1日目 体力測定の時間
僕の住む山浜町には、これといった産業があるわけではない。田舎町と呼んで差し支えはないと思うが、呼ばれて怒り出す人は少なからずいると思う。
ともかく自然には随分と恵まれているから、その辺りはお気に入りだ。
小さな半島の端に位置するこの町は、その名の通りの地形をしている。
南西部は海に面し、さほど広くもない平地を除いてはなだらかに丘陵地が広がる。
周りの自治体とは山を挟んで位置しているが、行き来をしようと思えば一本しかないトンネルを通るしかない。
そんな陸の孤島とも言える町だが、ここ数年で随分と市街地の開発が進んだ。
それどころか流通だってしっかりしているし、なんといっても地域一帯で一番外国人が多く住んでいる自治体だったりする。
……ということに、なっていた。
町史では、地元出身の政治家の力やら誘致やらがどうのこうのということになっているが、本当のところは違っている。
そのことはこの町では1人を除いて全員が知っているし、世界中の人たちは、この町のことをほとんど誰も知らない。
これといった産業がない、というのも実は嘘っぱちだ。
半島の端にある、というのも多分嘘っぱちだ。
実は僕らは、この街が本当は世界のどこにあるのかを知らない。
この町に住む僕らは、この町から出ることを許されてはいないから。
この町では、一人の女子を中心にして、全てが回っている。それはすでに、第三次であれ産業であり、経済分野だ。
彼女を護る為、彼女を監視する為、あるいは彼女を利用しようとする輩に相対する為だけに、この町は機能している。
それぞれの思惑は、それぞれが国家的、世界的なプロジェクトである。それを知らないのは彼女だけだ。
僕の幼馴染、青木裕恵は、当年きって16歳の女子高生にして、その正体は魔王である。
世界の滅亡と魔族の繁栄を目論む絶対悪。
自らが魔王であると彼女が認識したとき、真の力の覚醒が起こり、世界は終わる。
馬鹿馬鹿しいことだが、本当のことだった。
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……という導入部分を考えてみたわけだ。
――ああ、要するに魔王は、僕の幼馴染の女の子なんだね――
そういう風にしてみた。
ちなみに、今日は学校で体力測定をやってるんだ。
君ら男子は、1500メートル走なる苦行を終えてめいめいに座り込み、砲丸投げに興じている女子の姿を眺めているところだ。
ちょうど、裕恵がえいや、とリリースした鉄球が、きれいな弧を描いて飛んでいく。
――どんな女の子なの?――
長い黒髪が揺れて、普段は透き通るように真っ白な彼女の頬が、紅潮しているのが見て取れた。
顔はまあ、お前の思う可愛い子でいいよ。黒髪は譲れん。
スタイルは結構細め。一応病人ということになってるんで。彼女は病弱で、基本的に町から離れることができない。
小さい頃にお前たちと一緒にこの町に引っ越してきてから、一度も遠出はしていない。かわいそうだね。
学校には普通に通っているけれど、激しい運動は禁止されている。
――ふーん。まあ、顔は勝手に思い浮かべておくとするよ――
ジャージに身を包んだ女の子たちがキャッキャキャッキャとはしゃぐ姿は、なんと素晴らしいものか。
どちらかといえばソフトボール投げくらいの可愛らしい測定のほうがいいのだが、学園の方針には逆らうまい。
そんなことよりも、かつてこの世界にはブルマというものが存在したと聞く。
もしもそうした文化が今も残っていたならば、僕らの学生生活はよりキラキラと薔薇色に輝いたことだろうと思うと、やるせない気持ちがこみ上げてくるばかりだ。
ちょっとだけ、魔王の力で世界を滅ぼして作り直してくれてもいいかもしれないと、お前は思う。ブルマのある世界に。
それをやるのは、ニコニコとこちらに手を振っている幼馴染の少女なわけだが。
――僕、そんなことおもわないよ。やめてよそういうの――
思うものなの。お前もそのうち分かるようになるって。
隣に座っていたクラスメイトの小松義行が、にやりと笑って声をかけてくる。
「おい、見ろよ大島」
――何? 声色変えて――
返事をしろ返事を。
――は?――
そういうふうにして話を進めていくんだから。
――なにそれ、めんどうくさそう――
リアルタイムで行動の結果を伝えていくスバラシイ物語なんだぞ!
実に画期的じゃないか。
――いわゆるゴッコ遊びだよね? TRPG的な……やつと思えばいいのかな――
お前そういうのも読んでるのな。俺が前にリプレイを持ってきてやったんだっけ。
とりあえずそういうものだと思えばいいさ。
さあどうする?
――うーん、まあ言われた方をそのまま見てみるよ。
「あいつ、遊ぶ気だな」
小松が顎で示した先には、裕恵に続いて投擲を行うサークルに入った千種加奈がいた。基本的にいつも眠そうな顔をしていて、ぽつりぽつり喋ることの多い、小柄で長い黒髪の……
――また長い黒髪?――
ええい、うるさいな。じゃあナチュラルにウェーブのかかったボブパーマってことにしよう。
彼女が表情一つ変えずにふわりと放った鉄球は、ドンピシャで裕恵が投げたのと同じ地点に落下した。
――ふむ、要するに、彼女がスナイパーとやらなんだね――
その通り。彼女は生粋のスナイパーだ。彼女は狙った獲物をけして逃すことがない。銃火器、アーチェリー、ダーツに石投げ、なんでもござれだ。
どれひとつとっても、全世界を見渡したって同世代で並ぶものはいない。
――それぞれ必要な才能が全然違うと思うんだけど、それはいいの?――
そういう能力だから、いいんだ。
――いいんだ――
いいんだよ。
このように、お前のクラスメイトは常識外れた能力を持っている者ばかりなんだ。
小松にしたって、先程行われた砲丸投げでは、お前の2倍くらいはゆうに飛ばしていた。単純に力が強いんだ。
背も頭一つ分くらいは高い。とてもしなやかな筋肉が目を引く彼は、空手の中学生世界チャンピオンだ。
――それって超絶スナイパーと比べてしょぼくない?――
えーと、じゃあ骨法とか合気道とか柔剣道、いろいろ武道の達人……ってことで。
――適当だなあ……――
適当なのっ。
さて、このクラスには全世界から選りすぐりの“エリート高校生”が集まっている。
本気を出せば、クラスメイトだけで体力測定の日本新記録を全部塗り替えてしまえるだろうけど、そんなことはみんなしない。
裕恵……お前の幼馴染の魔王な子な、にとってのクラスメイトたちはあくまで平々凡々だからだ。普段はその力を隠して、手を抜いているってわけだ。
もちろん体力自慢ばかりじゃないけど、頭の良さとかについてもみんな隠してるし、それがとてもうまい、というか、うまくできるように教育を受けてきたわけだ。
――力を隠すのは大変そうだなあ――
安心してくれていい。お前の身体能力、頭の良さはごくごく普通で一般的だ。演技するまでもなく、普通なんだ。
そんなお前がこのクラスにいる理由は、その特殊能力の奇特さと、裕恵の幼馴染である、という一点に尽きる。
――それ二点だよね。幼馴染だってこと、そんなに大事なの?――
……そんな二点の理由があったからだ。
幼馴染ってのはとても大事なことだぞ。
――萌えポイントとして――
そう。それもあるが、その辺はまた、おいおい語られることであろう。
――ところでええ……裕恵さんって病弱なのに体力測定なんかしてていいの?――
あ、ああ、それは大丈夫なんだ。彼女は別に病気なわけじゃないから。
その辺りもそのうち語られるであろう。考えてないわけじゃないからな。
「彼女はたいしたもんだ。私はどうも細かいことはうまくない」
関心したように言ったのはバルティーク=クイン。ヨーロッパからきた留学生だ。
――ふんふん、聖騎士ってやつか。留学生なのにえらい流暢だね――
「彼女は実にベリーグレートだね。私はこまか……ディテールの細かい……いや……えーと、スモールなワークはトゥー苦手でね」
――無理しなくていいよ……――
彼は魔王の復活に備えて多国語を完璧にマスターしていたんだ。
――そりゃすごい――
とにかく彼はガタイのいいガチムチだ。『教会』の誇る聖騎士団のホープなんだ。
――高校生の年齢で騎士ってなれるもんなの?――
なれるんだよ。なんかあれ、素質が大事なわけだ。秘密裏の組織だし、聖騎士団。年齢とか関係ない。
――はいはい。そのホープって全世代にいるわけ?
だって、たまたま魔王と同い年だったんでしょ――
細かいことを気にしちゃいけないぞ。
――ほかにはどんなクラスメイトがいるの?――
近くにいる分には、とにかく常識はずれの馬鹿力の重量級番長、椿天山や忍者の那智黒光、坊さんの家系の日吉宗仁なんかがいる。
――なんなんだよ、重量級番長って。番長が体力測定受けるのかい――
彼は……カリスマにあふれた日本一の番長だから、やるべきことはきちんとやるんだ。
「おう、お前ら、休憩はもうおわりじゃぞ」
そう、こんな口調かな。
――うーん、変なの――
ま、まあまだいろいろと固まってないからしょうがないんだ。
誰か話してみたい相手はいるか?
――忍者が気になる――
彼は冷たい、氷のような瞳を煩わしげにお前に向けた。
「うむ、なかなか女子の息を荒げた姿はよいものでござるな」
――そんなんでいいの、忍者!?――
忍者とはそういうものだ。
とりあえずそんな感じで体力測定は終わりになるのだった。