タイトル未定2026/03/15 16:15
いつもの作業のように、エリック・テイラーという男からの手紙を開封して、読み終えると引き出しの中へしまった。
離れに住んでいる女性の名前はミーナというらしい。フィリップ領で生まれ育ったが、農業をこなせるほどの体力がなく、薬もまともに買えなかったらしい。
美人な上に体が弱い。それを哀れに思ったカールが、ここに置いて生活させているのだという。美人じゃなかったら、カールは彼女に情けを書けたかしら。こんな性格の悪い事を考えている場合じゃないけれど。
「ビオラ、製糸工場を作らないか?」
働きづめで頭が痛い中、「なぜ?」と聞いた。カールは顔色がよく、肌つやもよく、女の私などより余程よい生活をしているらしい。
「病弱な人でも、そこなら働けると思うんだ」
「駄目よ。今はそんなことできない。穀物の研究がいいところまで来ているの。あともう少しで、以前より品質の高い小麦が作れる。それに工場なら製粉工場がすでにあるわ」
「せめて、障害のある人や病弱な人への支援を手厚くしない?」
このフィリップ領は元々支援が手厚い。教育にもかなりの費用をかけているし、孤児院・教会・病院の経営にも力を貸している。それもこれも、他でお金を稼げているから。父からお金を稼ぐ術を教えられ、余すことなく使ってきた。
人を助けることは大切だ。でも限界がある。領土にいるのは障害や病弱な人間ばかりじゃない。ほとんどが四肢があり、目が見える老若男女。バランスが取れている今から変化させる必要はない。
「すでに支援は十分に手厚くしているの。これ以上手を広げるのはリスクが高い」
「これぐらいで?」
その言葉にいら立つこともなくなった。カールは確かに仕事ができるが、それはマルチタスクにおいての話。経営的な才覚は皆無だ。計算はできても、お金を稼ぐ、お金を使うセンスがない人間はたくさんいる。
今は恋煩いでミーナさんに心を囚われている。きっと今は正常な判断ができなくなっているのだろう。
お昼になると、カールは離れへ直行した。その間、私はサンドイッチを紅茶で流し込みながら、王都へ提出しなければならない書類を仕上げなければならなかった。
過労のせいか、見直しても見直してもミスばかり出てくる。
落ち着かなければならないのは分かっている。しかし年末に向けて仕事はますます忙しくなる。新年を迎える前に片づけなければならない仕事が山積みになっていた。何としてもカールに動いてもらわなければならないのに、すぐにミーナさんのところへ逃げてしまう。
一度あの離れに入られてしまえば、私には近づく手段がない。あの離れの周囲はカールが雇った私兵で固められており、私が立ち入ろうとすれば、締め出されてしまう。
以前、書類を離れへ持ち込んでもらったことがあった。仕事に集中できると思い安心もしたが、翌日確認してみると仕事はほとんど進んでおらず、数枚の書類まで紛失していた。それ以来、仕事を離れへ持ち込まないよう言い渡した。それはやめてくれたものの、根本的な問題は何も解決していない。
もうこうなったら、ミーナさんをせめて遠くの別邸へ移すか、病院へ送るかするしかない。そうでなければ、こちらが先に壊れてしまう。
カールも一応は伯爵家の人間だから、会談や会食がある。私が同席しないこともできなくはない。隙を見計らい、私は離れへ向かった。カールに話が通じないのなら、愛人と直接話をつけてしまえばいい。
もう頭が回らず、それ以外の考えが浮かんでこなかった。
屋敷を出ると、庭で陽の光を浴びているミーナさんを見つけた。白いワンピースをまとい、植えられた花を眺めていた。私兵はいない。近づける。
私とは正反対だ。私は背が高く黒髪で、ミーナさんの方が何倍も美人なことは自分でも分かっている。私が唯一ミーナさんに勝てるのは、生まれた家柄くらいだろう。昔から自分にコンプレックスを抱えていた。人目を引く黒髪に、高すぎる背丈。それがひどく嫌だった。
彼女の背後に近づき、私は深呼吸した。
「ミーナさんでいらっしゃいますか?」
振り向いた彼女は、妹たちのように整った顔立ちをしていた。そして私を見るなり目を丸くして、後ずさった。
「私はあなたを追い出そうとしているわけではありません。危害を加えるつもりもありません。少しだけ、お話をさせていただけませんか」
できるだけ穏やかに話しかけたおかげか、ミーナさんも落ち着いてくれたらしい。
「わ、分かりました」




