表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆行懐古録Ⅰ しあわせなリーナ  作者: 黒川杞閖
一月 「しあわせなリーナ」
8/52

芸術都市

 やっとのことでミアに落ちついてもらった後、俺は気分転換を兼ねて街に出ることにした。

昼が近付いてきたこともあり、通りには血の通った気配が行き交っている。おもちゃ屋から出てきた子供はけたけたと笑いながら駆け回り、それを追う母親は呆れながらも微笑んでいる。そうやって少しだけ温かい気持ちで周囲を見回す俺の金色の目をふいに引き付けたのは、二本の大通りが交差している大きな広場に取り付けられた、巨大な横断幕だった。

「第十五回アルメリア同盟記念芸術祭……」

 そこに書かれていたのは、どこかで見たことのあるような、聞いたことのあるような、そんな文字列だった。

「ふうん、もうそんな時期か」

 意識するよりも早く、俺の血の気の薄い唇がただひと言だけそうこぼした。そこには特に喜びも悲しみもなかったが、ただ、自分が知っている以前のアンゼ公国のことを思い出して、ほんの少しだけ寂しくなった。

 小さな寒々しさをどこか心に抱えたままで、いざ、通りよりもずっと多くの人や、せわしなく行き来する馬車でにぎわうその広場に足を踏み入れてみる。通りと同じ石畳で飾られた丸い広場の中心には、不可思議な形をした白い大理石のオブジェを抱いた、円形の花壇が据え付けられているのが見て取れた。オブジェと同じような材質で縁取られた花壇には、寒い時期ということもあって、今は深緑の葉ばかりが目立っている。しかしこの冷たい色をした場所も、季節によってはきっととても美しいのだろう。また、花の咲くころに来てみたいものだ。

 花壇の周りには、揃いの腕章を着けた数人の若い男女が立っていた。彼らは大きな声で人々に呼びかけながら、何か薄い冊子のようなものを配っている。

「記念祭パンフレットです、どうぞ!」

 なるほど、彼らは記念祭の運営スタッフらしい。せっかくの機会だし、もらえるものはもらっておこうと、俺はひとりの女性スタッフに声を掛けた。

「すみません、一部ください」

「ありがとうございます、よろしくお願いします」

 人の良さそうなその女性は、笑顔で冊子を手渡してくれた。彼女はその後も素早く仕事に戻り、ほかのスタッフと一緒になって、どこか忙しさを楽しむように声を張り続けていた。

 俺は人の流れをすり抜けて広場の隅に置かれたベンチのひとつに座り、早速パンフレットに視線を落とした。

「同盟記念祭、二月十五日より開催……」

 表紙にでかでかと書かれている太い文字を、そっと声に出してみる。そうか、祭り自体はまだしばらく先らしい。続けて表紙をめくった最初のページを見ると、そこには主催側のあいさつと、この祭りの歴史――テリシラ帝国とアンゼ公国の同盟締結のいきさつが、こまごまと記されていた。

 アルメリア同盟は、今から十五年前にアンゼとテリシラの二国間で結ばれたものだ。昔から友好関係にあった両国のつながりをより確かなものにするためとか何とか、そんなお題目が掲げられていた気がする。首都でもないこの街でこんな大事な行事が行われるのは、テリシラの現女皇陛下およびその弟君が、昔この街に芸術留学をしていた縁らしい。フェリキア陛下がその方面に造詣の深い方だというのは有名な話だが、このあたりに留学していたことは初めて聞いたように思う。

 芸術都市ヴェーシス。そういえば、この街の名前は帝国でも有名だったな。そんなことを思いながら、次のページに進んだ。俺はにぎやかな雑踏の気配を視界の端、耳の彼方で捉えながら、こうしてどこか他人事のように過ごすのが昔から好きだ。

次のページには、祭りに伴って開かれる催しについて書かれていた。芸術都市らしく、街中の公園などを利用して、地元の若い芸術家たちによる大規模作品展が開かれるらしい。その中でも、ひとりの新進気鋭の芸術家を目玉として。

「リーナ・アールス……」

 それが、今回最大の注目株の名前らしい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ