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黒の華  作者: 小梨 真
14/22

14話目

 燐は北の館へと足を速めていた。

 侍女を帰して一人になった事が解ると、ばれぬようにそっと部屋を抜け出した。黒房は近付くなと言っていたが、燐はどうしても一目婆の無事を確認したかった。そうすれば平穏な暮らしが出来ると思っていた。


 燐がしばらく歩いていると屋敷を出たことを悟って、侍女が後ろから追いかけてくるのが見えた。燐はそれに気が付くと走り出した。自分をあんなにも気にかけてくれる侍女を振り払うことに心が痛んだ。

 侍女は叫ぶ。



「燐姫様、お待ち下さりませ。黒房様がお叱りになられまするぞ」



 侍女に追いかけられながらも、懸命に走っていると、北の屋敷の方向から二人の女が現われた。一人の女はその両手に丸められた大きな布を抱えていた。燐は足を緩め、肩で息を切らしながら二人を見詰めた。二人のうち、前を歩いていた女は背筋を伸ばし鋭い眼差しを燐に向けていた。その顔は美しくも大きな威圧感を漂わせていた。

 

 燐は立ち止まる。

 燐も燈江も、お互いが誰であるかを瞬時に理解しあった。


 燈江はこの機会を見逃したりはしなかった。ようやく見ることの出来た燐姫の頭の先から爪先まで目を細めて隈なく見詰めた。

肌の白い、整った顔立ち、そしてその唇にさした紅を見て眉をひそめた。

すぐに自分が黒房にもらった紅と同じだと気付いた瞬間、心が強く燃えたのが分かる。


この女は立ち直れないほどに心をへし折り、蹴り飛ばし潰したい。


それを悟られることもない正室の凛と美しい笑みを燈江は浮かべ燐に問うた。


「そなたが燐姫か」


「左様にございます。お方様は燈江姫様とお見受け致しましたが」


「いかにも。しかし生まれが違うとこうも変わるものじゃな。外を走りまわるなど、妾には到底無理な話じゃ。のう楓」



 両手に布を持った楓は含み笑いを燐に向け、ゆっくりと頷いて見せた。燐は顔を赤らめて俯くと、やっと追いついてきた侍女がその後ろで立ち止まった。燈江を見ると慌てて深く頭を下げる。



「侍女も大変じゃ。こうも活発な姫の世話など。そのように走り回れるのも婆様の御養育の賜物かのう」

 

燐はどう言い返して良いのかも解らず、唯顔を赤らめて袖で顔を隠した。燈江を前にしては侍女も燐を庇うことが出来ず、ただ黙って燐に気付かれぬよう燈江を上目遣いに見詰めた。

楓はすかさず燐にいつもの猫なで声を出し、話しかける。



「燐姫様、今から何処へ、おいでになられるおつもりか」


「北の屋敷へと。どうしても婆の姿をこの目で見たいのでございます」



 途端、燈江と楓は喉を震わせて笑い声を上げた。燐が困惑していると、燈江は楓に目配せをする。楓は頷いて両手に抱えていた布の束をうやうやしく燐に差し出した。



「こちらが、お方様の大切な婆様にございまする」



 燐は訳が解らず、布を受け取りながらも不安気に二人を見詰めた。燈江は冷たく鋭い視線を燐に向け、言う。


「祈祷など全くの嘘。北の屋敷に眠っておったのはそやつじゃ」



 燈江は燐の腕の中の薄汚れた布の束を指差した。

燐は布と燈江を交互に見て震える声で答える。


「何を申されますか。黒房様は必ずや婆様を助けて下さると仰ってくれたのでございます。」


「それが嘘じゃと申しておろう」


「されば、婆様はどちらにおられると申されるのでございますか。」


「さあのう。その様な事妾に聞かれても解らぬ。黒房に直接聞いてはどうじゃ」


 そう言って燈江は溜息をつき、うすら笑みを楓に向けた。

 

 黒房の計画が燐にばれた今、二人を繋ぐものなどなくなった快感に、燈江は満足しきっていた。


 これで忌々しい女を追い出すことが出来る。黒房の興味もここまでであろう。確かに自分から見ても美しいと思う燐姫の顔が青くなりその紅い唇を震わせている。黒房の企みに苦してのたうちまわり、もっともっと醜い姿を自分に晒せと強く思う。


「哀れに、燐姫。さぞ、辛かろう。大事な男に大事な婆様を奪われ途方もない孤独、察しておるぞ」


 燈江は燐を憐れむ声を出した。

 楓はあげた甲高い笑い声を慌てて袖で抑える。 


 燈江はもう一度無知な燐を見詰めてほくそ笑んだ。燐は血の気を失った顔で腕に抱いた布の塊を放心しきって見詰めていた。状況をどうにか把握しようとしているようだった。

 

 暫らくして燐は持っていた布を地面に投げ捨てて、燈江に頭を下げることもせずに北の屋敷に走って行く。侍女はゆっくりと燈江に頭を下げ自分のことのように顔を歪め、花豆のような目に涙をためて凛の後を追った。


 燈江は楓と顔を見合わせ大いに笑い合った。


「阿呆な女じゃ、教養も後ろ立てもないあやつにもはや何が出来る」


 燈江は走り去る燐を眺めながら、「現実」にとり殺される女の姿を思い浮かべた。


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