの愛情はメイリーアにのみたっぷりと注がれているのだ。正直言って重すぎる。姉の置き言葉の意味もわかるものというものだ。

「お兄様、いい加減にしないとわたし、そろそろ怒るわよ…」

 そうメイリーアが少しばかり低い声で抗議をしてようやく、名残惜しそうにレイスは抱擁を解いた。

「…分かっているよ、リィちゃん」

「メイリーア、よ。お兄様」

「はいはい、可愛いメイリーア。だからあまり口を曲げないでおくれ」

 苦笑してレイスは小さな子供にするようにメイリーアの頬を人差し指でつんつん突ついた。

「もう、お兄様ったら」

 なんだかんだで兄レイスにこういう風にされると照れてしまうのである。

「ほらほら、二人ともそろそろ席に着きなさいな」

 アデル・メーアがぱんぱんと手を叩いて二人を促した。

 一人だけ先に席に着いてグラスに注いだ発砲葡萄酒に口をつけている。ほのかに色のついた液体を口に含んで満足そうに微笑む。傍らには苺をふんだんに使ったタルト。これがアデル・メーア定番の午後のお茶、もといお酒のお供なのだ。

 メイリーアもカスタードクリームと苺の織りなす絶妙な組み合わせをたっぷりと堪能して足をバタバタさせた。やっぱりこの組み合わせは王道、大好きだ。

 クリームの絶妙な甘さ加減に苺の酸味が合わさって、それでいてタルト生地のサクサク感がたまらない。ああ、お菓子最高!一日の中でも至福の時である。街歩きを止めないメイリーアだが城の菓子職人の作るケーキも大好きなのだ。

「お兄様もいかが?」

「…いや、わたしはお茶だけで構わないよ。チーズか、もしくは酢漬けの野菜か何かあればありがたいけれど」

 姉と妹が美味しそうにもりもりとケーキを制覇するのを横目にレイスは少しばかり青い顔をして返事をした。

 もともと参加予定のなかった王太子の為に所望の品を用意しようと、侍女の一人が慌てて宮殿の中へと身をひるがえした。

「あなたも本当に残念な子ね」

「仕方がないでしょう、姉上。こればかりは努力は重ねましたが無理だったんです」

 アデル・メーアのつぶやきにレイスは苦々しく答えた。お菓子大好きな妹となんとか共通の話題で盛り上がりたく努力を重ねたが、甘いものだけはどうも受け付けないのだ。練習と称して一時期沢山食べすぎた反動か最近は以前にも増して受け付けなくなってきた気がするレイスである。

「だからお兄様無理して私とお茶することないのに」

 メイリーアもつまらなさそうにつぶやく。一緒にお茶をするなら同じくお菓子、ケーキ好きな人とのほうがいいに決まっている。お菓子談義に花も咲くし、半分ことか出来るし楽しいからだ。

「そんなこと言わないでおくれリィちゃん」

「リィちゃんじゃありませんっ!」

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