なぜか最強扱いの俺、何もしてないはずなのに結果だけ残っている 〜俺は普通のつもりなのに、周りの反応だけがおかしい〜
森の奥で、それは出た。
「……ドラゴンだ」
誰かが呟いた。
空気が一瞬で変わる。
重く、張り詰めて、逃げ場がない。
目の前には、黒い巨体。
地面を押し潰すような足。
ゆっくりとこちらを見下ろす金色の瞳。
——間違いなく、ドラゴンだ。
「おい、下がれ……!」
先輩の声が低く響く。
剣を抜く音。
息を呑む気配。
全員が戦闘態勢に入る。
俺も、一応構える。
……一応。
「来るぞ!」
誰かが叫んだ。
ドラゴンがわずかに身を引く。
次の瞬間には、炎か爪か——どちらにせよ終わりだろう。
まあ、仕方ないか。
そう思って。
口から出たのは。
『……は?』
それだけだった。
意味はない。
本当に、ただの一言。
その瞬間。
ドラゴンが止まった。
「……」
動かない。
さっきまであった圧力が、ほんの少しだけ消える。
ドラゴンの視線が揺れる。
こちらを見ているはずなのに、どこか焦点が合っていない。
何かを探しているような。
そんな動きだった。
「……?」
誰かが戸惑う。
俺も戸惑っている。
何もしていない。
本当に、何も。
「……おい」
先輩が小声で言う。
「今、何て言った」
『いや』
言いかけて、止まる。
なんて言ったっけ。
さっき。
『……分かりません』
「え?」
『なんか、適当に』
そんな感じだったと思う。
でも、思い出そうとすると少し引っかかる。
言葉が、うまく形にならない。
「……」
前を見る。
ドラゴンは、まだ動かない。
じっとこちらを見ている——ようで、やはり少しズレている。
俺の方を見ているはずなのに、微妙に外しているような。
「……」
一歩、動く。
ドラゴンの首が、ほんのわずかに逸れた。
目が合っていない。
そんな感じがした。
「……な」
誰かが声を漏らす。
「……なんで」
分からない。
俺も分からない。
ただ。
そのまま。
ドラゴンはゆっくりと後退した。
一歩。
二歩。
三歩。
そして。
翼を広げる。
風が巻き起こる。
木々が揺れる。
そのまま、空へと飛び去っていった。
「…………」
静寂。
風の音だけが残る。
「……は?」
先輩が言った。
「……今の、何だ」
『……』
分からない。
本当に。
「お前」
先輩がこちらを見る。
「何した」
『何もしてません』
即答する。
事実だ。
「いやでも……」
「見てましたよね!?あの一言で空気変わったのを!」
後ろから声が飛ぶ。
『一言って言われても……』
「“は?”だ!」
そんな強調されても困る。
『……』
少しだけ考える。
でも。
『……覚えてないです』
「は?」
『さっきのことなのに、なんか引っかかって』
「お前な……」
呆れられた。
まあ、仕方ない。
本当に思い出せないんだから。
「……とりあえず」
先輩が息を吐く。
「助かったのは事実だ」
『そうですね』
ドラゴンはいなくなった。
それで十分だろう。
「……戻るぞ」
『はい』
森を抜ける。
さっきの場所から離れる。
少しずつ空気が軽くなる。
「……」
歩きながら、少しだけ考える。
さっきのこと。
ドラゴン。
一言。
変な空気。
でも。
『……まあいいか』
口に出る。
よく分からないし、困ってもいない。
こういうのは、昔からだ。
名前を聞き返されたり、話が噛み合わなかったり。
今さら一つ増えたところで、大した違いはない。
気にする必要もないだろう。
ギルドに戻ると、すぐに騒ぎになった。
「ドラゴンが撤退した!?」
「どうやって!?」
「いや、だから——」
説明しようとして、少しだけ止まる。
何を言えばいいんだろう。
『……なんか』
『……勝手に帰りました』
「は?」
『いや、ほんとに』
「いやいやいやいや!」
信じてもらえない。
まあ、そうだろう。
自分でもよく分からないし。
「……お前」
先輩が口を開く。
「さっき、何て言った?」
『……えっと』
思い出そうとする。
でも。
『……分かりません』
「またかよ!」
怒られた。
でも、本当に出てこない。
「……」
受付嬢が記録を取りながら言う。
「とにかく、ドラゴンは撤退したんですね?」
『はい』
「被害なし?」
『なしです』
「……」
ペンが紙の上を走る。
さらさらと。
普通の音。
普通の記録。
『……』
ほんの一瞬だけ、違和感。
自分の名前を書いたはずのところを、受付嬢が少しだけ迷った気がした。
線を引く前に、ほんのわずかに止まるような。
『……?』
気のせいか。
多分、気のせいだろう。
「記録、完了しました」
『ありがとうございます』
それで終わりだ。
いつも通り。
問題ない。
『……』
でも。
ほんの一瞬だけ。
受付嬢の視線が、少しだけ揺れた気がした。
何かを思い出そうとして、やめたような。
そんな感じ。
『……まあいいか』
口に出る。
分からないものは分からない。
困っていないなら、それでいい。
今のところは。
***
翌日。
ギルドに入った瞬間、空気が少しだけざわついた。
「おい、来たぞ」
「昨日のやつだろ」
「ドラゴンの——」
小声があちこちから聞こえる。
視線が集まる。
でも、どれも長くは続かない。
すぐに逸れる。
『……おはようございます』
とりあえず受付へ向かう。
受付嬢が顔を上げた。
「おはようございます」
いつも通りの笑顔。
……のはずだが、ほんの一瞬だけ、目が揺れた気がした。
「昨日の件ですが」
『はい』
「ドラゴン撤退の報告、正式に受理されています」
『そうですか』
「被害なし。高難度任務相当の功績と判断されました」
『……』
結果だけが、やけにはっきりしている。
「そのため」
受付嬢は書類をめくる。
「ランクの見直しが検討されています」
『え?』
「Sランク相当、もしくはそれに準ずる評価が——」
『いやいや』
思わず手を振る。
『そんなわけないです』
「ですが、ドラゴンを撤退させた事例は極めて稀で——」
そこまで言って、受付嬢の言葉が止まった。
「……」
紙を見る。
もう一度めくる。
視線が少しだけ迷う。
「……あの」
『はい?』
「一点、確認させてください」
『何をですか』
「今回の件ですが」
「…………実際に対応されたのは、どなたでしょうか」
『……?』
一瞬、意味が分からなかった。
『いや、俺ですけど』
「……」
受付嬢がこちらを見る。
じっと。
見ている——ようで、どこか焦点が合っていない。
「……申し訳ありません」
『はい?』
「確認が取れません」
『何がですか』
「対応者です」
『……』
おかしい。
明らかにおかしい。
『いや、先輩も一緒にいましたよね』
振り返る。
ちょうど近くにいる。
『先輩、昨日——』
「ん?」
先輩がこちらを見る。
少しだけ眉をひそめる。
「……ドラゴンの件か?」
『そうです』
「それは覚えてる」
『ですよね』
「……」
先輩がこちらをじっと見る。
ほんの少し、間が空く。
「……あの場に、誰かいたよな」
『いましたよ』
「……」
さらに考える。
頭をかく。
「……いた……っけ?いや、待て。お前、誰だ?」
『……』
空気が止まる。
ほんの一瞬。
「……いや、えっと」
先輩が視線を逸らす。
「ドラゴンは確かにいた」
『はい』
「で、なんかあって、撤退した」
『そうです』
「……でも」
言葉が続かない。
「……思い出せねえ」
『……』
受付嬢も小さく頷いた。
「私も同じです」
『え?』
「報告は、この先輩から受けています」
『はい』
「ドラゴンが撤退したことも、記録に残っています」
『はい』
「ですが」
「……“その場にもう一人いたはずだ”という認識はあるのですが」
『……』
「その方が、どなたなのかが分かりません」
『……』
紙を指でなぞる。
「“複数人で遭遇”という記述はあります」
『はい』
「ですが、確認できるのは先輩だけです」
『……』
「もう一人が、誰なのか分かりません」
『……』
おかしい。
でも。
全員、同じ方向にズレている。
「……」
受付嬢が静かに息を吐く。
「申し訳ありません」
『はい』
「今回の件は、“原因不明の撤退”として処理させていただきます」
『……』
「功績自体は記録に残りますが」
「…………個人への評価として確定することはできません」
『……』
さっきまでの話が、なかったみたいに消えていた。
『……まあ』
『……それならそれでいいです』
「よろしいのですか?」
『はい』
正直なところ。
『面倒そうでしたし』
「……」
受付嬢が、少しだけ困った顔をした。
「——すごかったらしいな」
横から声がする。
知らない冒険者だ。
「昨日のやつ」
『ああ』
それか。
『いや、大したことじゃないです』
「いやいや」
男が笑う。
「みんな言ってるぞ。やばかったって」
『そんなことないです』
「謙遜するなって」
軽い調子。
でも。
『……』
少しだけ聞いてみる。
『どんな感じでした?』
「どんなって?」
『俺、何したことになってるんですか』
「え?」
男が止まる。
「……あれ?」
『どうしました?』
「いや……」
考える。
額に手を当てる。
「……ドラゴンが逃げたんだよな」
『はい』
「それは覚えてる」
『はい』
「でも……」
言葉が続かない。
「……なんで逃げたんだっけ」
『……』
「なんかあったよな?」
『ありましたね』
「……」
さらに考える。
でも。
「……思い出せねえ」
『……』
「でもすごかったんだよ!」
無理やりまとめる。
「とにかくやばかった!」
『そうですか』
雑だ。
でも。
それで納得している。
「見つけた」
背後から声がした。
『はい?』
振り向く。
知らない少女が立っていた。
小柄で、まっすぐな目。
じっとこちらを見ている。
——ぶれない。
「あなたです」
『誰ですか』
「あなたです」
会話が成立していない。
『用件は?』
「弟子にしてください」
『無理です』
即答する。
「まだ何も説明してません!」
「十分です」
「十分じゃないです!」
元気だなあ。
『……』
少しだけ観察する。
他の人と違う。
視線が外れない。
曖昧にならない。
『……珍しいですね』
「何がですか」
『ちゃんと見てます』
「見てますよ?」
即答だった。
迷いがない。
『普通じゃないですか』
「普通じゃないです……いや、その、普通です!」
強い。
でも。
『……』
違う。
これは、明らかに違う。
『……』
少女が一歩近づく。
距離が詰まる。
それでも視線は揺れない。
「……やっぱり」
『はい?』
「欠けてますよね」
『え?』
唐突だった。
『何がですか』
「分かりません」
即答だった。
「でも」
「……“全部じゃない”感じがします」
『……』
さっきまでの会話と、どこかで繋がる。
「他の人」
少女が続ける。
「あなたのこと、ちゃんと認識できてません」
『……』
周りを見る。
確かに。
視線は来る。
でも、すぐに外れる。
留まらない。
「私は見えます」
少女が言う。
「ちゃんと」
一歩近づく。
「ここにいますよね」
『います』
即答する。
いるし。
「よかった」
少しだけ、安心した顔。
『……』
今までと少し違う感じがした。
名前を聞き返されるのは昔からよくある。
人と話が噛み合わないことも、別に珍しくない。
でも。
こうして、ずっとはっきり見られているのは、あまりなかった気がする。
「……そういえば」
「……家族とか、いないんですか」
少女が首をかしげる。
『俺ですか』
「はい」
『いませんよ』
『……昔、村にいたはずなんですけど』
「……」
『気づいたら、誰もいなくなってて』
「……」
少女の表情が変わる。
「……それ、おかしいです」
『そうですか?』
「普通、そんなことは起きません」
『まあ』
肩をすくめる。
『俺もよく分かってないですし』
昔から、そんな感じだ。
曖昧で。
はっきりしない。
「……」
少女がじっとこちらを見る。
何かを考えているようだった。
『……まあいいか』
口に出る。
分からないものは分からない。
困っているわけでもない。
今までもこうやってやってきたし。
「何がですか」
すぐ横から聞かれる。
『いえ』
首を振る。
『なんでもないです』
「……そうですか」
納得していない顔だった。
でも、それ以上は聞いてこない。
『……』
そのまま、並んで歩き出す。
横を見る。
まだいる。
さっきと同じ距離で、同じように。
『……』
だから多分。
問題ないんだと思う。
***
ギルドを出て、しばらく歩いたところで。
「止まってください」
横から声がかかった。
『はい?』
振り向くと、さっきの少女が真剣な顔で立っていた。
「確認させてください」
『何をですか』
「さっきの話です」
『何か分かりました?』
「分かりました」
即答だった。
「だいたい、ですけど」
『すごいですね』
「すごくないです」
強い。
『……まあ、聞きます』
「聞いてください」
頷いた。
「まず」
少女が指を立てる。
「あなたは、認識されています」
『はい』
「見えているし、会話もできる」
『そうですね』
「でも…………それが、続かない」
『……』
「時間が経つと、抜けます」
『そうみたいですね』
「“あなたの部分だけ”」
『……』
「出来事は残ります」
『はい』
「ドラゴンが撤退したことも覚えられている」
『はい』
「でも…………“あなたがやった”という部分だけが消える」
『……』
「結果だけ残る」
『……まあ、そういうことなんでしょうね』
「そういうことです」
『……で、それが何なんですか』
少女の目が少し鋭くなる。
「ドラゴンです」
『はい』
「あれは、あなたを見ていなかったと思われます」
『……』
「正確には、“認識できていません”でした」
『……』
「ですが」
少し声を落とす。
少女の声が、わずかに低くなる。
風が通り抜けて、一瞬だけ木の葉が鳴った。
「ドラゴンは、人間よりはるかに認識能力が高い存在です」
『……』
「気配、魔力、存在の歪み——そういうものを感知して生きています」
『へえ』
「つまり…………“見えていない”こと自体が、ありえない」
『……』
「普通なら、そこに何かいれば必ず認識できる」
『そうなんですか』
「はい」
「それなのに…………あなたは、認識できなかった」
『……』
「なのに…………干渉だけは受けている」
『……?』
「声に反応して、止まって、逃げた」
『そうですね』
「つまり…………あなたは、ドラゴンのような高位の存在に“認識されないまま干渉できる存在”です」
『……』
「何が起きているか分からない」
『……』
「だから…………恐怖した」
『……』
「しかも相手はドラゴンです」
『はい』
「理解できないものに対しては、逃げるのが正しい」
『……なるほど』
少しだけ考える。
でも。
『……嫌ですね、それ』
「嫌です」
即答だった。
「かなり怖いと思います」
『でしょうね』
「そして、もう一つ」
『はい』
「あなたの過去です」
『……』
「村の話」
『ああ』
「覚えていることを教えてください」
『ほとんど覚えてないです』
「……」
『いたはずなんですけど、気づいたら誰もいなくて』
「……」
『家も、そのままで、人だけいなかったです』
「……」
『そのまま出てきました』
少女がゆっくりと頷く。
「それです」
『はい?』
「それが原因です」
『……』
「その村は、“観測から消えています”」
『……』
「存在していたのに、認識されなくなった」
『……』
「記録も残らない」
『……』
「あなたは、その中にいた」
『……』
「でも…………完全には消えなかった」
『……』
「だから…………“半端に残った存在”になった」
『……生きてますけどね』
「そこが問題です」
『そうですか』
「そうです!」
少しだけ静かになる。
『じゃあ、このままだとどうなるんですか』
「消えます」
『え?』
「もっと曖昧になります」
『……』
「最終的には…………“何かがあった”だけが残る」
『……』
「そこに、あなたはいません」
『……』
少しだけ、胸の奥が重くなった気がした。
自分のことを、誰も覚えていない。
そのまま消える。
それは——確かに、少し嫌だと思った。
『……今すぐじゃないですよね』
「今すぐではありません」
『ならいいです』
「…………」
「ですが、確実に進行しています」
『……そうですか』
少しだけ考える。
でも。
『まあ、そのうち何とかなるんじゃないですか』
「なりません」
即答だった。
「これはかなり危険です」
『そうですか』
「そうです」
少し息を整える。
「でも」
『はい』
「例外があります」
『……』
「私です」
『そうですね』
「私は、あなたを認識できます」
『はい』
「時間が経っても消えません」
『……』
「だから…………あなたは完全には消えません」
『……』
「私が覚えている限り」
『……それなら問題ないですね』
「……」
少女が少しだけ目を見開く。
『一人でも覚えてくれるなら、それで十分だと思います』
少女はしばらく黙っていた。
それから、小さく頷く。
「……分かりました」
「じゃあ」
顔を上げる。
「明日、確認します」
『何をですか』
「私が、あなたを覚えているかどうか」
『多分、覚えてますよ』
「分かりません」
即答だった。
『……まあいいか』
口に出る。
いつものやつだ。
分からないものは分からない。
でも。
隣を見る。
少女がいる。
ちゃんといる。
視線もある。
消えない。
『……』
だから多分。
今はそれでいい。
***
翌日。
いつもより少し早く目が覚めた。
理由は、なんとなく分かっている。
昨日、何か話していた。
誰かと。
『……』
天井を見上げる。
内容は、あまりはっきりしない。
でも。
珍しく、完全には消えていなかった。
『……まあいいか』
起き上がる。
考えても仕方ない。
いつものことだ。
ギルドに向かう。
扉を開ける。
中に入る。
「……」
何人かがこちらを見る。
でも、すぐに逸らす。
昨日と同じだ。
『おはようございます』
受付に声をかける。
「……おはようございます。ご用件は?」
『依頼を』
「かしこまりました」
普通だ。
何も問題ない。
『……』
少しだけ考える。
昨日、ここで何かあった気がする。
でも。
『……まあいいか』
やめる。
どうせ大したことじゃない。
「——すみません」
横から声がした。
『はい?』
振り向く。
少女が立っていた。
小柄で、まっすぐな目。
じっとこちらを見ている。
視線が逸れない。
『……』
見覚えがある。
ちゃんとある。
『ああ、昨日の人ですね』
「……はい」
少女の肩から、少しだけ力が抜ける。
「覚えていますか」
『覚えてますよ、さすがに』
「…………」
少女が黙る。
それから、小さく息を吐く。
「……よかった」
『何かありました?』
「……一つ、言っておきます。
私は偶然ここにいるわけではありません。
私たちは“観測者”と呼ばれる一族で、
あなたのような存在を見失わないためにここに来ています」
『そうなんですか』
「はい。
観測から外れた存在は本来なら消えます。
でも、消えてはいけないものもあります。
あなたのように、高位の存在——人では対抗できないものに対して例外になり得る存在です。
だから、消える前に見つけて、消えないようにする。それが私たちの役目です」
『……』
少しだけ考える。
でも。
『……なるほど』
分かったような、分からないような。
『で、弟子なんですか』
「はい。
直接守るより、その方が自然だからです。
あなたの場合は、それが一番合っていました」
少女が少しだけ視線を落とした。
「……正直に言うと」
「……あなたのことが見えたとき、怖かったです。こんなにはっきり見えるのに、他の誰にも見えていない——そのことが」
「だから、ちゃんと確かめたかった。本当にいるのかどうか」
『そうですか』
『……まあ、よく分かりませんけど、いてくれるなら助かります』
「…………」
少女が止まる。
「……それで、いいんですか」
『いいですよ、どうせ他の人は覚えてくれませんし』
「……」
少しだけ沈黙。
「……忘れません。あなたのことは」
『……』
少しだけ、息を吐く。
『……それ、助かります』
そのまま歩き出す。
少女が並ぶ。
同じ距離で。
同じように。
視線が途切れないまま。
『……』
だから多分。
これでいい。
世界が忘れても。
記録が消えても。
たとえ一人でも、覚えてくれるなら。
それで、十分だ。
(完)




