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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

吸血鬼の探し人

作者: 秋津ゆう緋






ハロウィンの夜には、広場でパーティが開かれる。各々が仮装して歌や食事を楽しみ、イタズラとお菓子の応酬を交わして一晩過ごすのだ。

そこに、まことしやかに流れる噂がある。

仮装の一般人たちのなかに「本物」が紛れ込んでいる、と――






「さすがに人が多すぎる」


仮設のテーブルに座り、俺はため息を吐いた。

十年ぶりに帰郷した。

そうして再会した親友に無理やり引っ張って来られたこの祭りだが、久しぶりでこの人の多さを忘れていた。めちゃくちゃ人多い。

これじゃあ、あの人がいても見つけられないよな。

密かな目的も潰えて、俺は落ち込む。よく考えてみれば、皆仮装しているのだ。どの人もかなり本格的で、素顔を見るべくもない。親友のゾンビですら人混みに紛れれば他のゾンビと見分けがつかないのに、十年も会っていない人を見つけようなんて無謀すぎた。


「……食べたら帰ろ」


アップルシナモンパイをつつきながら決意する。もともと人混みは苦手だ。親友が言っていたタピオカかぼちゃラテは飲んでみたかったものの、仕方ない。諦める。


「ここ座ってもいいかな?」


パイを一口放り込んだところで、不意に声をかけられた。テーブルの向かいに、カボチャを被った男がひとり。


「……どうぞ」


もともと皆で譲り合う席だ。嫌もなにもなく頷けば、カボチャ頭はいそいそと腰を下ろす。その手には焼き鳥とタピオカかぼちゃラテ。

カボチャ頭にかぼちゃラテとは。共食いか、と一瞬過った考えに思わず笑ってしまう。目の前のカボチャ頭の肩が強ばった。


「あ、ごめんなさい」


慌てて謝ると、カボチャ頭は鷹揚に手を振った。


「いや、僕、格好浮いているでしょ」

「え、……あぁ」


なんの話かと思えば、俺が彼の格好を笑ったと思ったらしい。

そんなことはない、と言いかけたところで躊躇った。

目と口がくりぬかれたカボチャ頭を被っているところから、ジャック・オー・ランタンの仮装なのだろう。しかし問題はその下だ。着古したパーカーにジーンズというラフすぎる服装。頭がカボチャなのを除けば、どこにでもいる若者の風情である。

せめてマントくらいあってもいいかもしれない。日常感に溢れすぎだ。


「浮いてない……とは、言い切れないかもしれません」

「やっぱり?」


俺の微妙な反応に、彼は照れたようにストローを咥えた。咥えた、というかカボチャの口穴に突っ込んだ。黄色の液体とタピオカがストローを上っていくので、ちゃんと飲めているらしい。


「これくらいでもいいかなと思ったんだけど、意外と皆、仮装に凝ってて……」

「みたいですね」


その気持ちはよくわかる。


「俺も、びっくりしたので」


俺の仮装は吸血鬼だ。青白い顔に口から覗く牙、髪の毛はオールバックにされて赤のカラコンまで入れられた。もちろん服はタキシード。

メイク後に鏡を見たときはたかが祭りでと引きすらしたが、いまは準備してくれた親友に感謝しかない。おかげで浮かずに済んでいる。そう言うと、向かいのカボチャもうんうんと頷いた。


「君はこの祭り、初めて?」

「いや、かなり前に一度。違う街に引っ越したので……十年ぶりですね」

「そうか。僕は初めて来たんだ。ずっとここに住んでいるけど」

「そうなんですか」


なんのおもしろみもない相槌を打ったところで、ちょっと焦る。無愛想だと思われていないだろうか。だが、カボチャ頭はまったく気にしていないらしい。物珍しげに辺りを見回して、ううんと唸っている。


「やっぱり慣れないところにくるものじゃないな。すごく浮いてるし。もう帰ろうかと思ってるんだ」


思わず笑った。


「俺もですよ。疲れたので、これ食べたら帰ります。目当ての人も見つからなかったし」

「目当て?」


しまった。うっかり口が滑った。

でもまあ、いいか。


「はい。ちょっと人探ししてたんです」


祭りに参加した、本当の目的。親友にも言っていないそれは、俺がこの街にいた頃の苦い記憶だ。


「人探し、かい」


不思議そうに首を傾げるカボチャ頭。その拍子に頭がズレて、慌てて押さえている。

頷いて、俺はうつむいた。指を組んで、目を伏せる。


「俺が引っ越す前に、よく遊んでくれた人がいたんです」


言うつもりはなかった。けど、目の前のカボチャ頭には言ってもいいと思った。たぶん、彼が俺の探していた人とちょっと雰囲気が似ているからだと思う。


出会ったのは公園。小学生の俺に対して、あの人は高校生だったと思う。

いつもブランコに乗っているお兄さんに、俺は懐いていた。向こうも俺を可愛がってくれていて、毎日のように公園にふたり入り浸っては、とりとめもないお喋りをした。

いつも飄々としていて、気さくで面倒見がよくて。俺はあの人が……八尋くんが、大好きだった。

しかしそんな日々が終わりを告げた。俺の親の転勤が決まったからだ。遠くへ引っ越さなければならないと知らされたとき、友達や学校のことより、なによりもまず八尋くんに会えなくなると思った。堪らなく悲しくて、ぼろぼろ泣いた。


「でも、引っ越しの直前にひどいこと言っちゃったんです。心にもない、ひどいことを。だから謝りたいんです。……もう、向こうは俺のことなんか忘れてるかもしれませんけど」


そう。俺はひどいことをした。

八尋くんに引っ越しのことを知らせるために公園へ向かう途中。彼らしき人物を見かけて、何気なく後を追いかけた。思えばこれが、すべての間違いだったのだ。

その先で見たものは――八尋くんが、知らない女の人の血を吸っているところ。


「きゅうけつき……」


女の人の肩越しに八尋くんと目が合った。その瞳孔がかっと開いて、赤く光った。

そこからの記憶はひどく曖昧だ。しかし八尋くんへ「大嫌い! もう会わない!」と叫んだことだけは覚えている。馬鹿じゃないのか、俺。

公園にはもう行けなかった。二度と八尋くん会わないまま、俺は引っ越した。

――いまならわかる。

俺は、八尋くんが大好きだった。けれどそれは友達や家族へ向けるものとは違う。八尋くんを独占したい、そんな「好き」だった。初恋だった。


「いまさらですよね」


俺は笑った。カボチャ頭の顔は、見れなかった。

あれから、十年だ。きっと八尋くんはとっくに俺のことなんか忘れている。むしろ忘れていてほしい。馬鹿なガキのことなんて。


彼が吸血鬼だったことは、別になんとも思わなかった。そうじゃないのだ。八尋くんに血を吸われている女の人に嫉妬していた。俺以外の人に触れていることが許せなかった。

でも、俺の血を吸ってほしかっただなんて。いまさらどの面さげて言えるものか。

だから、せめて謝りたかった。この街のハロウィンには、仮装に紛れて「本物」も参加しているという。だから、この日に望みをかけた。


「……ねえ」


いつのまにか手を固く握っていたらしい。それに気づいたのは、手を握られたからだ。カボチャ頭に。

思わず、顔を上げた。


「僕も、人に会うためにここへ来たんだ」

「へ……」


カボチャの目の奥で、笑ったような気配がする。


「僕に懐いてくれてた、年下の子がいたんだ。少し人見知りで、泣き虫で、かぼちゃとリンゴが好きな男の子」

「……」

「僕が裏切ったようなものなんだ。自業自得だけど、会えなくなってずっと後悔してた。でも、さっき仮装して歩いているのを見かけて……つい、追いかけてきてしまった」


それは。

いや、まさか。


「会わないって言われたら、吸血鬼はその通りにするしかない。けどごめんね、どうしても顔を見たくて、話をしたかった。――京」


呼ばれた名前に唇が震えた。だって、俺はこのカボチャ頭に名前を教えていない。

この人は。


「八尋くん……?」

「うん。久しぶり、京」


返ってきた肯定に、堰が切れた。


「八尋くん……!」

「うん」

「八尋くん、八尋くん」

「そうだよ」


俺は笑った。

八尋くんだ。八尋くんが、いた。

視界が滲む。会いたいって。八尋くんが会いたいって言ってくれた。驚きと嬉しさがごちゃ混ぜになって、ぐるぐる巡った末に溢れだす。

今すぐ抱きつきたい。でも昔じゃあるまいし。

だからせめて。俺は手を伸ばした。


「かお見たい。八尋くんのかお、見せて」


ぐすぐす鼻を鳴らしながら、俺はテーブルの向かいへ身を乗り出す。八尋くんは止めなかった。大きなカボチャを持ち上げれば、記憶と変わらない端正な顔があらわになる。

八尋くんだ。


「……泣き虫なの、相変わらずだね」

「泣いて、ない」

「説得力ないな。……こら、顔を拭かない。メイクが剥げる」

「泣いてないっ」

「はいはい」


むっと唇を引き結べば、八尋くんは懐かしそうに笑った。そうしてポケットからティッシュを出す。


「カラコン、外しちゃいな」

「……うん」


言われたとおりに、カラコンを外す。ぱちぱちと瞬きして顔を上げれば、八尋くんと目が合った。手が伸びてきて、俺の頬に触れる。

目元にティッシュが押し当てられた。


「可愛い」

「ん……」


頬を撫で、首筋を辿る指先がくすぐったい。身体を捩って目を開けば、思った以上に顔が近かった。ひぇ。


「京」


名前を呼ばれて、我に返る。


「吸血鬼の仮装だけど……自惚れじゃなければ、僕のことを考えて?」

「う、うん」


なんの仮装をする? と友人に言われたとき、吸血鬼しか考えられなかった。本人に指摘されてこれほど恥ずかしいこともない。

だが八尋くんの表情は明るい。


「そっか。嬉しいな」

「嬉しい?」

「うん。京が僕のことを考えてくれてたのが、すごく嬉しい」


首筋をつつとなぞられる。なぜかぞくりと腰が痺れて声が漏れた。

はぁ、と八尋くんが息を吐く。


「嫌われてなくて、よかった……」

「き、嫌うわけないっ」


むしろ、好きで。好きで好きで堪らないのに。

俺は縋るようにパーカーの袖を掴み返す。気の逸るまま、ろくに吟味もせず言葉を吐き出した。


「嫌うわけない。俺こそ、むしろ嫌われてるんじゃないかって……」


想像して、また声に涙が混じる。八尋くんが笑った。


「僕が京を嫌うわけないだろ。……まぁ、ショックだったし、つらかったけど」

「ごめんなさいぃ……っ」


ぶわりと涙が溢れる。さっき拭ってもらったばかりなのに、次々と涙が溢れていく。


「あーまた泣いて、もう」


ちょっと八尋くんが呆れてる。でも、涙が止まってくれない。渡されたティッシュを目元に押し当て、ずびずび鼻をかんで。だめだ涙腺がばかになってる。

不意に八尋くんが立ち上がった。そのままテーブルを回り込んで俺の隣へと腰を下ろす。一気に近づいた距離にどきどきした。


「京」


手をとられて、引き寄せられる。ぽすんと八尋くんの胸元に収まって、その温もりに緊張するより先に力が抜けた。

懐かしい。昔も、こうして泣くたびに抱きしめてくれたっけ。


「ごめんなさい、本当に、ごめんなさい」

「怒ってないよ。吸血鬼だなんて、軽蔑したって仕方ない」

「そんなんじゃない! お、驚きはしたけど」


すん、と鼻をすする。

あのとき。瞳孔の開いた眸を見て、八尋くんが人外なのだと思い知った。思い知るしかなかった。隠れているけれど、人に非ざるものがこの世界にいるのは知っている。それはいいんだ。

そうじゃなくて。


「俺、八尋くんが女の人の血吸ってるの見て、八尋くんを盗られたみたいで、嫌だった」

「……そっか」

「うん。だから」

「うん」


言えると思っていなかった、本当の理由。正直に告げれば、八尋くんが背をさすってくれる。


「京」


耳元のすぐ近くで名前を呼ばれた。


「会いに来てくれて、ありがとう」

「八尋くんも……見つけてくれて、ありがとう」


ぎゅっと背中を抱きしめ返す。見た目より筋肉質な身体も、匂いも、昔となにひとつ変わらない。ほぅと息を漏らしてすりすり懐くと、八尋くんが困ったように笑う。


「あー、もう。そんな可愛いことばかりしてると、襲うよ? 僕、吸血鬼なのに。警戒ないの?」

「うん」

「……いいの?」

「うん」


いいよ。だって、八尋くんだから。

答えて、顔を上げる。

八尋くんは笑っていなかった。瞳孔が大きくなって、ぎらりと光っている。

吸血鬼の目だ。


「意味、ちゃんとわかってる?」

「? 血、吸うんだよね」

「そうだよ。それ以上のこともするけど」


八尋くんの手が脇から腰へと滑る。くすぐったいところをさすられて、俺は八尋くんに強くしがみついた。

それ以上の、こと。


「京」


名前を呼ばれるだけで、頭がぼうっとする。頬を包まれて、額に口づけられた。周囲できゃあっと悲鳴が上がる。

……そういえば、ここ、人前だ。

思い出すも、いまさら気にしていられない。八尋くんから、目が離せない。


「京、こういうことを言ってるんだ。警戒しないの? 嫌だって、思わないの」


八尋くんの眸が揺れる。好きなんだ、と途方に暮れたような声で告げられた。


「……八尋くん」


俺は頬に添えられた八尋くんの手を取って、その掌に口づけた。八尋くんが息を呑む。それを上目遣いに見つめて、俺は大好きな人の名前を呼んだ。


「俺も、すき」


八尋くんが、くしゃりと顔を歪めた。ありがとう、と口が動いた。


「言質は取ったからね」


早口で言うや否や、八尋くんが俺を抱えたまま立ち上がる。テーブルの上の品々は、振り返るまでの一瞬で消えていた。おそらく八尋くんがなにかしたんだろう。

だって、彼は吸血鬼だから。


「ちゃんとつかまってて」


周囲の歓声の中、八尋くんは駆け出す。

俺は笑って、その首に抱きついた。






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