第33話カチコミ1
総重量150㎏を優に超えたバイクに跨ると、エンジンを掛け空かさず右ハンドルを軽く捻りエンジンを吹かす。
まるでドラムロールのような力強いエンジンの重低音がブルルブルと響く、ライトを点灯させクラッチレバーを強く握り込みむと、連動して右ハンドルを捻り車体を動かす。
スーツや肘当てや脛当て一つ付けていない状態での走行に、思わず玉がヒュンとちじみ上がる。
じわじわとスピードを上げて行くと制服の袖や裾、襟の間から春のまだ少し肌寒い風が吹き抜けていく……
「感じるかこの風を……風の流れも、排気音も感じる。スピードを上げて真新しいこのバイクを全身で味わいたい……」
などと独りで呟きながらバイクを走らせる。
風車型のベルトを巻いていたら変身出来てしまいそうなほど爽快感を全身で感じる。
一番遠い学校は街ハズレにある小学校だった。
バイクを駐車場に止め、街灯が照らす敷地内を独り歩いていく……太陽は既に傾いておりグラウンドには誰ひとり居ない。
校舎に明かりが付いているのは1,2か所だけであり恐らくは職員室と何らかの教室だろう……と推論を立てズカズカと玄関に入っていく……
教員用の下駄箱には、来客用と思われるスリッパが何足も入っている。
一対の来賓用スリッパを少し上からリノリウムの床に落とすと、パタンと渇いた音が廊下に響く。
ズカズカと廊下を闊歩し、職員室を探すために見取り図を見る。やましいことをする訳ではないのだから堂々としていればいい。
「職員室は……二階か……」
見取り図を見ながら指を指し、口に出して確認する。
俺は明かりが灯る職員室の前に立つと引き戸を三回ノックした。
「失礼します」
――――と宣言すると、ガラガラと音を立て引き戸を引き職員室のドアを開ける。
突然の高校生の登場で、教師陣は呆気に取られている。
無理もない。小学生が居ない時間に三回ノックするのは来客ぐらいのもので、職員室内の教師はPTAや保護者を想定していたのに、扉が開いてそこに居たのはまだ尻の青い餓鬼。
それも進学したばかりと一目で分かる。真新しいピカピカの制服に身を包んだ生徒だったのだから……
「何か御用でしょうか?」
声を掛けて来たのは、出入り口から程近い席に座った新人と思われる年若い女性教師だった。
「私、早苗高校一年の高須容保と申します。本日、御校に在籍されている田中教諭はいらっしゃいますでしょうか? 先週依頼した通学路調査の件で、ご連絡が無いのでお伺いしました」
確りとした口調で所属、自分の名前、誰に用があるのか? どのような目的で来訪したのか? を簡潔にまとめ社会人のような挨拶をする。
人は第一印象で判断すると言われており、見た目を変えることは難しくても、口調を気を付けたりすることはいつでもできる、ならば、やらない手はないと俺は考えている。
ざわざわと職員室がざわめく……
さて田中先生は何処かな……反応を見る限り、あの猫背の男性教師が怪しい。
はぁ……と深い溜息を付くと、見るからに偉そうな黒髪交じりの年配教師が、ギョロリと飛び出しそうな大きな目玉が特徴的な教師をよび出した。
「田中先生お客だよ」
年配教師の口調からは、「お前面倒ごと起こしやがって……」と言う副音声がありありと聞こえた。
「はあ……」
パソコンの画面を一瞥すると、心底面倒臭そうに返事をするとギシギシと軋む古びた椅子から立ち上がる。
カメレオンのような面の教師の口調からは、「心当たりないですね……それにしても面倒だ」と言っているようだ。
仮にも社会人なら心の声ぐらい誤魔化そうよ……だから社会に出てない社会人って言われるんだよ! と内心毒づきながら相手が動くの待つ……
「田中先生に用事があるみたいだよ? 先週お願いした何かの返答が来てないって……」
「え、知らないですよ? ただでさえ忙しいのに……」
完全に忘れているか、忘れたフリをしているかだなコレは……
しかし、リカバリーが出来る範囲なら忘れていましたは、有効な言葉だ。無駄に長生きしてる訳ではなさそうだ。
「まあまあ、そう言わずに……折角遠い早苗高校か来てくれたんだから話だけでも聞いてあげなよ。行動力のある高校生とこの僕に免じてね」
――――と人が良さそうな老年教師が爬虫・魚類顔の教師を窘める。
老年教師の口ぞえもあってか、「はぁ」とこっちまで聞こえる大きな溜息を吐くとドアのほうに歩み寄ってくる……
「えっと……」
この和製インマス擬きはあろうことか、つい先ほど名乗ったのにも関わらず俺の名前を忘れているようだった。
若年性の痴呆かな?
「私、早苗高校一年の高須容保と申します。先週、御校近辺の通学路について調査協力の依頼をさせていただいた『佐々木』に代わりまして、本日約束の期日であるのにも関わらず。返答のお電話がありませんでしたので、直接お伺いさせていただきました」
「はあ……そんな約束してたかなぁ?」
すっ呆けやがって、このクソ半魚人がっ!
怒る心を精神力で押さえつける。
面倒くさそうに視線さえ満足にこちらに向けづ、ポリポリと頭をかくその姿に再び腸が煮えくり返るほどの怒りを覚える。ここで怒りに身を任せて暴れ回っても事態の収拾に至ることはない。




