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メイドに追われて三千里

第2話



「こっちよ」


そう言って城へ案内された俺は、鉄でできた荘厳な門をくぐる。


城の中へ入ると、木々のざわめきとは完璧に遮断され、同時に夏の暑さともおわかれした。

床にはレッドカーペット。壁には西洋の町の様子が描かれた絵画。そしてそのまま上を見上げればシャンデリアが飾られていた。まったくどこのお城だ。……お城だったか。


右折と左折をもう何回したか数えるのもアホらしくなってきたときだった。芽愛が他の部屋のドアとは明らかに違うドアの前で止まる。


「ここ」


そこは大きな木でできた扉が、立ちはだかるように眼前に迫っていた。よくみると細部まで行き届いたディティールで装飾されている。


芽愛が中へ入って行くのを見て、俺も急いで中へ入った。


「お帰りなさいませ。お嬢様」


一人のメイドが俺たちを出迎えた。

年は二十歳くらいだろうか金色の髪にブラウンの目。少しつり目がちなためか、気が強そうだ。

この真面目そうな人しか閑院宮家の専属メイドはいないのか? イメージ的にはもっといそうなんだが。

そんな感想を抱きつつ、他に目を向ける。

アンティーク風な長机に、これまたアンティーク風な椅子。暖かい色のシャンデリアの光と相まって、落ち着いた雰囲気の部屋に仕上がっていた。


「ここに何があるんだ?」


「ご飯よ」


そう言って指差した芽愛の指先を追うと、うまそうな食事がこれでもかというほど並べられていた。

そういやここに来てからまだ昼飯食ってないやって……。ご飯かーい!!

証拠はどこに行った!! 証拠は!!


「証拠見せるんじゃなかったのか!?」


「そんなもの要らないわ。だって、私があなたの母親だもの」


「……」


なんという理論。先ほどの思考の結果がこれだというのか? 納得いかん。まったく納得いかん。


というか、なんでこんな辺境に幼い子がメイドを連れて住んでるんだ。


「二人で住んでるのか?」


率直に尋ねてみる。


「ええ。今は私とエマの二人で暮らしているわ。今日まではね」


それではまるで今日から一人増えるみたいじゃないか。って、俺のことか。


そう考えると不安だ。いや、不安どころの騒ぎではない。もはやホラーだ。なにかの間違いまたは錯覚であって欲しいと思ってやまない。


「さあ、座って」


「お、おう」


不安からか、声が上ずってしまった。

返事をした手前、食事を辞退するわけにもいかないので、芽愛の対角に位置を決めて座った。少し遅い昼ごはんだ。


「さあ、食べましょう」


それを合図に俺たちは食事にありついた。


「なあ、一つ聞いてもいいか?」


「何かしら」


食事をする手を休めないまま、目だけこちらに向けてきた。


「閑院宮家ってなんなんだ?」


ピクリと芽愛の肩が震えるのを視界の端で捉えた。


「なに、とはどういうこと?」


「閑院宮家と言えば、俺らのなかじゃあ都市伝説扱いだったからさ。実態が小学生一人っていうのがなんとも違和感なんだよ」


「何も不思議ではないわ。私がここにいる、それが答えよ」


「いやいや、だっておかしいだろ? 大体、子供に……あ」


そこで気がつく。重大な事実に。なんでもっと早く気づかなかったんだろう。 馬鹿か、俺は。


子供に親権なんてあるわけないだろう。


だが、ここでそれを追及するのは愚策だ。なにせ通ってしまっているのだから。養子申請の書類が。

それはつまり国が何らかの形で関わっているのかもしれないし、もしかしたらヤクザなどが人身売買……。


ガタンッ!!


思わず立ち上がってしまった。


「どうしたの?」


「な、何でもない」


俺はゆっくりと椅子に腰を落ち着けた。ついでに気持ちも落ち着ける。


落ち着け、俺。冷静になるんだ。いま取り乱したら最悪逃げられないように何らかの拘束が待っているかもしれない。

しかし、俺である理由はなんだ? 俺の年齢からするに、どこかの労働施設にぶちこむ気なのか? それとも変態の金持ちに売られて、なにとは言わないがオモチャにされるとか。


最悪だ。

君子危うきに近寄らず。なんていい言葉だろうか。まさにその通りだった。


「すまん。トイレに行きたいんだが」


立ち上がりそう告げた。

逃げなければ。一刻もはやくここから。


「エマ、お願い」


「承知しました」


メイド、エマさんは俺の方へ近づいてきて、


「早く来い、愚図」


そう言った。


は? え? すまん。聞き間違いだよな?


俺はエマさんの方を見る。


澄ました顔をして知らんぷりしていた。


「こっちだ。ついてこい」


そう無愛想に言うと、歩き出した。

仕方なく後ろをついていく。


「そこだ」


一つの扉前で立ち止まった。


「じゃあトイレかりますね?」


「さっさと済ませろ。馬鹿者」


なんでいちいち罵倒されるんだろうと疑問に思いつつも、脱出しなければという意識がその疑問を押さえつける。


ガシッ


「あのー……?」


「どうした?」


「その手を放してもらわないと済ませられないんですが……」


俺の目はトイレのドアの端をがっちりと掴むエマさんの手をとらえていた。

まさか俺の脱出計画を見破られたのか……!?


「て、手伝ってやる」


「は?」


「だから……、お前の、そのあれをだな、手伝ってやると言っているのだ!!」


「はぁー!!!???」


エマさんは顔を赤くして、鼻息を荒げドアをこじ開けようとする。


「ちょ!! ふざけんな!! このっ!! うわっ!! なんて力だよ!!」


「はあっ!! はあっ!! 大丈夫だ!! 安心しろ!! 私がきちんとお前を導いてやる!!」


「どこにだよ!! てか、なんで入ってくるんだよ!!」


下を見れば、既にエマさんのローファーがドアに挟まっていた。


「なぜか? そんなものは決まっている!! お前が本当に男ならあれがついているそうじゃないか!!」


あれって……、あれのことか!?


「男など、この世に存在しないと思っていたのだがな。貴様はどうやらあの書物に出てくる男にそっくりだ!!」


なんの書物だよ!! くそ、本当にやばい。このまま押しきられたらみられてしまうー!!


「はあ、はあ。それに男は口汚く罵られるのが好物、という点も一致している!! ふふふ!! やっと見つけたぞ!! 男!!」


「好物なわけねーだろ!!」


そう叫ぶとよりいっそうドアに込める力をあげるが、エマさんのローファーが邪魔で閉まりきらない。


エマさんの目は光を失い、完全に変態の目をしていた。不気味な笑みを口元に浮かべて。


ヤバイヤバイー!! 男をしらないとか、今のご時世にいるのかよ!! いったいどこで暮らせば……、て、ここかー!!


「はやく観念して開けるんだ!! 大丈夫だ!! 踏んでやるから!!」


なにも大丈夫じゃなーい!! なに見て育てばそんな片寄った知識ばかり身に付くんだよ!!


「そのてを手を放せ!! この変態がー!!」


「なんだ? いやなのか? あの薄い書物に出てくる男たちは涙をながして喜んでいたぞ?」


同人誌かーい!!


くそ、いったい俺はどうすればいいんだ!!


「わかった!! 見せてやる!!」


「本当か!?」


「ああ。但し一つ条件がある」


「何だ?」


「一旦その手を放せ。話はそれからだ」


「ああ。分かった」


そう言うとエマさんは素直に手を放した。


今だ!!


俺はその瞬間にドアを開け放つと、半ばタックルぎみにエマさんを突飛ばし、廊下に躍り出た。

エマさんの状態を確認する間もなく、走り出した。


「くそ!! まて!!」


「まてって言われて待つやつがいるか!!」


俺はそう言い返すと振り返らずその場から逃げ出した。


「はあ、はあ。ヤバイわ。まじでやばい。閑院宮家……」


ある程度走った後、後ろを振り返ったが、エマさんの気配はなかった。


「ふりきったか」


そこで気がつく。今自分がこの城の見覚えのある玄関にいたことに。


逃げられるんじゃないか? 今、自分を止めるものは誰もいない。そして、幸運にも玄関にたどり着いた。なら、今しかチャンスはないだろ!!


俺は玄関に近づき、大きな扉を両手で開いた。


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