二月二日~終わりの終わり~①
清流亭で迎える最後の朝。まだ、太陽も昇らないほど早い時間だ。目が冴えて眠れないままベッドに横たわる俺には、彼女たちに関してただひとつだけ、得心のいかないことがあった。それは、メルティーナのリーナに対する態度である。彼女はリーナのことを『アリーシャの妹』と呼ぶばかりだった。すなわち彼女は、彼女の姉の妹のことを、自分の妹であるとは決して言おうとしなかったのだ。
俺は意を決して、もう一度だけあの公園に足を運ぶことにした。約束はなかったが、そこに行けば彼女に会えるに違いないという、思い込みにも似た確証を抱いていたからだ。
しばらく経って、日が昇る。俺はのそのそと身支度をし、食堂に降り立った。そして、宿のご主人に無理を言って、早めに朝食を用意してもらう。最後の朝食。シンプルなサンドイッチを、奥歯のさらに奥で噛みしめるようにいただいてから、俺は外へ出た。すべては、メルティーナに初めて出会ったときと同じ時間を狙って、あの何もない公園に向かうためだ。
雲のない空の下。一歩一歩進む俺に向かって、乾いた風が吹いている。朝の街にはまだ人気はなく、ほんの少しだけ寂しさを感じさせる。あの日もこんな様子だったかと、メルティーナとの出会いの日を回想する。思えば、彼女との出会いは本当に不思議だった。
たまたま通りかかった公園でたまたま出会った彼女は、俺のところにたまたま絵の具を落として去って行った。そんな彼女はたまたま才能ある絵描きで、姉妹とともにたまたま秘密を抱えていた。何だか、すべてができすぎているかのようだと、今さらながらに思う。これも西の魔術師の仕組んだナントカなのではなかろうかと、あるかもしれない可能性に思いをはせた。しかしこれでは、まるで三文小説ではないか。
「俺も、物書きになろうかなあ」
かなわぬ夢を口にしながら、俺は歩みを進める。ほどなくしてあの公園の入り口に至り、そのまま敷地に踏み込み、そうして彼女のお気に入りのベンチを目指した。石畳の鳴る音に踊らされながら歩いていると、例の広場が見えてきた。そこには、この朝から――否、ずっと前から期待してやまなかった景色が、静かに、しかし確かに広がっていた。
「――メルティーナ」
「あ、お兄さん」
人気のない公園に意味深に作られた坂の上の、意味のないように見える広場。そこにいる彼女の名前を、俺は大事に大事に声に出した。
「今度は、間違えなかったのね?」
「――ああ、その節は、すまなかったな」
俺は彼女に求められるまま、素直に先日の非礼をわびることにした。
彼女は絵の道具を広げて、いつものベンチを占領している。傍から見たら迷惑極まりない行為だが、誰も来ないからいいのだと彼女は笑う。ベンチの上のもの以外にも、近くに停めた黄色い自転車のかごや荷台にも、何やらいろいろな道具が載せられている。ここまでは、いつも通りだ。
「なあ、メルティーナ」
いつも通り。
それを確認できたところで、俺はある違和感を口にする。
「その、いつもの帽子は――」
「ああ」
どこかに向かって吹く風に、さらさらとした髪をなびかせる彼女は、小さな頭を両手で覆うようにして、そっとはにかんだ。
「もう、要らないのかなと思って」
「あたし、リーナをやめたから」




