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なぜか最強扱いの俺、何もしてないはずなのに結果だけ残っている 〜俺は普通のつもりなのに、周りの反応だけがおかしい〜

作者: 早野 茂
掲載日:2026/04/12

森の奥で、それは出た。

「……ドラゴンだ」

誰かが呟いた。

空気が一瞬で変わる。

重く、張り詰めて、逃げ場がない。

目の前には、黒い巨体。

地面を押し潰すような足。

ゆっくりとこちらを見下ろす金色の瞳。

——間違いなく、ドラゴンだ。

「おい、下がれ……!」

先輩の声が低く響く。

剣を抜く音。

息を呑む気配。

全員が戦闘態勢に入る。

俺も、一応構える。

……一応。

「来るぞ!」

誰かが叫んだ。

ドラゴンがわずかに身を引く。

次の瞬間には、炎か爪か——どちらにせよ終わりだろう。

まあ、仕方ないか。

そう思って。

口から出たのは。

『……は?』

それだけだった。

意味はない。

本当に、ただの一言。

その瞬間。

ドラゴンが止まった。

「……」

動かない。

さっきまであった圧力が、ほんの少しだけ消える。

ドラゴンの視線が揺れる。

こちらを見ているはずなのに、どこか焦点が合っていない。

何かを探しているような。

そんな動きだった。

「……?」

誰かが戸惑う。

俺も戸惑っている。

何もしていない。

本当に、何も。

「……おい」

先輩が小声で言う。

「今、何て言った」

『いや』

言いかけて、止まる。

なんて言ったっけ。

さっき。

『……分かりません』

「え?」

『なんか、適当に』

そんな感じだったと思う。

でも、思い出そうとすると少し引っかかる。

言葉が、うまく形にならない。

「……」

前を見る。

ドラゴンは、まだ動かない。

じっとこちらを見ている——ようで、やはり少しズレている。

俺の方を見ているはずなのに、微妙に外しているような。

「……」

一歩、動く。

ドラゴンの首が、ほんのわずかに逸れた。

目が合っていない。

そんな感じがした。

「……な」

誰かが声を漏らす。

「……なんで」

分からない。

俺も分からない。

ただ。

そのまま。

ドラゴンはゆっくりと後退した。

一歩。

二歩。

三歩。

そして。

翼を広げる。

風が巻き起こる。

木々が揺れる。

そのまま、空へと飛び去っていった。

「…………」

静寂。

風の音だけが残る。

「……は?」

先輩が言った。

「……今の、何だ」

『……』

分からない。

本当に。

「お前」

先輩がこちらを見る。

「何した」

『何もしてません』

即答する。

事実だ。

「いやでも……」

「見てましたよね!?あの一言で空気変わったのを!」

後ろから声が飛ぶ。

『一言って言われても……』

「“は?”だ!」

そんな強調されても困る。

『……』

少しだけ考える。

でも。

『……覚えてないです』

「は?」

『さっきのことなのに、なんか引っかかって』

「お前な……」

呆れられた。

まあ、仕方ない。

本当に思い出せないんだから。

「……とりあえず」

先輩が息を吐く。

「助かったのは事実だ」

『そうですね』

ドラゴンはいなくなった。

それで十分だろう。

「……戻るぞ」

『はい』

森を抜ける。

さっきの場所から離れる。

少しずつ空気が軽くなる。

「……」

歩きながら、少しだけ考える。

さっきのこと。

ドラゴン。

一言。

変な空気。

でも。

『……まあいいか』

口に出る。

よく分からないし、困ってもいない。

こういうのは、昔からだ。

名前を聞き返されたり、話が噛み合わなかったり。

今さら一つ増えたところで、大した違いはない。

気にする必要もないだろう。

ギルドに戻ると、すぐに騒ぎになった。

「ドラゴンが撤退した!?」

「どうやって!?」

「いや、だから——」

説明しようとして、少しだけ止まる。

何を言えばいいんだろう。

『……なんか』

『……勝手に帰りました』

「は?」

『いや、ほんとに』

「いやいやいやいや!」

信じてもらえない。

まあ、そうだろう。

自分でもよく分からないし。

「……お前」

先輩が口を開く。

「さっき、何て言った?」

『……えっと』

思い出そうとする。

でも。

『……分かりません』

「またかよ!」

怒られた。

でも、本当に出てこない。

「……」

受付嬢が記録を取りながら言う。

「とにかく、ドラゴンは撤退したんですね?」

『はい』

「被害なし?」

『なしです』

「……」

ペンが紙の上を走る。

さらさらと。

普通の音。

普通の記録。

『……』

ほんの一瞬だけ、違和感。

自分の名前を書いたはずのところを、受付嬢が少しだけ迷った気がした。

線を引く前に、ほんのわずかに止まるような。

『……?』

気のせいか。

多分、気のせいだろう。

「記録、完了しました」

『ありがとうございます』

それで終わりだ。

いつも通り。

問題ない。

『……』

でも。

ほんの一瞬だけ。

受付嬢の視線が、少しだけ揺れた気がした。

何かを思い出そうとして、やめたような。

そんな感じ。

『……まあいいか』

口に出る。

分からないものは分からない。

困っていないなら、それでいい。

今のところは。


***


翌日。

ギルドに入った瞬間、空気が少しだけざわついた。

「おい、来たぞ」

「昨日のやつだろ」

「ドラゴンの——」

小声があちこちから聞こえる。

視線が集まる。

でも、どれも長くは続かない。

すぐに逸れる。

『……おはようございます』

とりあえず受付へ向かう。

受付嬢が顔を上げた。

「おはようございます」

いつも通りの笑顔。

……のはずだが、ほんの一瞬だけ、目が揺れた気がした。

「昨日の件ですが」

『はい』

「ドラゴン撤退の報告、正式に受理されています」

『そうですか』

「被害なし。高難度任務相当の功績と判断されました」

『……』

結果だけが、やけにはっきりしている。

「そのため」

受付嬢は書類をめくる。

「ランクの見直しが検討されています」

『え?』

「Sランク相当、もしくはそれに準ずる評価が——」

『いやいや』

思わず手を振る。

『そんなわけないです』

「ですが、ドラゴンを撤退させた事例は極めて稀で——」

そこまで言って、受付嬢の言葉が止まった。

「……」

紙を見る。

もう一度めくる。

視線が少しだけ迷う。

「……あの」

『はい?』

「一点、確認させてください」

『何をですか』

「今回の件ですが」

「…………実際に対応されたのは、どなたでしょうか」

『……?』

一瞬、意味が分からなかった。

『いや、俺ですけど』

「……」

受付嬢がこちらを見る。

じっと。

見ている——ようで、どこか焦点が合っていない。

「……申し訳ありません」

『はい?』

「確認が取れません」

『何がですか』

「対応者です」

『……』

おかしい。

明らかにおかしい。

『いや、先輩も一緒にいましたよね』

振り返る。

ちょうど近くにいる。

『先輩、昨日——』

「ん?」

先輩がこちらを見る。

少しだけ眉をひそめる。

「……ドラゴンの件か?」

『そうです』

「それは覚えてる」

『ですよね』

「……」

先輩がこちらをじっと見る。

ほんの少し、間が空く。

「……あの場に、誰かいたよな」

『いましたよ』

「……」

さらに考える。

頭をかく。

「……いた……っけ?いや、待て。お前、誰だ?」

『……』

空気が止まる。

ほんの一瞬。

「……いや、えっと」

先輩が視線を逸らす。

「ドラゴンは確かにいた」

『はい』

「で、なんかあって、撤退した」

『そうです』

「……でも」

言葉が続かない。

「……思い出せねえ」

『……』

受付嬢も小さく頷いた。

「私も同じです」

『え?』

「報告は、この先輩から受けています」

『はい』

「ドラゴンが撤退したことも、記録に残っています」

『はい』

「ですが」

「……“その場にもう一人いたはずだ”という認識はあるのですが」

『……』

「その方が、どなたなのかが分かりません」

『……』

紙を指でなぞる。

「“複数人で遭遇”という記述はあります」

『はい』

「ですが、確認できるのは先輩だけです」

『……』

「もう一人が、誰なのか分かりません」

『……』

おかしい。

でも。

全員、同じ方向にズレている。

「……」

受付嬢が静かに息を吐く。

「申し訳ありません」

『はい』

「今回の件は、“原因不明の撤退”として処理させていただきます」

『……』

「功績自体は記録に残りますが」

「…………個人への評価として確定することはできません」

『……』

さっきまでの話が、なかったみたいに消えていた。

『……まあ』

『……それならそれでいいです』

「よろしいのですか?」

『はい』

正直なところ。

『面倒そうでしたし』

「……」

受付嬢が、少しだけ困った顔をした。

「——すごかったらしいな」

横から声がする。

知らない冒険者だ。

「昨日のやつ」

『ああ』

それか。

『いや、大したことじゃないです』

「いやいや」

男が笑う。

「みんな言ってるぞ。やばかったって」

『そんなことないです』

「謙遜するなって」

軽い調子。

でも。

『……』

少しだけ聞いてみる。

『どんな感じでした?』

「どんなって?」

『俺、何したことになってるんですか』

「え?」

男が止まる。

「……あれ?」

『どうしました?』

「いや……」

考える。

額に手を当てる。

「……ドラゴンが逃げたんだよな」

『はい』

「それは覚えてる」

『はい』

「でも……」

言葉が続かない。

「……なんで逃げたんだっけ」

『……』

「なんかあったよな?」

『ありましたね』

「……」

さらに考える。

でも。

「……思い出せねえ」

『……』

「でもすごかったんだよ!」

無理やりまとめる。

「とにかくやばかった!」

『そうですか』

雑だ。

でも。

それで納得している。


「見つけた」

背後から声がした。

『はい?』

振り向く。

知らない少女が立っていた。

小柄で、まっすぐな目。

じっとこちらを見ている。

——ぶれない。

「あなたです」

『誰ですか』

「あなたです」

会話が成立していない。

『用件は?』

「弟子にしてください」

『無理です』

即答する。

「まだ何も説明してません!」

「十分です」

「十分じゃないです!」

元気だなあ。

『……』

少しだけ観察する。

他の人と違う。

視線が外れない。

曖昧にならない。

『……珍しいですね』

「何がですか」

『ちゃんと見てます』

「見てますよ?」

即答だった。

迷いがない。

『普通じゃないですか』

「普通じゃないです……いや、その、普通です!」

強い。

でも。

『……』

違う。

これは、明らかに違う。

『……』

少女が一歩近づく。

距離が詰まる。

それでも視線は揺れない。

「……やっぱり」

『はい?』

「欠けてますよね」

『え?』

唐突だった。

『何がですか』

「分かりません」

即答だった。

「でも」

「……“全部じゃない”感じがします」

『……』

さっきまでの会話と、どこかで繋がる。

「他の人」

少女が続ける。

「あなたのこと、ちゃんと認識できてません」

『……』

周りを見る。

確かに。

視線は来る。

でも、すぐに外れる。

留まらない。

「私は見えます」

少女が言う。

「ちゃんと」

一歩近づく。

「ここにいますよね」

『います』

即答する。

いるし。

「よかった」

少しだけ、安心した顔。

『……』

今までと少し違う感じがした。

名前を聞き返されるのは昔からよくある。

人と話が噛み合わないことも、別に珍しくない。

でも。

こうして、ずっとはっきり見られているのは、あまりなかった気がする。

「……そういえば」

「……家族とか、いないんですか」

少女が首をかしげる。

『俺ですか』

「はい」

『いませんよ』

『……昔、村にいたはずなんですけど』

「……」

『気づいたら、誰もいなくなってて』

「……」

少女の表情が変わる。

「……それ、おかしいです」

『そうですか?』

「普通、そんなことは起きません」

『まあ』

肩をすくめる。

『俺もよく分かってないですし』

昔から、そんな感じだ。

曖昧で。

はっきりしない。

「……」

少女がじっとこちらを見る。

何かを考えているようだった。

『……まあいいか』

口に出る。

分からないものは分からない。

困っているわけでもない。

今までもこうやってやってきたし。

「何がですか」

すぐ横から聞かれる。

『いえ』

首を振る。

『なんでもないです』

「……そうですか」

納得していない顔だった。

でも、それ以上は聞いてこない。

『……』

そのまま、並んで歩き出す。

横を見る。

まだいる。

さっきと同じ距離で、同じように。

『……』

だから多分。

問題ないんだと思う。


***


ギルドを出て、しばらく歩いたところで。

「止まってください」

横から声がかかった。

『はい?』

振り向くと、さっきの少女が真剣な顔で立っていた。

「確認させてください」

『何をですか』

「さっきの話です」

『何か分かりました?』

「分かりました」

即答だった。

「だいたい、ですけど」

『すごいですね』

「すごくないです」

強い。

『……まあ、聞きます』

「聞いてください」

頷いた。

「まず」

少女が指を立てる。

「あなたは、認識されています」

『はい』

「見えているし、会話もできる」

『そうですね』

「でも…………それが、続かない」

『……』

「時間が経つと、抜けます」

『そうみたいですね』

「“あなたの部分だけ”」

『……』

「出来事は残ります」

『はい』

「ドラゴンが撤退したことも覚えられている」

『はい』

「でも…………“あなたがやった”という部分だけが消える」

『……』

「結果だけ残る」

『……まあ、そういうことなんでしょうね』

「そういうことです」

『……で、それが何なんですか』

少女の目が少し鋭くなる。

「ドラゴンです」

『はい』

「あれは、あなたを見ていなかったと思われます」

『……』

「正確には、“認識できていません”でした」

『……』

「ですが」

少し声を落とす。

少女の声が、わずかに低くなる。

風が通り抜けて、一瞬だけ木の葉が鳴った。

「ドラゴンは、人間よりはるかに認識能力が高い存在です」

『……』

「気配、魔力、存在の歪み——そういうものを感知して生きています」

『へえ』

「つまり…………“見えていない”こと自体が、ありえない」

『……』

「普通なら、そこに何かいれば必ず認識できる」

『そうなんですか』

「はい」

「それなのに…………あなたは、認識できなかった」

『……』

「なのに…………干渉だけは受けている」

『……?』

「声に反応して、止まって、逃げた」

『そうですね』

「つまり…………あなたは、ドラゴンのような高位の存在に“認識されないまま干渉できる存在”です」

『……』

「何が起きているか分からない」

『……』

「だから…………恐怖した」

『……』

「しかも相手はドラゴンです」

『はい』

「理解できないものに対しては、逃げるのが正しい」

『……なるほど』

少しだけ考える。

でも。

『……嫌ですね、それ』

「嫌です」

即答だった。

「かなり怖いと思います」

『でしょうね』

「そして、もう一つ」

『はい』

「あなたの過去です」

『……』

「村の話」

『ああ』

「覚えていることを教えてください」

『ほとんど覚えてないです』

「……」

『いたはずなんですけど、気づいたら誰もいなくて』

「……」

『家も、そのままで、人だけいなかったです』

「……」

『そのまま出てきました』

少女がゆっくりと頷く。

「それです」

『はい?』

「それが原因です」

『……』

「その村は、“観測から消えています”」

『……』

「存在していたのに、認識されなくなった」

『……』

「記録も残らない」

『……』

「あなたは、その中にいた」

『……』

「でも…………完全には消えなかった」

『……』

「だから…………“半端に残った存在”になった」

『……生きてますけどね』

「そこが問題です」

『そうですか』

「そうです!」

少しだけ静かになる。

『じゃあ、このままだとどうなるんですか』

「消えます」

『え?』

「もっと曖昧になります」

『……』

「最終的には…………“何かがあった”だけが残る」

『……』

「そこに、あなたはいません」

『……』

少しだけ、胸の奥が重くなった気がした。

自分のことを、誰も覚えていない。

そのまま消える。

それは——確かに、少し嫌だと思った。

『……今すぐじゃないですよね』

「今すぐではありません」

『ならいいです』

「…………」

「ですが、確実に進行しています」

『……そうですか』

少しだけ考える。

でも。

『まあ、そのうち何とかなるんじゃないですか』

「なりません」

即答だった。

「これはかなり危険です」

『そうですか』

「そうです」

少し息を整える。

「でも」

『はい』

「例外があります」

『……』

「私です」

『そうですね』

「私は、あなたを認識できます」

『はい』

「時間が経っても消えません」

『……』

「だから…………あなたは完全には消えません」

『……』

「私が覚えている限り」

『……それなら問題ないですね』

「……」

少女が少しだけ目を見開く。

『一人でも覚えてくれるなら、それで十分だと思います』

少女はしばらく黙っていた。

それから、小さく頷く。

「……分かりました」

「じゃあ」

顔を上げる。

「明日、確認します」

『何をですか』

「私が、あなたを覚えているかどうか」

『多分、覚えてますよ』

「分かりません」

即答だった。

『……まあいいか』

口に出る。

いつものやつだ。

分からないものは分からない。

でも。

隣を見る。

少女がいる。

ちゃんといる。

視線もある。

消えない。

『……』

だから多分。

今はそれでいい。


***


翌日。

いつもより少し早く目が覚めた。

理由は、なんとなく分かっている。

昨日、何か話していた。

誰かと。

『……』

天井を見上げる。

内容は、あまりはっきりしない。

でも。

珍しく、完全には消えていなかった。

『……まあいいか』

起き上がる。

考えても仕方ない。

いつものことだ。

ギルドに向かう。

扉を開ける。

中に入る。

「……」

何人かがこちらを見る。

でも、すぐに逸らす。

昨日と同じだ。

『おはようございます』

受付に声をかける。

「……おはようございます。ご用件は?」

『依頼を』

「かしこまりました」

普通だ。

何も問題ない。

『……』

少しだけ考える。

昨日、ここで何かあった気がする。

でも。

『……まあいいか』

やめる。

どうせ大したことじゃない。

「——すみません」

横から声がした。

『はい?』

振り向く。

少女が立っていた。

小柄で、まっすぐな目。

じっとこちらを見ている。

視線が逸れない。

『……』

見覚えがある。

ちゃんとある。

『ああ、昨日の人ですね』

「……はい」

少女の肩から、少しだけ力が抜ける。

「覚えていますか」

『覚えてますよ、さすがに』

「…………」

少女が黙る。

それから、小さく息を吐く。

「……よかった」

『何かありました?』

「……一つ、言っておきます。

私は偶然ここにいるわけではありません。

私たちは“観測者”と呼ばれる一族で、

あなたのような存在を見失わないためにここに来ています」

『そうなんですか』

「はい。

観測から外れた存在は本来なら消えます。

でも、消えてはいけないものもあります。

あなたのように、高位の存在——人では対抗できないものに対して例外になり得る存在です。

だから、消える前に見つけて、消えないようにする。それが私たちの役目です」

『……』

少しだけ考える。

でも。

『……なるほど』

分かったような、分からないような。

『で、弟子なんですか』

「はい。

直接守るより、その方が自然だからです。

あなたの場合は、それが一番合っていました」

少女が少しだけ視線を落とした。

「……正直に言うと」

「……あなたのことが見えたとき、怖かったです。こんなにはっきり見えるのに、他の誰にも見えていない——そのことが」

「だから、ちゃんと確かめたかった。本当にいるのかどうか」

『そうですか』

『……まあ、よく分かりませんけど、いてくれるなら助かります』

「…………」

少女が止まる。

「……それで、いいんですか」

『いいですよ、どうせ他の人は覚えてくれませんし』

「……」

少しだけ沈黙。

「……忘れません。あなたのことは」

『……』

少しだけ、息を吐く。

『……それ、助かります』

そのまま歩き出す。

少女が並ぶ。

同じ距離で。

同じように。

視線が途切れないまま。

『……』

だから多分。

これでいい。

世界が忘れても。

記録が消えても。

たとえ一人でも、覚えてくれるなら。

それで、十分だ。

(完)


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