染
《因みに迷宮の階層は妾も詳しいことは知らぬ。前回のお主で確か二十七層までだった筈じゃ。取り敢えずそのオーブに触れてみよ》
それに頷き改めてポータルと言うらしいソレに相対する。
と言っても何かSFチックな機械が置いてる訳ではなく、幾何学的な文様が半径一メートル程度で描かれた床、その真上に薄青色に輝くバスケットボール程の光球が浮いているだけであった。
言われたとおりに軽く手を伸ばし触れてみる。
「へ?」
思わずマヌケな声が出てしまう。
オーブに触れるのと同時、眼前に縦二十センチ、横六十センチ程の厚さのないウィンドウが突如現れた。
景色が薄ぼんやりと透ける半透明で、まるで立体ホログラフのようで、SFじゃないと思った端から出鼻を挫かれる。
現代技術じゃ到底不可能であろう技術の登場に、好奇心が刺激され穴が空くほど見つめれば、高速で文字が流れはじめ、暫くすると停止した。
《ん? これ、日本語なのか?》
《いや、触れた物の母国語が自動で表示されるようになっておる。その画面に地区移動、都市内移動の他に迷宮移動という項目があろう? そこに触れてみよ》
確かに仮想ウィンドウの中の一項目には“迷宮への移動”と、銘打たれた文字列があった。
恐る恐ると言った感じで人差し指で触れれば、思ったより硬質な感触を肌に伝え、画面が切り替わる。
表示された画面には迷宮第一層とだけ、簡素に表示されていて他には他の項目メニューだけで何もない。
《そのオーブに触れると一緒に情報が登録されるでな、今現在行ける場所の階層が表示される仕組みになっておる》
《深層に行くのに条件でもあるのか?》
《うむ、単純だぞ。レベルが上がれば自動で開放される仕組みとなっておる。他に能力値がレベルより高く、次の階層へのレベルと遜色がなければ、それでも開放されるようになっておるようじゃ。第一層は確か草原であった筈、百聞より一見、その一層と出ている部分を押してみるがよい》
迷宮、幼い時よりなぜか心惹かれた単語。
それが今、目の前で口を開けて待っている。フェルの言葉によって、自分がその入り口に立っているのだと更に強く実感する。
緊張とは違うドキドキ感が身を包み、武者震いでもするかのよう腕が震えてしまう。
深呼吸を一つ。僅かながらに落ち着いた震えを確認し、一層と書かれたウィンドウにそっと指を触れ――――
――――眩しい白光が目を焼いた、と思った瞬間。気づけば大草原に一人ぽつんと立っていた。
見渡す限りの草原、サバンナとでも言うべきか。ぽつんぽつんと生えている背の低い木と、点のように見えるあちらこちらに確認できる何かの生き物。
青い空、気温は夏の終わり頃くらいだろうか。その環境は地球とそう変わらないように感じる。
というより、広かった。地平線まで見えるとは、一体どれだけ広大なのか?
「此処が迷宮……」
《うむ。迷宮一階層じゃな。広さは大よそ三千キロメートルであろうか? 丁度地球の十分の一よりやや小さいといったところであるな》
思わず口に出してしまった言葉に、律儀にフェルが答えてくれる。
その言葉にはどこか誇らしげな雰囲気が漂い、腰に手を当てふんぞり返っている姿まで幻視出来そうであった。
なんて格好のフェルを妄想するという逃避を止め、後半に聞こえた事実に改めて呆然となってしまう。
地球と、そう言ったのだ。その地球の十分の一の広さだ、と。思わずもう一度周囲を見渡す。
迷宮というからどこかの遺跡だとか、洞窟なのかと思っていたのだ。
まさか“太陽”まである世界一個を、丸々用意さているなんて思いもしなかった。
《まぁ、此処と同じような世界は無数にあるのだがの。一つで足りる道理などないゆえな》
確かにと頷く。タルタロスに来れる魂がどれだけの割合なのか知る由もないことであろうが、それでもその数は無量大数の彼岸に手が届く程であろうことは明白だ。
ここに来る前にフェルから聞きかじった話しでは、それこそ世界の数なんて無限の彼方へと王手を差し込んでいるというのだ。
エニシにすれば馬鹿でかい感覚のこの世界も、実際には小さすぎると言って過言ではないのかもしれない。
《さて、呆けておっても始まらぬ、一層の魔物は一般人ですら相手どれるうえ、近くには丁度いないようであるな。取り敢えず、タルタロに来る時に渡した『ステータスカード』を出すがよい》
《これか?》
タルタロスに入るのと同時に、フェルが渡した一枚のカード。
エニシの世界のIDカードに近いようだが、材質はなんなのかさっぱりであった。
実は密かに折れるか試したのだが、名刺よりやや大きい程度、薄さも同じくらいの癖して曲がりもしなかったのである。
尋常じゃない強度であるのは間違いないだろう。
《うむ、それは文字通りに所持者のステータスを示すものでな、そのカードを手に持った状態で頭の中でセットアップ・ステータスと呟いてみみよ》
言われたとおりにカードを手に持ち、瞳を閉じて言葉を思い浮かべる。
強く、というのが今一理解できなかったが、叫べばいいのか?
と、取り敢えず感嘆符が付きそうな勢いで脳内で叫んでみる。実はちょっと特撮系のノリは好きな方であった。
するとカードが一瞬白色に輝き、その表面に文字が浮かぶ。
《登録名》
=「エニシ」
《レベル》
=「一」
《保有スキル》
『魂蔵』『経験喚起』『絶望神の祝福』『戦闘センス(SS)』『魔道センス(S+)』
『身体能力増加(E-)』『筋力増加(E-)』『魔力増加(F+)』
《能力値》
『身体(E)』『魔力(E-)』『戦闘技術(F-)』『魔道技術(F-)』
表面に名前やレベル、能力値が書かれ、裏側にスキル一覧とやらが表示されている。
《ほぉ、流石だのぉ。前回の時よりセンス系はすべてワンランク・ツーランク程上がっておるわ、殆ど最高ランクではないか》
何処からかでも見ているのか、カードに浮かび上がったスキル覧を覗き込んだような反応でフェルが感嘆の声を漏らした。
と言ってもエニシには何が何やらさっぱりであるのだが。
《俺には見てもサッパリ訳が分からんぞ、説明してくれ》
《ふむ、毎度説明し直すのは面倒なんだがのぉ……》
と、言いつつも声音には嫌がる雰囲気はなく、どこか嬉しそうな気配がするのは間違いないだろう。
こほん、と可愛らしくもわざとらしい空咳が聞こえたかと思うと順に説明してくれる。
《さて、まずはレベルだが、これはそのまんまの意味よな。エニシの世界にあるゲームとやらにもあろう? 敵を倒すと経験値が増え、それが溜まるとレベルが上がって強くなるとな。この死後の迷宮世界でも同じ事が言えての、敵を倒せばその生体エネルギーとも呼ぶべきものが蓄積されて、それが一定値まで溜まるのと同時にアストラル体が吸収、レベルアップという訳じゃな。この時に一緒に身体能力や魔力量なんかも上昇するのじゃが、その上昇量は魂の質と言うべきか、あるいは格とも呼ばれるもので差が出るから注意じゃの》
そこまで一気に話したフェルは一息入れ、こちらに分かるか?
と聞いてきたので、エニシは問題ないと念話で伝える。
アストラル体は肉体の劣化に縛られない為、純粋な記憶能力は比べ物にならない程に高い。
思い出すことに関しても同様のことが言えた。
つまり、同じレベルでも能力に差は出る、ということだろう。
《さて、このレベルアップ時には既存のスキルのランクアップの可能性と、新規スキルの所得の可能性がある。両方とも取得には運と条件があっての》
《条件?》
てっきり自動で覚えたり、全部ランダムだと思っていたばかりに思わず間抜けな顔で返してしまう。
それに気づかなかったのか、はたまた気にしないのか、軽く首肯するような気配が伝わってくる。
《うむ、先ずスキルには幾つか種類があっての、一つは魂の記憶じゃ。これは魂が過去保存してきた記憶と経験が生体エネルギーの増加を鍵に思い出す現象じゃな。魂の起源が古く転生回数が多いほどチャンスは増えることになろう。次に条件スキルとも、称号スキルとも呼ばれるものでの、一定の行動や条件によって得られる称号で、有名な物では『竜殺し』や『神殺し』が挙げられるかの? 神殺しに関しては迷宮に存在する偽神だがの》
と、最後に詰まらなさそうに話す。
確かに字のままならつまり、フェル程ではないにしろ、あの死神連中は殺せるだけの能力は必要ということになってしまう。
《なるほど、何か特別なことをした場合に得られるって解釈でいいのか?》
《概ねその通りで構わぬであろうよ》
《んじゃ、最後のって?》
《ふふん、よかろう、話してしんぜようぞ》
ようは前者が固有スキルを含むものであったりする場合が多く、覚えられる人と覚えられない人がいるのだろう。
後者は逆に情報と条件さえクリアできれば誰でも覚えられる、ということになる。
この二つ以外になると予想が付かないので、訊ねてみれば、よくぞ聞いてくれた! 的な雰囲気がエニシにひしひしと伝わってきた。
さっき、何度も説明するのは飽いたと言っていた人物とは思えない豹変ぶりである。
《最後のスキルは言わば最初から取得しているスキルの類を指す、ある意味条件スキルに近いやも知れぬな》
《あれ? んじゃ、俺の覚えてたスキルって全部それになるんじゃないのか?》
《いや、エニシの場合はまた特殊な部類に入っての。魂蔵というスキルがあったであろう? あれは迷宮で一定の深さ以上を踏破してかつ、無事に願いを叶えた者に与えられるスキルでの。効果は一部スキルの継承と、スキルの喚起率上昇となる。その次の経験喚起は魂の起源が一定上の歴史を持つ者かつ、魂が過去の経験を喚起出来るだけの強度がある場合に所持出来るスキルでな、効果は物事すべての行動に関して、過去経験があればその成長速度を加速させたり、思い出したりするものじゃな。三つ目は妾の祝福によるスキルとなる、他はすべて魂蔵による継承スキルであろう》
一気に蓄積された知識をゆっくり咀嚼していく。
幸い思い出したり記憶する分には困らないし、RPG要素に限りなく近い為、飲み込むのは容易そうである。
その手のゲームをエニシは相当数やり込んでいるのだから。
《んじゃ、この能力とかにあるアルファベットは?》
《それは能力の高さでの、スキルにもあろう? スキルに付いている場合は同じスキルでも、その効力の高さで分けられたりするのだ。因みに増加系は成長するからの、今はランクが低くても後半には相当なものになろう。ランクは基本FEDCBAS更にダブルS、トリプルSの九段で分かれ、そこに更に+と-が付与されることとなっておる。これにはスキルでの加増も含まれるゆえ注意じゃ》
《これくらいであろうかの? 因みに死ぬと転生まで休眠状態に以降するゆえ、油断はせぬことじゃ》
フェルの注意に了解ッと答える。
説明を噛み砕いた結果、つまりはリアルなRPGの世界ってことだろうと認識した。
もしかしたらそれは間違いなのかもしれないし、駄目なのかもしれない。
しかし、どうも危機感が沸かないので仕方がなかった。
取り敢えず買った剣を軽く握り、何度か素振りして手に馴染ませた後。
一番近くに見える魔物であろう点に向かって走り出した。
迷宮探索一日目の始まりである――――
後書き
申し訳御座いません。
期待させておいて? 戦闘や本格的な迷宮探索は次にまわされましたw
今回は説明過多な話だったので、次回は説明より状況描写を増して送りたいと思います。
それでは、感想や評価に誤字脱字、アドバイスを含めて随時お待ちしております!