養子先から始まる奇妙な関係
第一話
俺、空呉匙は今、信じがたい光景を前に自分の頬を何万遍も叩きたい衝動に駆られていた。
「初めまして。私は今日からあなたの母親になる、閑院宮芽愛」
目の前には、真っ白な肌に漆黒の髪がよく似合う赤い目をした小さな女の子。そのバックには広大な山々と、何処でそんなもの造れんだよと突っ込みたくなるようなガチもんの城。
少女は続ける。
「ママと呼んでもいい」
「いやいや、色々とおかしいだろ。君、まだ成人してないよな?」
「今年で15歳よ」
そうとりとめもない風に言った。
おかしい。絶対におかしいだろ。母親が自分より年下とか……。
「そんな事より、匙、忘れているわ」
「な、何をだよ」
「お帰りなさいのチューよ」
そう言うと芽愛は下手くそにんーと唇を突き出した。
はい!? 馬鹿なのか? いいや、これは試されているんだ。これからお世話になる養子先の本当の母親に!!
だってそうだろ? 養子先の親が幼女なんて絶対に有り得ないのだから。
あの日はよく晴れた日曜日だった。人生の門出にはもってこいの晴天。
しかしながら俺は両親の仲違いでとある教会の孤児院に預けられるという、最悪の門出を果たした。少なくともあのときの俺は、自分の不運を恨めしくおもった。
しかし、時が経つにつれもともと喧嘩ばかりする両親をよく思っていなかった俺は、教会のシスターたちの温もりに触れたことも助け、すぐに立ち直り孤児たちと最高の出会いを果たす。
そんな怒号や恐怖から解放され、平穏で充実した生活にもなれたそんなある日の事だった。
一通の手紙が俺宛に届く。養子のお誘いだ。孤児院ではよくある話しなので殊更驚きはしなかった。俺にも来たか。その程度だった。疑問に思ったのは、自分の年齢が養子に不適切だと思ったくらいだった。
なにげなしに手紙をひっくり返すとそこには、閑院宮財閥とだけ書かれていた。
閑院宮財閥。
その話になると、黒い話から都市伝説なるものまで噂は絶えない。まあ、実際のところ誰一人として閑院宮家を確認したことはなく、言うなればUMAやネッシー、はたまた宇宙人のように見たことはないけど知っている、そんな立ち位置なのが誰しもの共通認識なのだ。
そんな秘密結社のような存在に声を掛けられたのが、8月の夏休み休暇期間の昨日のこと。
俺はきちんとした後見人がほしかったのと、興味半分にサインをした。
シスター達には猛反対されたが、17歳になった俺を養子にしたいなんて人そうそういないと言いくるめた。事実半分嘘半分と言ったところだろうか。
まあ、そういうことで俺は晴れて未確認を確認じゃなかった、親になってくれるという人のもとへ出発したわけだが……。
「んー……」
待っている。小さな可愛らしい唇を尖らせて。
少し恥ずかしさもあるのか、どんどんと顔が赤らんでいく。
正直に言おう。俺は童貞だ。
それが果たして今、この状況において関係あるのかは分からないが、とにかくこういった女の子の扱いが皆目検討がつかない。しかも相手が幼女ときた。
案外ぱっとキスをすればそれではい、おしまい。なんて事になるのかもしれないが。
「んー……」
「……」
お手上げだ。降参。ああ。いいとも。俺の負けだ。
だから答えを教えてくれ!!
当然ながらそんな降参は意味もなく、現状は俺に回答を催促してくる。
俺が広大な山にかかる雲を諦め半分で眺めていたら、芽愛は片目を開いた。
「いや?」
その声は悲壮に溢れたもので、なにかこうなんでも言うことを聞いてしまいそうになる。
しかし、俺の中の男は明後日を向いて知らんぷり。だめだこりゃあ。
「そ、そういえばさ。ここの人は今何処にいるんだ?」
キスから意識をそらそうと、核心的なことを聞いてみる。俺にできる精一杯だ。
「あなたの目の前?」
首をひねりながらそう言われた。
「いやいや、そういうことじゃなくてだな。親御さんとかそういう責任者的な」
「私よ」
今度は先ほどとは違って確固とした返事が返ってきた。はい? どゆこと……?
やぶ蛇とは少し違うが、これはこれでまたとんでもない事実をしってしまった。いや、この子が俺をからかっている線もあるので一概に言えないが。
「と言うと、君がこの城の持ち主ということで、俺を養子にした人ということか?」
「ええ」
「だ、だったら証拠を見せてくれよ」
「証拠……」
芽愛は考え込むように俯きぶつぶつなにごとか呟く。
「ついてきて」
たっぷり数分考えた芽愛は俺にそう一言いった。そして淀みない動作ですたすたと城の方へ向かう。
「どうしたの?」
俺がその場に立ち尽くしていたら、振り返りそう問われた。
あるのか? 証拠……。
俺の中ので不安と好奇心が争った結果、好奇心の大勝で終幕した。
危険ほどそそられる事柄がこの世にあるだろうか? これは単にあれだ。大学生のサークルが心霊スポットに行ってしまうあの心理。
確かめてやる。閑院宮家。
「すまん。すぐ行く」
一言そう言うと、俺は芽愛背中を小走りで追いかけた。