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転生迷宮  作者: デオキシリボ核酸
5/10

 休憩中誰かが向かってくるような音も聞こえず、十分に体力の回復を図ることができた。

 この静止世界はいつか解けるのか、あるいはずっとこのままなのかは不明だが、少なくともこのまま何もしないより、アクティブに動いた方が脱出の可能性はありそうだと、再度気合を注入した腰を持ち上げる。



「まっ、あの二人が追ってこないのは気になるけど……案じても始まらないしな」



 だからといって道を戻るのは自殺行為。

 二人が居た場所から逆方向に向かって歩き出す。

 一体どれだけの距離が、この不可思議な世界に呑まれてしまったのか。

 少なくとも視界に映る範囲の空は停止している。

 いや、そもそもここは元居た世界なのか?

 アニメやゲームで例えるなら、位相の違う世界だとか、封時結界の中だとか、そんな感じじゃないのだろうかと考える。



 直感に近い感覚であったが、青年の最早馴染みの第六感的超感覚。

 この不可思議な世界に訪れてから、富に鋭くなったソレ。その感覚がこの世界が封時結界に近いものだと囁いていた。

 何故そんなことを? というのは問題ではない。

 この既知感にも似た、同じ事象を知っているような感覚。その感覚が正しいのなら、やはり黙ったままではいけないのだ。

 術者と呼んでいいのかは不明だけれども、この世界を構築した者を打倒するか、あるいはどれだけの距離かは分からないが、張られた結界をその強度以上の出力で破壊するか。

 第三的な選択に術そのものに干渉する、という思考が思い浮かぶ。



 だがしかし、それは無理だろうと直ぐに却下。

 今取れる選択肢は一番の術者をどうにかすること。

 究極的に助けが来ないとも言えないが、絶望的な数字なのは間違いなかった。

 最も人より運動能力が優れている、という点を除いて人となんら変わらない青年に、こんな非常識なことを起こせる人物を探し出し、何とかするのは不可能に近いであろうが……



「ん? 今何か抜けたの……か? て、え? おいおいっ!?」



 この事態をどうにか脱出しようと思考している途中、何かを通り抜けたような。

 例えるなら生ぬるい液体の壁を通り抜ける、そんな感触を一瞬感じた。

 不思議に思ったものの、まぁいいやと、視線を戻せば思わず口から驚愕の言葉が漏れる。

 無理はない、誰が予想できようか?

 直ぐ後ろには元の住宅街の景色が見えているというのに、前を向けば“宇宙”が広がっているなどと……

 空間の広さを無視したような広大さ。煌く星々の光。平衡感覚が麻痺しそうな光景。それなのに足場はそのままなのか、一見何もないように見える足元は硬質な感覚を伝えてくる。 



「はは……はははっ。とうとう頭まで可笑しくなったのか?」



 ――その瞬間、ぞわりと肌を何かが駆け抜けた。

 今まで、常人より多くの事故やトラブルを経験し、多くの人より少しばかりほどだが胆力に優れていると思っていた。

 その自信がその一瞬で粉々に砕かれた、膝がガクリと崩れ落ちる。

 この景色に圧倒された? いいや、本能が感じ取ってしまったからだ。

 居る、間違いなく居る。この先、そう遠くない先にこの世界を構築した“元凶”が、間違いなく居る。

 それなのに、身体が前に進まない。脳は必死に“動け”と指令を下しているのに、魂とも呼べる部分が肉体を無視して既に“折れて”いた。



 こひゅっと、喉が鳴る。そこで今まで呼吸することを忘れていたのだと理解した。

 幸い酸素はあるのか、がむしゃらに呼吸を繰り返し、バクバクと高鳴る心臓を落ち着けるように酸素を取り込む。

 それでも駄目だ……身体中からじっとりとした汗が滲む。

 “何とか”なんて考えることすらおこがましい。およそ生物がどうにかできる“存在”ではない。

 機嫌を損ねただけで、塵芥のように消されてしまう。

 それが呼吸をするくらい当然に“出来てしまう”んだと、知りたくもないことを第六感的感覚が教えてくる。



「ぁ……ぐぅっ……ひぁ…」



 逃げなくては! 逃げなくちゃ! 駄目だ、駄目だ、駄目だ。

 警鐘はもう役に立たない、あまりの脅威に既に痛みなのかそうでないのか青年には理解できない。

 一秒でも早くっ! この場から逃げなくては、“消されてしまう前に”!

 心臓が限界ギリギリまで鼓動し、涙と涎が絶え間なく流れ出る。

 手が無様に宙を掻き、日常を映した境界線に伸ばされるが、伸ばしただけのそれは何度足掻こうと届きはしない。


「ぁっぁあ……ぅぁ」


 必死に、這いずるように動く、それでも遠い。僅か一メートル程度の距離が、まるで世界一つを隔てているような、そんな気すら起こすくらい遠く感じる。

 この感じる重圧感・存在感に比べれば、あの正体不明の二人の方が万倍以上もマシだ。

 じんわりと、侵食するように湧き上がる“感情”。

 知っている。知っている! 知っているッ!!

 この感情。この感覚。人類の敵。すべての感情の終着点ッ!

 誰もが必ず味わう感情。そう、これこそは――――



「本当はな、わらわが来るはずではなかったのだ」


 ――絶望……

 ぎりぎりっと首が後ろに曲がる。見てはいけないと、そう理解しているのに。

 青年は振り返ってしまった。

 その瞬間、青年の心は確かに何か暴力的な力によって染め上げられてしまった。黒の絶望色に……

 喉から絶叫が迸る最中、それでも思う。駄目なんだ、ソレはいけない。


 例え見た目が、十五~十六歳程の少女で、引き摺る程長く艶やかな黒の髪をしていて、少し切れ長の瞳に長い睫毛、世界を呑み込むような黒色の終焉を模したかのような瞳。

 小ぶりな鼻は愛らしく、真紅の唇は妖艶だとしても。

 例えその身が裸体で、雪よりなお真っ白な雪花石膏アラバスターのような肌に、片手で包めそうな小ぶりで柔らかそうな乳房だとか。

 細い肩。こちらに伸ばされた右腕に、細く長い優美な指先とか整えられた爪先だとか、なだらかな曲線を描き引き締まった腰にキュートなおへそ。

 女性らしい丸みを帯びたヒップに、何も生えてない秘めやかな場所、見惚れる程の脚線美。

 豊満ではないが、スレンダーな一種理想の体型。



 まるで神が創りたもうた造形美。

 人を優に超越した美しさ。美しいからこその存在ソレなのか、存在ソレだからこそ美しいのか。

 だが、だが、だがッ! そう、だがッ駄目なんだ!

 これは駄目なんだ、どんなに美しくて、見惚れる容姿をしていても、この人の形をした“絶望”だけは駄目だッ!

 容姿なんか問題じゃない、本能が食いつぶされ、青年が今も喉元から無様な嗚咽を繰り返すように。

 “これは存在するだけで周囲に絶望を撒き散らす”、そういう存在モノなのだ。

 あらゆる絶望が最後に行き着き、結果的に知能を有し、最終的に人の形をとった。

 目の前の少女はそういう存在なのだ。

 


「……弱くなったな」

「な゛に゛……を゛」



 これが普通の出会いなら思わず下半身がそそり立ちそうな、そんな艶やかな溜息を吐きながら目の前の絶望が語りかけてくる。

 弱くなった、とはどういう意味なのか。そもそも、こんな馬鹿げた存在と交友を持った覚えなどない。

 今もじわじわと侵食していく絶望に抗いながらも、疑問を全力で振り絞る。

 ようやく出たのはまるで今際のさいの老人のような声だったが。



「前回のおぬしは妾を前にしてなお、一切の乱れを見せなかったというのに……」

「だがらっ! なに゛を゛いっで!?」



 必死に掠り出した言葉など無視するように少女は続ける。

 しかし、青年には目の前の存在が何を言っているのか理解できない。

 その全てを見透かしたような、漆黒の瞳に何を見ているというのか。

 込み上げるイライラに、絶望一色に染め上げられた心のどこにそんな力が残っていたのか、依然として掠れた声だったけれど。

 それでも先ほどより明瞭な言葉が吐いて出る。

 その声に少女が幾分驚いたような表情を見せた。内心でザマーミロと口汚い言葉が浮かぶ。



「おぬしはやはりおぬしであるのだな……常人が妾を前に理性を保つのは不可能よ。例え保てても、そのように囀ることこそ無理であろうて。妾の今の心境が分かるか?」



 まるで芝居のようだと思った。

 くるりくるり、と片足を浮かせ、くるりくるりと回って踊る絶望の少女。

 その姿、表情はまるで――

 その思考の先に行き着く前に、既に言葉を発する程の力もないので仕方なく視線だけを飛ばしてやる。

 どうやら自分は終わるらしいと、“絶望”してしまった心が判断していた。

 ここまで必死に足掻いていたというのに、あっさりと。その少女の存在を感じた瞬間、硝子よりも容易く砕け散っていった足掻きの心。

 だから、最後くらいその人に扮した絶望の戯言に耳を傾けてやるのも、まぁいいかな。なんて思ってしまった。

 視線に気づいた少女が一瞬嬉しそうに、にっこりと笑う。

 その表情に不覚にも心を揺り動かされそうになり、内心で俺もイカレちまったかと舌打ちする。



「嬉しいのだ。ようやっとだ。一京回目にしてようやく……ながかった……とても長かったのだぞ?」



 そう言ってその白く小さな手を、頬に差し伸べてくる。

 今まさに、死の淵に立たせている者の仕草とは思えない程、その触れ方は慎重で、壊れ物を扱うように丁寧であった。

 一撫でだけした後、そっと腕を引く。離れる一瞬、その指先が未練がましく宙を掻いたのを青年は見た。



「九千九百九十九兆九千九百九十九億九千九百九十九万九千九百九十九回、おぬしと妾が出会ってより前回まで、おぬしが潜った転生の門の回数よ。人以外の生も含めて一京回目の転生体。転生の門の浄化の炎ですら、その経験の全てを焼ききる事が出来なかった程の転生数。今はよい、何も理解できなくてよい……神の妾に時による消滅などないが、それでも長かった。ならば後暫く程の時間を待てぬ道理はない……何の因果か、前回のおぬしの願いは叶えてやれなくなってしもうたが……まさかこの世界樹の誕生一兆年目の祝い。そこで用意された籤で当たった人物に『もれなくチートな人生プレゼント♪』が、おぬしに当たるなど思うておらなんだ……」



 はぁ……と片手を額に当て溜息を吐く自称神様。

 というか既に説明も大分聞き取りにくくなってしまっているのだが。

 確かにその存在感は、神様というカテゴリーに見合うものであった。

 注釈として悪神と付きそうではあるが。

 霞む意識で青年は思う。溜息を吐きたいのは俺だと――



「まぁ、本来ならおぬしは出会った二人に殺されて、目出度くお気に入りのアニメやゲームの世界へと転生。であったのだが、それはいけない。妾が許せない。不老不死なんてなられて、次の機会を逃すなど到底耐えられない。ゆえに、おぬしには残念ながら死んでもらう。今は眠れ。痛みを感じぬように殺してやるゆえ、眠るがよい」



 既に意識半ばだった思考が急速に遠のいていく。

 ――俺は死ぬのか? こんな所で? 理不尽に?

 轟々と、どこから湧き出したのか、燃え盛るような感情が湧き上がる、そう、それは怒りだ。

 魂が叫んでいる。許すなと、そんな理不尽は許容できないと。

 このまま燃え盛れば絶望だって焼き尽くせるかもしれない。

 と思ったが――



「妾の我侭で、妾の勝手で、妾の理不尽で……そなたを殺す。許してくれとは言わぬし、謝りもせぬ。恨みたければ恨んでくれて構わぬ」



 ――あぁ……折角の怒りが、業火のような怒りが和いでいく。

 どうしてか? 仕方ないさ。そう仕方ない。目の前で謝らない、恨めと言っている少女がさ、例えそれが悪しきだろうと善しだろうと。

 泣いてるんだ。綺麗な瞳なのに、美しい顔なのに。それをくちゃくちゃに歪めて。

 ぼろぼろと、口調は傲慢なのに、その瞳からぼろぼろ、ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちるんだ、俺の顔にさ。

 痛い、痛いって、聞こえるんだ。嘘を吐くのは痛いって、誰かの心が泣いてるのが聞こえるんだよ。

 そんな娘相手にさ、誰が怒れるっていうんだ、怒鳴り散らせるって言うんだよ?


 ――ぁぁ……身体が冷えていくみたいだ。

 いしきも、遠く…なってきた……

 泣き虫だなぁ……泣くなよな、そんなに……

 ほら、おれがぬぐってやるって……

 ぁぁ……ちくしょう、手がうごかねぇ。

 まったく、ふがいない腕だよ。

 

《ごめんなさい。ごめんなさい……ごめんなさい……》


 ――ぁぁ、だからなくなよ……

 いもうとになかれてるみたいでいやなんだよ。

 あれ? いもうとなんていたっけおれ……

 まぁ……いっか。

 

《ごめんなさい……ごめんなさい……》


 ――ぁぁ。わるい、もうだめっぽい。

 くやしぃなぁ……ないたおんなのこのなみだすら、ぬぐってやれないなんて……

 ……くやしいなぁ……くやしい……な…ぁ……

 …くや……しぃ……な……ぁ…




 ――意識が途切れる瞬間。

 酷く、懐かしい名前で呼ばれた気がした。







 



   

後書き


更新が少々遅れましたが、その分、文章は多くしてありますのでお許し下さい。


ようやく現世編終了です。

物語上最終的に、主人公は相当強くなります。

今までの展開は、極一般人がそれは無理だろうということで、作者なりに考え用意した伏線や設定となります。


感想や評価、送って下さいますとやる気が増しますので、是非にともお願い致します。


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