13話目
燈江は乱暴に北の屋敷の扉を押し開けた。
部屋の格子戸は硬く閉ざされ、暗く冷たい土間の近くに蝋燭が灯って婆の影を天井に映して揺れていた。入り口には注連縄が引かれ行く手を阻んでいた。
燈江の陰に隠れるようにして楓はそっと中を覗き見た。婆の影を見るや否や燈江の傍を離れ、明るい表へと出た。なおも中を覗く燈江に震える声で楓は懇願した。
「もう、十分に御座いましょう。燈江様、早うお屋敷にお戻り下さりませ。」
「祈祷など行っておらぬではないか。」
燈江は眉を顰めて注連縄に手を伸ばした。溜まらず楓は叫び声を上げて燈江の腕にしがみ付いた。
「お止め下さりませ。」
楓の叫び声も耳に入らないのか、燈江は好奇心に溢れた目で屋敷の中を見詰め、注連縄を引き千切って簾を手で押しのけると土間の中に足を踏み入れた。楓は泣きながらその場に蹲り、両手を合わせて震えていた。
楓が目を瞑っていると、燈江が上擦った声を上げた。
「楓、此方に来い。」
楓は目を開くと手招く燈江を見て首を振った。楓は腰が完全に抜けてその場から動くことが出来ない。すると燈江は婆に被せられていた着物を剥ぎ取り、横になっていた婆を引っ掴んだ。楓は一瞬驚いて四つん這いに手足をばたつかせ、何とか外へ逃げようとした。その格好を見て燈江は笑い声を発てた。
「しっかりせい、楓。見ろ、これの何処が婆と申すのじゃ。」
楓は燈江を振り返ると、その手に握られていたのは何十にも束ねられ丸くくくられた布の束だった。楓は言葉を失いそれを凝視していると、何もかも悟った燈江が大声で笑う。
「我が君ながらなんとも怖ろしい男子じゃ。」