表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆行懐古録Ⅰ しあわせなリーナ  作者: 黒川杞閖
一月 「しあわせなリーナ」
40/52

告白~リーナの肖像①~

 昔から『あなた』は詰めが甘いのよと、メルティーナは言った。

「お姉ちゃん、このお兄さんをひどい目に遭わせて、リーナを殺すことはできた?」

 くすくすと、からからと、徐々に大きさを増していくメルティーナの哄笑。それは、どこか姉に似た色を持っていた。顔が同じなのだから当たり前だと言われればそれまでだが。

「あたしが何も知らないとでも思った? あなたが何を考えているか知らないとでも思った? 甘いのよ、アリーシャは。あたしを『妹』扱いして、無知な娘と思って。あたしより、ほんの少し早く生まれただけなのに。ねえ、馬鹿じゃないの? ねえ」

 メルティーナの声は冷たい。アリーシャの従順たる妹としての彼女は、すでにいない――あるいは最初から存在していないとでも言いたげな、姉のことを軽視しきった発言だ。それだけではなく、言外のしぐさ、視線、その何もかもが、自分の上に立つ存在としてのアリーシャを否定しているようだった。

 思えば予兆はあった。あの公園での『昔話』のときだ。彼女は怪我の後遺症に悩まされる姉のことを、『壊れそうな部品』と呼んだ。それどころかやがて動かなくなる彼女の腕を、消えかけている演奏家としての生命を、それに抗う彼女の努力や悲しみさえも否定したのだ。俺は、この期に及んで何もできない。声を発することもできず、ただメルティーナの鋭い眼光を見つめているだけの木偶の坊だ。そんな自分が、俺は心底情けない。

 それでも勇気を振り絞って、少しだけ顔を逸らしてアリーシャを視界に収める。どんなひどい顔をしていることだろうと覚悟していたが、意外にも彼女の表情は乏しく、悪く言えば空虚で気味が悪く、もっと言うなら、感情を置いてきたような、『抜けきった』顔をしていた。

 それにしても、メルティーナはどうしてこんなことをする? 何故アリーシャを、ここまで追い詰める? 俺にはそれが、さっぱり解らない……。

「メル……」

 アリーシャが声を絞り出すように言う。彼女はなおも唇を動かし、何かを発しようとするが、メルティーナの弾丸のような言葉がそれを許さない。

「ねえアリーシャ、あなたはどうしてリーナを殺そうとしたの? どうしてそんな、愚かなことをしたの? あなたはリーナを、何度貶めれば気が済むのかしら。どこまでかわいそうな女の子にすれば気が済むのかしら。ねえ、あたしはもう耐えられないの。あなたのお人形遊びに、耐えられないのよ」

 そこまでをひと息で言い切ると、メルティーナは一転して刃を収めた。続けざまにアリーシャの頬を両手で包み込んだ。メルティーナは自身の顎で、姉に何かを促している――さしずめ、彼女の弁明を引き出そうとでもいうところか。アリーシャは、そんな妹の指示におとなしく従う様子を見せた。俺はというと、相変わらず、背景。

「私は……私は、リーナがかわいそうで。『死んでからも私たちに利用され続けるリーナ』が、本当にかわいそうで……。だから、解放してあげようとして。リーナの名前を使うことができなくなれば、きっと……」

「ねえ黙って」

 メルティーナは怒りをあらわにした。告白しろと言っておきながら黙れとは、またずいぶんな横暴である。先程からずっと彼女たちに圧倒されっぱなしだったが、ここまで来て、俺はようやく埋没していた背景から脱出する力を得ることができた。きっと彼女たちは、このまま放っておいたら大変なことになる。きっと、取り返しのつかないことになる。ようやく俺は、誰かが叩き続けていたドアを開けることをかなえたのだ。妙に重たい身体を引きずって、相対する姉妹の間に腕を差し込もうと試みる。ところがそのさもしい試みもまた、この場の支配者であるメルティーナの細い指によって、あっさりと否定されてしまうのだ。

 メルティーナは俺の手のひらを包んで、そっと払った。

 とてもやさしい手つきだ。温かいしぐさだ。

 俺は、自分の醜い腕を――下ろすしか、なかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ