課題
「さて、本題ですが」
ミアは手をぴしりと叩き、軽く咳ばらいをした。
「復習です。今月の課題は『誰かの人生を切り開くこと』――何度目の挑戦かは知りませんが、ぜひ達成を目指してがんばってください」
ベッドに腰掛ける俺の正面に立ち、彼女は真剣な面持ちで語りかけてくる。
「……」
「サトリ?」
「……やっぱりめんどくせえ」
ぽろり、口から思わず本音が出た。毎年、そして毎月律儀に設けられるこの課題確認のための『復習』の時間――俺はこれが煩わしくて仕方ない。
「ばっ、ばかなこと言わないでください!」
「えっ?」
俺の心からのつぶやきに対してミアは、手を子供っぽくぶんぶん振り回し、高い声を張り上げて反論してきた。明らかに過剰反応であるのだが、これは何事だろうか。
「課題は、あなたと私の――いいえ、あなたのためにあるんですよ、あ・な・た・の・ために!」
顔を赤くしてむきになっている。ミアのこぶしが胸のあたりめがけて飛んでくるのをいなしつつ、俺は彼女の反応の意味がいまいち判らない。
「その課題を面倒だとは何事ですか? もう、本当にふざけるのはやめてください!」
ふと、合点がいく。どうやら生真面目なこいつは、俺が課題を行うこと自体を面倒がっていると勘違いしているようだ。何だ、早とちりか――当人が真剣なところ悪いが、この様子はちょっとおもしろい。
そうだ、せっかくだし、ちょっと悪乗りしてみようではないか。
「……嫌だ、めんどくさい。俺はできれば働きたくない」
「んなっ!」
ミアは心底衝撃を受けたらしい。変な声を発してそのまま、開いた口もふさげないでしばらく固まっていたが、ある瞬間から水を与えられた花のように生気を取り戻したかと思うと勢いよく喋り出した。そこまでの時間、およそ六秒と半分。これこそ彼女が、想定外の事態から立ち直るまでに要する時間らしい。戦場だと確実に死ぬな、こりゃ。
「――っ、もう、バカなこと言わないでくださいよ! あなたは今月中に運命を切り開くべき対象を見つけて、その人を――」
「いや、うん、そうなんだけどさ」
俺は想定以上に慌てふためくミアの言葉を遮る。が、しかし、彼女も俺の言葉を遮り返してまくしたててくる。
「時間がないんですよ! 達成できなければまた一年先送りになるんですよ? 『あの術』に例外なんてないんですからね!」
彼女が必死になって何かを喋るたびに、長い藍色の髪がゆらゆらと揺れた。その顔は印象深い髪の色とは似ても似つかず、おろおろとした慌ての色彩も濃い、淡いピンク色に染まっていて、少しつついたら泣きそうなところまで追いつめられていた。しまった、少し煽りすぎたか。ちょっと、そろそろフォローに入ってあげないとさすがに可哀相だ。しっかりしていそうに見えて、ミアは意外と泣き虫なのだから。
「ああ、悪い悪い、冗談だ! 冗談だよ、ミア」
「冗談……?」
ミアはきょとんとした顔で首をかしげた。それと一緒に、細い髪の束が肩から下にはらりと落ちる。よかった、どうやら落ちついてくれたか。そう思ったのはほんの一瞬であった。どうやらそんな安っぽい謝罪は猪突猛進の気がある彼女の心には響かなかったらしい。それどころか、状況を正しく認識したミアの怒りを、より深いものにしてしまっただけだったようだ。
「最低です、お師匠様の課題にそんな態度で挑んでいたなんて見損ないました! 私の信頼を返してください!」
首をまっすぐに戻したミアは、淀みのない強い口調で言い放った。なに、こっちはこっちで彼女の説教などにはすっかり慣れっこなのだ。あまり真に受けず、俺はあさっての方向に思いを馳せていた――なんだ、俺への一応の信頼はあるのか。普段から散々迷惑を掛けている身からしてみれば、正直なところ意外に思う。何はともあれ、俺の世界平和のためにもこの蒼いウリ坊を止めてやらなければならない。
「……ほんの出来心だったんです、申し訳ない」
説教の合間に、どうにかこうにか心のこもらない謝罪を挟む。そんな俺の言葉を聞いたミアはぴたりとその動きを止めた。やった、なんとか鎮火だ。そう油断した矢先である。
「やっぱりあなたは最低です!」
結局この後、赤く燃え上がったミアからどうにか許しを得るためだけに、なんと三十分もの時間を要した。






