乳白色の神さま
彼女は突き放すように言う。
「あなたの気持ちはあたしには解らないよ。当たり前でしょ。あたしはあたしで、あなたじゃない。同じ名前を使っているかもしれないけど、別人なんだから」
冷たい言葉と裏腹に、彼女の顔には温かい微笑みが浮かんでいる。一方、言葉をぶつけられている姉の方はというと、唇をきゅっと噛みしめて、険しい表情で妹を正視していた。
「同じ家で育ったからって仲間だと思わないで。同じ親から生まれたからって一緒にしないで。――同じ顔だからって、中身まで同じだと思わないで」
自分と姉とのつながりを否定したそのとき、メルティーナは言葉に詰まり――彼女の表情が、再び曇りを見せた。しかしそれもわずか一瞬のこと、彼女は首を横に振るうと、また鮮やかな面持ちを取り戻したかに思えたが――。
「あなたとあたしでは、何もかもが違うの。『リーナ』に対する思い入れも、接し方も。だからあなたの気持ちを理解することができない。自分で立てた誓いを棄てて『壊れてしまった』あなたのことなんて、全然理解できない!」
そう見えたのもつかの間、メルティーナは突如として声を荒げた。俺には、いや、俺とアリーシャには、彼女の豹変こそ理解できなかった。
「ねえアリーシャ、教えてよ。解らないから教えてよ。どうしてリーナを殺そうとしたの? あなたはリーナの名前を使うことを楽しんでいたじゃないの。ねえ、どうしてリーナを破いたの? どうして?」
メルティーナの頬が、目の周りや耳までもが、みるみる上気していく。彼女はずい、とアリーシャに詰め寄って、その両肩をしっかりと掴んだ。その手は震え、いつしかメルティーナは、渋い顔の姉を前に泣き出していた。
「どうしてよ、お姉ちゃん……」
泣きじゃくりながら、姉にすがるように妹は問う。
「どうして、『あたしの描いた絵』を、破ったりなんかしたの……?」
姉は、何も語らない。しわを寄せたままの眉根ひとつ動かさず、ただただ、ほんのわずかに妹から視線を外したまま、彼女は動かなかった。妹はそんな姉の様子にさらに落胆を大きくしたのか、一層涙をこぼして嗚咽する。
「ひどいよ、本当に……ひどいよ」
メルティーナの言葉は姉を責めていた。芸術家としての自分の成果、すなわち自分自身を否定されたことに対する恨みとつらみだ。その絵、『かわいそうなリーナ』がどういう経緯や意図で描かれたものであれ、それはメルティーナの生命がこもった作品、分身であるのだということは俺にも解することができる。実の妹の作品を、それも『三人目の姉妹』を描いた作品をめちゃくちゃに破くなんていう真似は、よほどの理由がなければできないことだろう。
果たしてアリーシャは、姉として何を考えていたのだろうか?
俺は探るようにアリーシャの瞳を見つめる。彼女はうつろな、少し曇った面持ちで淡々と返した。
「……メルには、解らないと思うわ」
それはとても小さく、ともすれば聞き逃してしまいそうなささやきだった。アリーシャはメルティーナの手をそっと払いのけ、そのまま妹の手を包むように握りしめた。表情は、沈んでいる。
「私が『リーナ』を殺した理由。大切な妹が描いた大切な妹を、傷つけた理由。『本物』のあなたには、きっと何回生まれ変わっても理解できないわよ」
アリーシャは、鼻で笑う。彼女の顔の筋は、にこりとも笑っていないどころか人形のように動かないが。一方でメルティーナは、姉の言っていることの意味をいまいち呑み込めていないらしい。目を皿のように見開いて、すっかり固まってしまっている。アリーシャは妹と目を合わせることなく、どこか遠くに向かって告白を続ける。その語り口はひどくゆっくりで、ふわふわと地に足のつかないような、不安を煽るものだった。
「私はね、メルの才能を誇らしく思っている。私と違って、決して枯れないあなたの才に心を奪われていると言っても過言ではないわね。だからこそ、なの。だからこそ私は――」
そこまでどこか遠くに向かってぽつり、ぽつりと語りをしていたアリーシャが、唐突にメルティーナの瞳を捉えた。彼女はしばらく、何も言わずに妹を見つめていた。そしてどれくらい経っただろう、アリーシャはこつりと、メルティーナの額に自分の額を付けてみせた。あっけにとられるメルティーナをよそに、妹をとらえるアリーシャの手に骨が浮く。締め付けるというほどではないが、結構な力の入りようだ。握られているメルティーナにも痛みがあるのか、彼女はわずかに顔をしかめている。痛みを訴えようとしたのか、彼女の口もとがわずかに動いたそのときだ。それまで宙を舞っていたアリーシャの言葉が、一本の槍となって妹の胸を貫きにかかった。
「私はあなたが妬ましかったの」




