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桜人  作者: 霧丸
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ひらひら舞い落ちる、桃色の花びら。

それはしとしと降る雨のようで……例えるなら桜時雨。


彼に出会ったのはそんな桜の降る、まだ肌寒い季節の桜時雨の中だった。

私は高校生になり、ちょっとした山の頂上に作られたこの学校に入学したのだ。



「…………」


力なく桜の木の麓に、腰を落とし俯く男性。

漆黒のコートを身に纏、打ち付けれた楔に繋がれた鎖に身を絡め取られている。

桜の木に彼は拘束されていた。

明らかに場違いなのに、誰も彼を気に止めず通り過ぎてゆく――――違和感。


やや茶の混じる黒髪を携えた彼に後ろ髪を引かれながらも、それを後にした。





それから数日、彼は毎日そこにいた……それは間違いだ。

彼は一切微動だにしていない。

まるで死体のように……戯れに高校に入って出来た友人に彼のことを問うてみるも、友人は困惑の表情を浮かべるだけだ。

幽霊の類なのかもしれない、或いは自分の頭が狂ったのか……そうやって徐々に自分を追い詰めていった。


だけど…ある日、変化が起きた。

その朝たまたま早くに登校した。そしてもはや習慣であるように、青々しい葉を付けるようになった桜の木を見ると彼が彼は傷ついて其処に居た。


全身に傷を作り、血を流している。それでも普段と変わらないように桜の木の袂に腰を落とす。

ついに、私の許容限界が超えたのを実感した。

その後はもう、衝動だった。気づけば血を流す彼に近寄り、声を掛けてしまった。


「あの……大丈夫ですか?」

「……君は、俺が見えるのか?」



懐かしい声……そう感じた。

ゆっくりと顔を上げる彼、その瞳はブラウンの瞳……頭髪からも分かるように彼は色素がやや薄いのだろう。

どこか、端正ではなく鍛整な顔立ちだが……なんとなく人が良さそうだ。


鋭さの中に愛嬌があるといえば良いか。

だが、彼は私を視界に収めると瞳を驚愕に見開いた。


「君は……!いや、そんなはずはない……他人の空似か。」


再び内向きながら首を振る。

勝手に自己完結してしまって少々困る。それはともかくと、私は彼のそばに膝を着き、傷の様子を見ようと手を伸ばす……しかし。



「兎に角、傷を見せて下さい。治療しますので。」

「……無駄だよ。」


そう言って、彼は私の手に自分の手を重ねた――――だが、その手は霞のようにすり抜けてしまう。


「俺は地縛霊だ……物にも人にも触れない。」


少し考えれば分かる事だった。

突発的に理性を介さない行動……これからどうしたらいいのかという戸惑いと、お昼どうしようという下らない心配が脳に同居している。


そんな自分を安心させるように穏やかな口調で彼は言った。



「……大丈夫、もう少ししたら傷も癒える。」

「そうなんですか?」

「そうなんだ……心配してくれてありがとう。」


脳に衝撃、いつも陰鬱な表情だった彼が笑顔を浮かべた。あまりに朗らかな笑顔……それに思わず見とれた。

多分、私は一生その笑顔を忘れない、忘れられないと思う


――――それが私と彼の始まりだった。







「はぁっ、はぁっ――――っ!」


一人の少女が駆けていた、山の上に作られたこの学校は私立であるためかとても見晴らしいがいい……だが、それに応じて、非常に段差が多い。

学園から麓までは往復バスで行き交いする位だ……遅刻すれば当然バスもない為、致命的な事になる。


「たまちゃーん!一緒にご飯食べよう~~~~~!!」

「ごめーん!また今度誘ってね!」


風通しのいい校庭の階段で売店で買った弁当を広げる友人たちに手を振りながら急ぐ…売店の弁当合戦は熾烈だ。

美味な昼食は弁当もパンも、唐揚げも文字通り飛ぶように売れ、昼休み開始からモノの数分で売店はピラニアにでも食い散らかされたように無残なトレイのみを残す。


学生の身の上だ。削れるところはトコトン削らねばならない。

昼食代を抜きに月々7千円のお小遣いでは直ぐに底をついてしまう――――つまり、日直ではほぼ確実に昼飯にはありつけないのだ。


だがしかし、私の目的はお昼ご飯ではない。



「はぁ、はぁ……っん!―――ごめんね!日直だったから、授業の後片付けで遅れちゃった!」

「別にそんな急がなくてもいいだろう、俺は逃げられないし。」


皮肉気に肩を竦め、鎖の絡み付いた腕を見せる――――この学校の校庭に咲く桜の木で最も古く大きな、樹齢何百何年かの一本桜の木につながれた彼はこの場から動くことはできない。


「でも……待たせちゃったでしょ?」

「やっと普通の学生に戻ったかと期待したのだがね……毎日俺の細やかな希望は打ち壊されてばっかりさ。」


「むぅ……酷い言いぐさ!」

「毎日これだけ毒舌吐かれて、それでも此処に通う君は……話に聞くマゾという奴か?」


「何でよ!!というか何で貴方がそんな最近の言葉知ってるの!?」

「おやおや、意味が分かるのかね?……良ければ教えてもらいたい物だ、年寄の俺には全く意味が分からないのでな。」


嫌味と皮肉の乱射、あの日以降少しずつ言葉を交わすようになった桜の木の下の幽霊さんはどうも、100年近く昔の人間らしい。


本人に直接聞いた。なぜか彼といると懐かしい雰囲気を感じ、言葉を交わすうちにもっと話がしたいと思うようになり、彼の罵倒にも雨にも風にも負けずこうして足を運んでいる。


――――流石に嵐とか、集中豪雨には負けたが。



「ぐっ、それは……って、話の流れから意味知ってたじゃない!」

「はて、何の事やら?」



他愛の無い掛け合い。

いつも自分はこの人におちょくられてばっかりだ……でも知っている、この人がたまに凄く悲しそうな顔をするのを。

見ているだけで胸が痛くなるような切ない顔、そして同時にこの人との一時はひどく心地がいい。


「毎日、美味そうな食事を目の前で見せられるだけの幽霊の気持ちを少々は考えてもらいたいと言っているのだが?」

「う……それは御免なさい、でも私今食べないと午後持たないもん……」


途端、申し訳ない気持ちになる。

水を貰えなかった花のように萎れてしまった自分に、彼は肩を竦めてため息をついた。



「打開策としては、君の体を貰い受けることかな……まあ、ありたいに言えば憑りつくという事だな。」


「――――――っ!!!」

「冗談だ、取って食ったりしないから、そんなバッタみたいに飛び退くな」



声にならない悲鳴を上げる私に彼は思わず飛び退いた。それに対し彼は呆れ100パーセントで告げた。


「大体、性別が違えば憑りつくのは難しいらしい。」

「そうなの?」

「ああ~~何というか、男特有のアレが無い感覚がダメらしい。」



なんか微妙に言いにくいと言わんばかりの声を上げたのちに、微妙に真剣な声で彼は告げた。

今一つ抽象的なその言葉の指す意味、それは……



「男特有のアレ……ってまさか!!!」

「ま、そういう事だ。男の―――」

「ストップ!ストップ!言わなくていいよ!」


「そうか、流石に羞恥心はあったか。」


顔を真っ赤にし、言葉を遮った私に失礼極まりない言葉が淡々と返ってきた。


「むぅ……それ、どういう意味?」

「どういう意味も何も、客観的視観から見た場合の率直な感想だが?今の君は一般人から見れば、昼休み一目散で桜の木に駆けてはそれに話しかけながら食事をする。

 端的に言えば、奇人変人の類の人間だ。羞恥心のある人間なら普通はしない。」


「うぅ……言われなくても分かってるもん―――――でも、私とこうしているの楽しいでしょ?」

「煩わしい……そう言いたい所だが、無聊の慰めにはなるな。」



忌憚ない、急所をぐっさり串刺しどころか風穴を開けてしまいそうな徹甲弾の如きその言葉。

せめてもの反論と、投げかけた言葉はいつも通り冷淡な言葉で返って来るかと思えば、少しばかりの皮肉となって返ってきた。


まったく、素直じゃない人だと思う……この性格は死んでも治らなかったのだろう。



「えへへ……」

「何をにへら笑っている、気持ち悪いぞ。」


心底そう思っているようなげんなりした表情でいう彼、全く彼の口は毒舌が実装されている……もしかしたら、何も食べていないから気が立っているのかな?と少し場違いな思考が過った。

―――それはともかく。


「だって、私とこうしているの少しは楽しいって事でしょ?自分の行動が無駄じゃないって認めてもらえるのは嬉しいよ。」

「どれだけ前向きなんだ―――まったく、変わった女だ。俺の時ならもう、嫁に行ってもおかしくない年齢だろうに。

そんなのでは嫁の貰い手が無くなるぞ……割と真剣にそう思う。」


「その時は貴方が貰ってよ。」

「幽霊に頼むバカが居るか。」



超弩級の絶対零度の針のように鋭い氷柱の言葉が投げ返された。

そんな時だった……昼休みの終了を告げる予鈴の鐘の音が鳴る。


「あっ!5限目が始まっちゃう!……じゃあまた後でね!!」


急いで、おにぎりの袋をかき集めレジ袋に押し込むと立ち上がり、彼に手を振りながら教室に向け駆けだした。


そんな時だった。後ろから穏やかな声が微かに聞こえてきた。



「―――転ぶなよ。」

「……心配してくれてありがとう!」



私は、その声に振り向き精一杯に手を振った。



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