壹
この物語の文章は作者の実験的内容が使われています。
主な内容は一人称と三人称の融合。
何言っているんだ? と思われるかもしれませんが、ようは人称は三人称の癖に、地の文は見ようによっちゃ一人称にも見えたり、むしろまんまだったりする内容です。
それって使い分け出来ないだけじゃ……と思われるかもしれませんが、作者の他の作品を見ていただければそれはないだろうと、少なからず御理解頂けるかと思います。
上記の内容を許容出来る寛大な方のみ、どうか御観覧の程をよろしくお願い致します。
世界は平和だ。
戦争なんて現代の日本人からすれば既に過去のもの。
無理せずに、分不相応の夢を抱かなければそれなりの幸せが約束された世界。
何時の時代も己が欲望を満たそうと足掻き、突き進み、まるでイカロスのようにやがては失墜して破滅へと転がり込む。
そんな輩が居るものである。
しかし、そんな望みを歩道を歩いている青年は抱かない。
生まれてこれより数えで二十歳。そこそこの進学校に進み、親の期待にそれなりに応えてそれなりの大学へと進学。
このまま卒業を迎えればそこそこの企業に内定で就職もできるだろう。
部活動も中学時代からそれなりにやってきた。一つに留まらず、色々と経験してはそれなりに楽しんできた。
バスケもバレーも剣道も、テニスも柔道も野球もサッカーも、全部がそれなりに楽しかったものである。
今日も講義は午前で終了したので、本屋に何か新刊でも出ていないかと立ち寄る途中だ。
友人に添加物一杯の、一部動画サイトで爆発的な感染力で教祖様と崇められている、某有名ジャンクなフードでも食べないかと誘われたが、どうも乗り気ではなかったため辞退させてもらった次第。
季節は八月も下旬。徐々に涼しくなっていく季節、なんて妄想と期待は外宇宙を開く外なる神様の門。
その彼方にでも飛んで行ったのか吸い込まれたのか、あるいは秋の神様でもストライキを起こしたのか、今日も舗装された道路はゆらゆらと陽炎が立ち昇り、季節の代名詞とも呼べる奴の声。
寿命の短さの代わりと言わんばかりに大声量で騒ぎ立てるやつ……そう、蝉がミンミンツクツクと喧しくも大合唱。騒がしいことこのうえなしであった。
「……暑い」
思わず口に出してしまう。でも、仕方ないと思うのだ。
九月にも入ろうかという時期に最高気温が三六度なんて、きっと夏の神様は季節を勘違いしているに違いない。
今頃アロハなシャツで、観光旅行と洒落込んでいるのかもしれないが……
いっそもげろと言ってもばちは当たらないだろう。
そこでふと、そもそもその神様とやらは男性なのだろうかという、どうやらこっちまで脳をやられたかもしれない想像が駆け回りはじめる。
「ん?」
ふと、現代の大迷宮『ヒャクマンキュウジンコウトシ』の一角、その中央にある駅前から数分の場所に位置する場所。
欲望渦巻く『ハンカガイ』にある、現代の重要スキルを習得するのに必要な物資を売っている重要拠点、『ブックマーケット』へと向かう道。
その途中の『ハンカガイ』に位置するとある十字交差点、その丁度点滅を繰り返す信号の真ん中に一人の小さな少女が転んでしまったのか、取り残されているのが目に見えた。
周りを暑そうにしながら歩いていく人々が気づく様子は無し、舌打ち一つ。
浮かんだのは“またか”という言葉と、ここから走って何秒かかり、その後離脱が間に合うかどうか。
そこまでで僅か二秒未満。青年の数少ない特技“マルチタスク”技能の恩恵だ。
同時、大学どころか高校、中学。いや、自宅ですら一度も見せた事が無いほどの真剣な表情に切り替える。
足に力を込めてスターティング! 一体どこにそんな力を隠していたのか、オリンピック選手も、ついでにモアイも驚きの速度で少女へと向かっていく。
途中何度か人にぶつかりそうになり、罵声が飛んでくるが、そんなものは右耳から逆耳へと一瞬で素通りだ。
今重要なのはどうやら転び、足を捻ってしまった様子の少女を如何にして救うかの一点のみ!
信号の点滅が終わり、赤に切り替わり、無常にも少女に気づかなかったのか、自家用車のエンジン音。
丁度ボンネットのせいで姿は見えないのかもしれない。
またもや漏れるのは舌打ち一つ、それと僅かな焦燥感、残り距離数メートル、喧しいクラクションの音は無視。
足に全力を込め、飛び込みスライディングの要領で一時的な超加速! 素早く左腕で少女を抱きかかえる。
瞬間、車が動き出すのと同時。右手を地面につき出して飛び込みの力を利用。倒立のように体を持ち上げ、そこから腕の力だけを頼りに体を押し込むッ!
オリンピックの身体選手にすら劣らないしなやかさで体躯が翻り、車道の奥、歩道の目の前の地面に鮮やかに着地。
間違いなく十点満点、拍手喝采、アンビリーバボー!
同時、多くの車が何事もなかったかのように走り抜けていく。
間一髪のタイミングだろう。混乱している少女の優しく微笑みかけ、歩道まで誘導してあげる。
しかし、そこで少女にとっては予想外。
「お、お兄ちゃん!」
そして青年にとっては予想外であはあるが想定内の事が起きる。
「ッッ!!」
上空から何かがブツリと切れる音、慌しくなる喧騒と隣に立つ少女の悲痛な叫び声。
“大丈夫、理解ている”、対処法も知っている。
了承を得る暇も惜しく、歩道で隣に立つ少女を両腕に抱えなおし、両膝をバネに見立て勢いよく踵に力を込めるっ!
瞬間、信じられない程の脚力により生み出された推進力は、間一髪、ワイヤーが切れて落ちてきた鉄骨から少女と青年を救い上げる。
ガラガラと音を立て周囲の建物に被害与える鉄骨の群れ。
騒ぎ立てる群衆などは無視だ。
そこで安心してはいけない。
注意深く意識を研ぎ澄ませる、と……何やら鉄骨とは別の飛来音。
鋭く空気を切り裂く音。
チリッと首筋が痛む、少女を抱えたまま右足を軸にターン。
半歩分素早く移動するのと同時、アスファルトに何かが突き刺さる!
ふぅと息を吐き、何が突き刺さったのかと視線を見やれば、ロープを吊るすための鉤状の物体が、フック船長よろしく突き立っていた。
それを確認してもなお集中力を研ぎ澄ませ……十秒経った後にようやくホッと力を抜き、少女を脇に下ろしてあげる。
「大丈夫か?」
「あ、あの、えっとその……あ、ありがとう!」
危機は去っただろう、首筋がチリチリと焦げ付くようなあの独特の違和感がない。
巷で表すなら“死亡フラグ”と“テンプレート”を見事に叩き折ったからだろう。
「気にするな。それより怪我は?」
「ううん、だいじょうぶ」
「そっか」
なら安心である。外国の血を引いているのか、柔らかな金髪をホッと一息吐いた後に撫でてやる。
手触りは極上、ふんわりと、そして柔らかな感触が何時までも撫でていたくなるような、麻薬のような魅力。
吊り橋効果か、それとも少女にしかわからない感性か。
見ず知らずのはずの青年に撫でられても、少女は動かない、むしろ恍惚とした表情で感受している。
「エリサッ!」
「まま?」
現場に居れば警察やら何やらと公僕が煩いだろうと、その場から離れたあと。
暫く動かずに少女の不安を紛らわすついでに頭を撫で続けていれば、歩道の奥から少女を大人にしたような容姿をした女性がこちらに走ってくるのが見えた。
どうやらエリサと呼ぶらしい少女の母であるらしく、事の顛末をオブラートに包んで話せば、しきりに頭を下げて感謝の雨あられ。
思わず背中がむず痒く成る程だ、それも見目麗しい女性からなのだから、鼻の下もさぞ伸びきっているだろう……と、思いきやそうでもなく。
「どうぞ、顔を上げてください。自分としては当然の事をしただけなんです」
「いいえ! この娘は夫の忘れ形見なんです……それを身体を張ってまで助けてもらったとあれば、謝罪だけではとても……それに、先程はやんわりと仰りましたけど、向こうに散らばっていた鉄骨。あれも関係あったのでは?」
「うん! お兄ちゃんがね、うえからふってくるおおきいのをね、えいって、うさぎさんみたいにぴょんてよけたんだよ! そのあとにね、くるってまわったらじめんになにかささってびっくりしたよ」
「そ、そんなことまで」
顔を青くしたエリサの母親の反応に、思わずあちゃーと内心で溜め息。
本当に気にしていないのだ。そもそも“この程度”の事故なら日常茶飯事、偶々それが自分への矛先ではなく、“事故の起きる現場”に吸い寄せられるが如く向かってしまっただけ。
そして見れば少女が一人ピンチであり、経験則から迅速に行動、助け、そして更に今度は自身に降り注いだ“事故”を回避。
繰り返すが、“日常茶飯事”なのだ。それこそ運が悪いときは毎日のように起こるし、あるいは遭遇する。
信じられないくらいの、嘘のような事件体質、それが妙な星の下に生まれてしまった青年の毎日であった。
その後、結局エリサとその母親の懇願によって家まで同行。
一体何をどこで間違えたのか、少女を助けてみれば生粋のイギリス人だという眉目秀麗な女性と、ハーフであるのだが母親の血が濃いのか、母親を幼くしたような可愛らしい少女。
いや、幼女と称すべき身長のエリサとの二人に囲まれ、連れられやってきたのは高級住宅街にある一軒家。
むしろ屋敷と称しても支障のないそこで、勧められるままに昼食、更にはG.F.O.P物の紅茶までいただき、気づけば日が暮れる時刻。
誰そ彼時である。だれそかれ? と訪ねたのが始まりであり、早朝の彼そ誰時と区別しての呼び名。
誰そ彼の黄昏時。立派なリビングから見える血のように赤い夕日を眺めながら、そんなどうでもいい事を考える。
そこでふと、随分長居してしまった事に気づく。時間に換算すれば最低でも五時間ほど。
しかもこのように助けた人に勧められ、食事や一時を共にすることはあれど、ここまで長く居たの初めてであった。
朴訥な青年と言えど、やはり美人な女性と将来有望な蕾の少女と一緒だったからだろうか?
エリサは無邪気にかまってかまって! とキラキラした瞳で見詰めてくるし、その母親たる女性もそんな娘の様子に終始ご機嫌で、時折勘違いしてしまいそうになる視線もちらほらと。
これは不味いと、寂しそうに引き止める二人を丁寧な礼でしかし、きっぱりと帰りの主旨を伝え、
「何時でもいらっしゃって下さいね」
という女性の台詞を後ろに帰路に着く。
やや後ろ髪引かれる思いではある。しかし、一度首をぶるんと振り雑念を払う。
一度通った道筋だ、帰りに迷うことはないだろうと来た道を思い出しつつ歩き始める。
そこでそう言えばと、本屋に立ち寄るの忘れてたやと、今更ながらに思い出すのであった――――
後書き
三千をそこそこオーバーしておりますが、基本は三千前後でいきます。
迷宮とか書いといてなんですか、もう暫くお待ち下さい。
拙い作品ですが、感想・評価を頂ければ作者が喜び舞い踊るので、どうぞ宜しくお願い致します。