告白
「本当は、愛している人がいる」
そう打ち明けられたとき、私はどうしたらいいのかわからなかった。その上愛している人というのは領地にいる平民だという。
結婚したくて私と結婚したわけではないのは分かっていた。でも結婚した以上は夫婦だと思っていた。両親も婚約関係だったために、夫婦というものは時間が経てば勝手に仲が良くなっていくものだと思っていた。でも違っていたと気付いたときには遅かった。
そんな話、聞かずに無視していればよかったという感情もあった。そんな女のために私がすることなんて一つもない。
「私は君を愛せない。だから」
そう言われた日のことはよく覚えていた。私が町へ出かけるよう誘って、二人で屋敷に帰ってきた帰りだったから。気を紛らわせようとしたのがいけなかった。
それからというもの日を追うごとにカールは状態が悪化していき、敷地の開いている空間に小さな離れを作り始めた。私に一つも許可を取らず、ただ黙々と敷地に離れを作り始める。こぢんまりとしていながら、快適に設計されているようだった。
それがその愛人の物だった。だから、たまらなく嫌で離れを作ることをやめるように口を酸っぱくして言ったのだ。けれどもカールは自分がこの屋敷の主人であると権力を振りかざし始めた。確かに爵位があるのはカールだけれども、この屋敷も土地も、半分くらいは私のものだと主張できるはずだ。もともとは私の父の物だ。
私はただの伯爵夫人だけれども、半分以上の仕事は私に回ってきていて、生活ができているのだって、半分は私のおかげなのだ。世間体もあった。それでも愛人のためだからってやりすぎだと思った。相手にもされず伯爵という爵位を盾にして、全く私を相手にしようとしなかった。
私が二十五歳になった時の夏、普通に人が住めるような離れが出来てしまい、そこに見知らぬ女が出入りし始めた。私に挨拶一つせずその女はフィリップ家の敷地の中で生活し始めたのだ。私が抗議しようものなら、一言も返事をせず言葉を交わそうとせず、離れへ入り浸った。
離れに入り浸るようになると、仕事だって放棄するようになり、頭を使わなければならないほとんどすべての仕事が私に回ってきた。
カールが行う仕事と言えば、誰でもできるような簡単な仕事を昼間に行い、眠くなるような会議に出席する程度。表に出るのはいつもカール、それなのに裏でコツコツと仕事をするのは私。
とある日、散々我慢した私は堪忍袋の緒が切れ、夜に離れへ向かおうとするカールを引き留めた。私の睡眠時間は激減し、日に日に顔色は悪くなっていき、食事をとる暇さえ取れなかった。
「カール!貴方正気なの?伯爵としての仕事も放って、あの女との遊びにふけって」
私が幼少期からの仲であるメイド達は私に加勢して、カールににらみをきかせた。屋敷勤めの騎士達も割り込むようなことをせず、ただ横目に眺めているだけ。
そんな空間の中で、カールは私が掴んだ手を振り払い、今までにない威勢で応戦してきた。
「ビオラ、君だって僕のことが好きじゃないだろう。君だって愛人を作ればいい!」
言葉を失い、呆然としばらくカールを見つめていたと思う。そんなことを言いたいわけじゃない。私はあなたなんかを好きなあの女に嫉妬してるわけじゃない。ただ必要最低限の仕事はしてもらわないと困るだけ。
「そんなことを言いたいわけじゃないわ!貴方は貴族で伯爵なのよ。フィリップ領を統治しているの。この家の婿に入ったら、この家のルールにのっとって仕事をしてもらう。愛人と接触するなとは言っていないの。とにかく仕事をしてッて言っているの!」
今まで大声を張り上げるなんてこと、数えるほどしかなかった私は、言い切ると、大きく息を吸って、また声を張り上げようとした。でもカールが子供を諭すような表情を作るものだから、頭に血が上った私は息をのんだ。
「ずっと思っていたけど、あまりにも仕事が多すぎるんじゃないか?まるで国王みたいに仕事をしてるぞ。男だけで回る仕事を、女までやらなきゃいけないなんて。必要以上に仕事をしょい込みすぎてるんだろ。仕事を減らしたらいい」
「全部必要な仕事よ!」
「いや、金を稼ぐために、必要以上に働きすぎてる。また新しく事業を始めたらしいじゃないか。僕には内緒で」
「あのね、確かに金があれば幸せってわけじゃないわ。愛や恋もなければ人生楽しくないからね。でも、金がないと何もできないのよ。あの離れだって何で建ててるの?ウチのお金よ!」
もう睡眠不足と過労で足元がふらつきながら立っていると、離れから一人の女性が顔をのぞかせた。ブロンドヘアに、青い瞳をしていた。枝のように体が細く、小柄である。
「ミーナ。家の中に入っていて、何でもないから」
もうカールを追いかける気にもなれずに、二人に背を向けて、屋敷に向けて歩いた。頭に釘を打ち付けられているかのように酷く痛む。でも残っている仕事がある。
辛いのに、逃げ出せなくて、苦しくて、涙が流れた。




