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第4章『離縁、そして決断』エド視点

馬車が、大きく傾く。

大きく揺れる馬車の窓の外は、もう暗闇しか見えない。

シャロンは僕の腕の中で震えつつ、僕と視線を絡めて、幸せそうに微笑んでくれる。

もう、君を手放すなんてことは絶対にしない。

「愛しているわ。」

「永遠に、共にいるよ。決して、手を離さないよ。」

たとえ、何を失っても。



離縁を知らせる手紙が来てから、1か月。僕は何も手につかず、おかしくなりそうだった。

やっと、叔父から連絡が来た。

「エドモンド、会いに来てくれないか。」

手紙には、そう書かれていた。


僕は、すぐに馬車を手配した。

叔父の屋敷へ向かう道中、不安はありつつも、会える嬉しさで、冷たかった胸がじんわり温かくなる。

シャロンに、会える。彼女は、どうしているだろう。無事だろうか。傷ついていないだろうか。


叔父の屋敷に着くと、執事が応対してくれ、すぐに応接室に通された。

そこには叔父と叔母が、暗い顔で座っていた。

「……エドモンド。」

叔父が、重い口を開いた。

「シャルが、……離縁された。」

僕は頷いた。手紙で知っていたが、叔父夫婦が悲しむ様子を見て、ズキリと心臓が痛んだ。

「子供ができないこと、それが理由だそうだ。」

叔母は、肩を震わせ涙を流していた。

「そんなの、シャルだけの責任ではないわ……。浮気をしていたというじゃない……。」


僕は、心の動揺を隠せず瞬きが増える。震える拳をかたく握りしめた。

シャロンを、そんな風に扱うなんて。

「シャロンは?」

僕は、声を震わせながら怒りを抑えた低い声で聞いた。

「部屋に。」

叔母が答えた。

「……会えますか?」

叔父と叔母は、顔を見合わせた。

「エド、お前……。」

「お願いします。シャルに会わせてください。」

僕は、頭を下げた。


叔母が、涙を流しながら、僕を見つめて言った。

「エド……もう、あの子を傷つけないで。」

その言葉が、胸に刺さった。

僕は頷いた。

僕はもう、シャロンをあきらめない。

手放すことで、二度と傷つけない。


叔母と通いなれたシャロンの部屋を訪ねた。そして、叔母が扉を軽く叩いた。

「シャル、エドが来てくれたわ。」

中から、小さな声が聞こえた。

「……入って。」

叔母が扉を開けると、僕は中に入った。

窓辺に、シャロンが小さくなって座っていた。


——息をのんだ。

なんて痩せているんだ。やつれていた。痩せて、頬がこけて、あの頃の輝きは消えていた。髪も、以前より艶がなく、乾いて見える。

でも、それでも——

彼女は、シャロンだった。


「エド……。」

シャロンが、僕を見た。

その瞳に、涙が浮かんでいた。

「シャル……。」

僕は、彼女のそばに駆け寄った。そして、膝をついて、彼女の手を取った。冷たかった。


「大丈夫か?」

シャロンは、首を横に振った。

「……大丈夫じゃない。」

その言葉に、僕の胸が張り裂けそうになった。


「ごめん、シャロン。僕は——」

「謝らないで」

シャロンは、涙を流しながら微笑んだ。

「エドは、何も悪くない」

「でも……」

「会いに来てくれて、ありがとう」

シャロンは、僕の手を握った。

その手が、震えていた。

僕は、彼女を抱きしめた。頭に髪の上から、キスを繰り返した。


「シャル、何があった?」

僕は、静かに聞いた。

シャロンは、しばらく黙っていた。

そして、ゆっくりと話し始めた。



「……5年間、子供ができなかったの。」

シャロンの声は、呼吸と混じる小さな声だった。

「夫は、最初は優しかった。でも、1年経っても子供ができないと、冷たくなったわ。」

僕は、黙って聞いていた。

「2年目には、夫に愛人ができた。」

シャロンは、震えをごまかすような声をだした。

「美しい未亡人で、身分も高い。そして——。」

シャロンは、ぽろぽろ涙がこぼれ、拭いもしない。

「その人に、子供が二人もいたの。」


僕は、シャルと見つめあったまま、張り裂けそうな気持でいた。

「僕は、君が苦しんでいた時に、何もできなかった。ただ、君がいないことを耐えていただけだ。」

「エド……愛人のところですぐに子供ができたのか、夫は私の部屋にも来なくなった。」

シャロンの声が、途切れる。

「私は、長いこと、もう妻ではなかったの。」

シャロンは、深く息を吸った。

「――そして、離縁を言い渡された。『子供ができないなら、用はない』と言われたわ。」


僕は、立ち上がった。怒りで、体が震えた。

「エド。」

シャロンが、僕の袖を掴んだ。

「もう、いいの!」

「どこがだ!」

僕は叫んだ。

「君を、そんな風に扱うなんて!」

「でも、事実よ。私は、子供を産めなかった。」

シャロンは、力なく笑った。

「それは、君のせいじゃない。」

「でも、結局、こうなった。私は、もう誰の妻でもない。ただの、厄介者ね。」

シャロンは、窓の外を見た。

その言葉に、僕の胸が痛んだ。

「違う」

僕は、シャロンの肩に手を置いた。

「君は、厄介者なんかじゃない」

「エド……」

「僕が——」

言いかけて、僕は口をつぐんだ。シャロンは、僕の沈黙を見て、微笑んだ。


「僕が君を守る。もう子供じゃない……今度は、絶対に手放さない。」

「エド……。」

僕は、シャロンにキスをした。顔を離すと、シャロンは僕と視線を合わすと、驚いて微笑みとともにゆるく瞬く。


僕は、イリーナの夫だ。

でも、覚悟ができた。僕が手に入れたいのは、一生側にいたいのは、間違いなくシャロンだ。

イリーナには悪いが、もうこれ以上は無理だ。


「シャロン、一度、帰るが、すぐに迎えに来る。」

「え?」

「どうしても持ってきたいものだけ、支度をしておいてくれないか。」

「でも、エド、あなた。奥さんは。」

「彼女には悪いが、もう無理だ。君がここにいて、いくら何でも、これ以上は耐えられない。」

「エド。悪い人ね……。」

「あぁ、僕は君を手放したときから、愚かな悪い男だ。もう間違えない。明後日には、必ず迎えに来る。」

「待ってる。」



叔父の屋敷を出た後、僕は馬車の中で考えた。

僕はシャロンを、レーヴェンツ邸に連れて帰る。

そのためには、イリーナと離婚する。

でも、イリーナを路頭に迷わせるつもりはない。

離縁後も屋敷に住むことを許可し、生活の面倒は見る。

それが、僕の責任だ。


イリーナは、良い人だ。彼女を傷つけたくないとは思うが、それは無理そうだ。

僕は、シャロンを選ぶ。それが、僕の答えだ。屋敷に戻ると、すぐに執事を呼んだ。


「いつ、お迎えされるのですか?」

「明後日の夜に行く。」

「承知しました。」

僕は、書斎に戻り、手紙を書いた。

親族の長老たちへ。弟へ。叔父へ。父へ。

離婚の意思を伝える手紙を書いた。


イリーナには、言わなくてはならない。

しかし、だらしない僕は決断が付かなかった。

まず、シャロンを連れ帰ってから。

それから、ちゃんと話す。

離婚のこと。

全てのこと。

逃げていた。


イリーナは、傷つくだろう。

でも——

これが、僕にできる精一杯だ。すまない。


僕は、シャロンを愛している。

それは、変わらない。

心は、ずっとシャロンのものだった。

今更、それを隠すことはできない。


翌日。

僕は、イリーナといつも通り過ごした。

朝食を一緒に食べ、優しい言葉をかけ、微笑み返す。

でも、心は決まっていた。

イリーナは僕の笑顔を見て微笑み返す。その微笑みを見て、僕は罪悪感に襲われた。


ごめん、イリーナ。

君を、騙している。

でも、今は言えない。

シャロンを連れ帰ってから。

それから、全てを話す。



そして、仕事を終えて帰ってきてから、出発しようとしていると雷鳴が遠く響いていた。

執事のハロルドが、天気が怪しいから、予定を変更できないかとしつこく言ってくる。

「いや、シャルと約束したんだ。待っているんだ。」

「しかし、危のうございます。」


「どうかなさったの?」

イリーナの声に、二人は振り返る。


「どこかへお出かけになるの? 雨も降っていますし、もう真っ暗ですわ。」

ハロルドも焦ったように口をはさんでくる。

「奥様も、お止めください。」

「いや、・・・・・・これは、どうしても行かなくてはならないのだ。」


「どんなご用件なのですか?」

イリーナは首をかしげた。


僕は、返事が遅れて弱い声が漏れる。

「いや・・・・・・。」

イリーナは僕の手にしている手紙を見て、よく見ようと、手紙に顔を近づけてきた。

「お手紙ですか?」


「イリーナ!」

僕は出したこともない大きな声を出し、玄関に響いた。イリーナはびくりと肩を揺らす。

「あ・・・・・・すまない。ほんとに、ただの仕事なんだ。」


「いえ、こちらこそ、申し訳ございません。」

イリーナとエドモンドの視線が、ほんの一拍だけ、絡み、エドモンドはそっと横に視線を外した。

「行ってくる。」

「・・・・・・お気を付けください。」

「ああ。」


玄関が開けられると、そのタイミングで、稲光が走り、続いて屋敷が揺れるような雷鳴が落ちた。

雨は勢いよく地面を打っている。外套を身にまとった御者が外で雨に降られている。

外套を羽織ると僕は馬車に乗り込み、すぐに出発させた。


「お気をつけください。」

イリーナは、いつものように微笑んだ。

僕は、頷いた。

「……ああ。」

それが、最後の会話になるとは、僕もイリーナも知らなかった。


馬車が動き出した。僕は、振り返らなかった。シャロンを迎えに行く。そして、彼女と一緒に帰ってくる。

それから、イリーナに全てを話す。僕は、決めたんだ。もう、後戻りはしない。



雨が激しく降る中、僕は叔父の屋敷へ向かった。馬車が止まると、僕はすぐに降りた。雨が容赦なく体を打つ。

執事が驚いた顔で扉を開けた。

「エドモンド様!こんな夜に……」

「シャロンを迎えに来た。」

僕は、外套を脱ぎながら言った。

「少々お待ちください。」

執事は、奥へと消えていった。


しばらくして、叔父が現れた。その顔は、険しかった。

「エドモンド。」

「叔父上。」

「……何をしに来た。」

その声には、怒りが込められていた。

「シャロンを、迎えに来ました。」

僕は、まっすぐに叔父を見た。

「こんな嵐の夜に?」

「はい。」

「馬鹿な。帰れ!」

叔父が、額にしわを寄せながら怒鳴った。

「帰れません。」

僕は、一歩も引かなかった。

「お前は——。」

叔父は、顔を赤くしながら、拳を震わせた。

「お前には、妻がいるだろう。」

「はい。」

「ならば、なぜシャロンを連れて行こうとする。」

叔父の声が、廊下に響いた。使用人たちが一人二人と騒ぎに集まってきた。


「愛しているからです。」

僕は、静かに答えた。

「シャロンを、愛しています。」

「……エドモンド。」

「僕は、幼い時から、ずっとシャロンを愛してきました。でも、従兄妹だからと、引き離された。そして、シャロンはあの男のものになった。」

僕の声が、泣きそうに震えた。

「でも、あの男はシャロンを大切にしなかった。捨てたんだ。」

「それは……。」

「僕は、もう我慢できません。」

僕は、叫んだ。

「今度こそ、シャロンを離しません。」

叔父は、黙って僕を見つめていた。

「……イリーナ様と離縁するという、あの手紙は本気なのか?」

「離縁します。でも、屋敷に住むことは許可します。生活の面倒も見ます。」

「それで、済むと思っているのか?」

「済むとは思っていません。」

僕は、頭を下げた。

「でも、僕はシャロンを選びます。それが、僕の答えです。」

沈黙が、流れた。

雷鳴が、遠くで響いた。

「……エドモンド。」

叔父が、重い口を開いた。

「お前は、本当にそれでいいのか。」

「はい。」

「レーヴェンツ家の名誉を、傷つけることになるぞ。」

「承知しています。」

「親族から、非難されるだろう。」

「覚悟しています。」

「……それでも、シャロンを選ぶのか。」

「はい。」

僕は、顔を上げた。

叔父は、深く息をついた。

そして——

「……分かった。」

その言葉に、僕は目を見開いた。

「叔父上……。」

「シャロンを、連れて行け。」

叔父は、疲れたように言った。

「ただし——。」

叔父は、僕を見つめた。

「二度と、あの子を傷つけるな。」

「……はい。」

僕は、深く頭を下げた。

「絶対に、大切にします。」

叔父は、何も言わず、階段を上がっていった。

しばらくして、シャロンが階段を降りてきた。

小さな荷物を抱えて。

「エド……。」

彼女の目が、潤んでいた。

「待たせた。」

僕は、彼女に手を差し伸べた。

シャロンは、その手を取った。

「行こう。」

「……うん。」

僕たちは、玄関へと向かった。

叔母が、階段の途中で立っていた。

涙を流しながら。

「シャロン……。」

「お母様……。」

シャロンも、涙を流した。

「幸せに、なりなさい。」

叔母の声が、震えた。

「……はい。」

シャロンは、深く頭を下げた。

僕も、一緒に頭を下げた。


そして、僕たちは外へ出た。

雨が、激しく降っている。

雷が、空を切り裂く。

「大丈夫か?」

「エドと一緒なら。」

シャロンは、微笑んだ。

僕は、彼女を抱き寄せた。

そして、馬車へと向かった。


御者が、心配そうに見ている。

「旦那様、この天気では……。」

「構わない。出発してくれ。」

「しかし……。」

「頼む。」

僕は、強く言った。

御者は、頷いた。

僕たちは、馬車に乗り込んだ。

シャロンが、僕の腕にしがみつく。

「怖い?」

「ううん。エドがいるから。」

彼女は、僕を見上げた。

「愛してる。」

その言葉に、僕の胸が熱くなった。

「僕も、愛してる。」

馬車が、動き出した。


雨音が、激しくなっていく。

でも、僕は幸せだった。

やっと、シャロンと一緒になれた。

これから、ずっと一緒だ。

そう、信じていた。



窓から、完全な暗闇が見える。馬が方向を変えたのか、遠心力がかかっている。

「エド。」

シャロンが僕の胸にしがみつく。

「愛しているよ。」

「わたしもよ。」

僕は彼女を強く抱きしめる。


そして今、僕たちを乗せたこの馬車は――永遠へと向かっている。



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