【短編】大正の泥棒娘は悪役陰陽師の(偽)恋人になりました。
あたしは今日もヒーローになる。
窓からの月明り以外、光源は何もない。あたし自身も黒装束を身に纏っているし、自慢の長髪もしっかり編み込んである。
だけど目的の獲物は、たしかに目の前にあった。
豪邸の宝物庫の中でも、特別透明度の高い硝子のケースに入れられた真っ赤な宝石の首飾りは、月光を浴びてより妖艶な光を讃えている。
すんげえ豪商って聞いていたからビビってたけど、あんがい大したことなかったな。
聞いたところによると、これは大財閥当主・三ツ橋ダイキチが、騙し討ちのようなあくどい方法で手に入れた逸品なのだという。
そんなの、盗まれたやつも、この宝石自身も、可哀想だろう?
そこで、あたしの出番だ!
あたしは用意していた布を広げてから、小刀の柄で硝子を割る。この布は音を少しでも消す目的だ。じっちゃんが教えてくれた技を活用して、あたしは今日も静かに赤い宝石を手に入れようとしたときだった。
突如、宝石から炎が膨れ上がり、人の形を形成する。
これは……俗にいう『あやかし』っていうやつだね?
あやかしは、一般的に『妖怪』なんて呼ばれることが多いのだろうか。具体的には少し違う存在なのだとじっちゃんが言っていた。まあ、通常の人間はあまりお目にかからない、薄皮一枚向こう側の存在には違いない。
あたしは、そんな日頃お会いしない相手に「まあまあ」と両掌を向けた。
「悪いようにしないからさ。ちょいと話し合いを――」
だけど炎の化身は、会話する気ゼロで、燃え盛るかぎ爪をあたしに振り下ろしてきて。
とっさに避けるも、炎の化身の雄叫びをあげる。
「ゴオォォォォォッ」
「話せばわかりあえるってばあ!」
あたしの必死の説得もよそに、炎のあやかしはすぐに第二派を放ってきた。
口から吐きだされた火球に、今度こそあたしに逃げ場はなく――
「コソ泥が、命拾いしたな」
鈴の音がした途端、私の前で長い銀髪が尾のようになびいていた。
長身痩躯の袖なしコートを着た洋装の美青年が、掲げた手で火球を握り潰す。そしてすぐに片指で格子を切りながら九つの単語を紡いだ。
「破ッ‼」
掛け声とともに伸ばした指先から、光の陣が放たれる。しかし、炎の化身は醜い金切り声をあげながら天井を突き破り、空へと昇って行ってしまった。
お月様が、きれいだなあ……。
ということで、あたしはそっと踵を返す。
だって、いかに高い志があろうとも、やっていること自体は泥棒行為だ。あたしの憧れの大先輩も、よくよく誤解されたという。なので、あたしも余計な揉め事を起こさないために、この場からの逃亡を試みる。これでも平和主義者なのだ。
それなのに、澄ました顔の銀髪野郎が、あたしの後ろ襟首を掴んできた。
「待て、コソ泥」
「だ……誰がコソ泥だ。聞いて驚けっ!」
だけど、コソ泥呼ばわりは聞き捨てられるかっ!
あたしはやつの手をバッと払い、腰を低く構えてみせる。
そして、声高々に名乗りを上げてやるのだ。
「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。一見ただの十六歳美少女なれど、その正体は天下の大泥棒、石川ゴエモンの末裔――石川ユリエ様とはあたしのことだあっ!」
「聞いたことないな」
しかしこの男、あたしの決め台詞を一蹴するどころか、「いつの時代の口上だよ」と耳をほじる始末。さすがに、あたしも呆気にとられてたじろいでしまう。
「て、天下の大泥棒だぞ? まさか、石川ゴエモンを知らないとは言わないよな……?」
「それは知っている。かつて豊臣秀吉が処刑を命じたという大悪党の名前だな」
「違う! 石川ゴエモンは民衆のヒーローだっ!」
「義賊として人気があったとの話もあるが……もう三百年以上前のことだろう。この大正になっても、模倣する馬鹿がいるとは驚きだな。まぁ、女なら都合もいい」
「えっ?」
いきなり、あたしの髪がほどかれる。
しかも、その男はあたしをぎゅっと抱きしめてきて。
品の良い香の匂いに驚いていたときだった。
外からバタバタと複数人が近づいてくる足音に、あたしの背筋が凍る。
案の定、この屋敷の大旦那こと、三ツ橋ダイキチが駆け込んできたのだから。
でっぷりとした如何にも酒と女が好きそうな金持ちオッサンだ。ふぅふぅと呼吸を苦しそうにしながらも、やたらテカテカしたハンカチーフで額の脂汗を拭いている。
そんなオッサンが入り口で足を止める。
「シキ殿、お怪我はございませんか⁉」
「おかげさまでこの通り」
途端、シキと呼ばれた銀髪野郎は今までと打って変わり、清々しいまでの好青年スマイルを浮かべている。誰だ、こいつ。二面相がすぎるだろうがよぉ。
だけど、こんな変人に付き合っている暇はない。急いで彼から離れようとするも、柔和な表情に打って変わって、あたしを抱きしめる力が強い。
せめてもの抵抗でずっと俯き、存在感を薄くしても……とうとう三ツ橋の大旦那の視線が、あたしに向けられてしまった。
「してシキ殿、その娘は……」
「失礼しました。彼女は俺の恋人です」
その銀髪野郎は、やっぱり爽やかすぎる笑顔で言いのける。
は? あたしが、こいつの恋人だって……?
さすがのあたしも、その暴言は聞き捨てならなかった。
「な、何を言ってるんだ! あたしは――」
「こーら。いくら俺が心配だからって、こんな場所まで来たら危ないだろう。現に、三ツ橋の旦那様にまで心配をかけている」
叱りたいのはこっちだ。あたしの額を指でツーンと突っつくな! しかも三ツ橋の旦那は気づいてなさそうだが……けっこう痛い、痛いぞ!
「ほら、『ごめんなさい』は?」
「はあ?」
さらに、シキという銀髪野郎はニコニコ笑顔のまま、あたしの足まで踏んできやがった。
この暴力男め! 絶対に言うことなんか聞いてやるかと顔を背けると、今度は耳打ちしてきやがった。……とても低い声音で。
「このまま警察に突き出してやってもいいんだぞ?」
……天下の大泥棒、石川ユリエの時代も、もう終わり?
三百年前、捕まった石川ゴエモンは京の河原で釜茹での刑に処されたという。しかも三十人ほどの一族郎党大人も生まれて間もない赤子まで見せしめに極刑にされたのだとか。
ま、かろうじて逃げ延びた生き残りがいたから、今ここにあたしがいるのだろうが。
一時の恥で、釜茹でから逃れられるなら得である。あたしは合理主義者なのだ。
「ご、ごめんなさい……」
すると、三ツ橋の旦那が盛大に笑い出した。
「はっはっは。かの鶴御門家の御当主を心配するとは、ずいぶん愛らしい恋人ですなあ。しかしシキ殿、こんな愛い方がいるなんて話、聞いたことありませんでしたが?」
「ひっそり愛を深めていたのです。ですが、これも家に紹介するいい機会かもしれませんね。このまま連れ帰ることにします」
はああああああああ?
ただでさえ恋人ってなんぞやと思っていたのに、このまま連れ帰るだって?
てやんでえ。このあたしを慰み者にしようなんざ、タダじゃおかねぇぞ!
だけど、ここで暴れるのは悪手だ。実際、シキに腰に手を回され宝物庫から連れ出されると、屋敷の庭中に警官が数えきれないほど配備されていた。
……逃げるにしても、ここを出てからだな。
お巡りからの険しい視線の中でも、シキの野郎は平然とあたしの腰を抱いたまま進む。しかも三ツ橋の旦那との会話も続けたままだ。
「今回あやかしには逃げられてしまいましたが、赤い宝石に傷一つございませんので。また何かありましたらご連絡ください」
「いやあ、しかし予告状を出してきた泥棒が本当にあやかし使いだったとは……面倒な時代になりましたなあ」
「そのために我ら陰陽師がいるのです。これからも鶴御門家をどうぞご贔屓に」
そのときだった。生真面目そうな若い警官が敬礼してくる。
「そちらの娘は我らが保護します」
「いや、俺のいい人なんだ。紛らわしくてすまないね」
なあ、シキさん。
お巡りから「仕事に女を同伴させるなんて」なんて舌打ちされてるけど?
そんなことしている間に、馬車が待機している門に到着してしまう。
「それでは、謝礼はこちらにて」
「お心遣い感謝いたします」
何やらたんまりと金が包まれてそうな小包を受け取っているが……あれを盗んで、ここから逃げ出してやりてえ。
逃げ出そうとも、こうもたくさんの警官に敬礼されている状態じゃ……。
ちくしょー!
泣く泣く馬車の奥に乗せられると、当然シキもあとから乗ってくる。
馬車の扉が閉められた途端、「ふう」と嘆息したシキが詰襟を外した。
「おいお前、俺様の肩を揉め」
「はあああああああ?」
俺様だあ? 肩を揉めだあ?
さっきまでのにこやか好青年はどこに行ったよ、オイ!
しかし、大口開けたあたしの口を、シキが手袋をはめたままの手で塞いでくる。
「変な声を出すな。御者に聞かれたらどうする」
そんな顔を近づけて「シッ」とされても、黙って言うこと聞いてたまるかよ!
あたしが思いっきり手を噛んでやれば、シキは眉をしかめて手を離す。痛みよりもよだれで汚れた手袋が気になるようだが……知ったことか。
「変なことを言い出したのはおまえだ! どうしてこのあたしがおまえの肩を揉んでやらなきゃならないんだっ! しかも、あたしがおまえの婚約者なんてどういうことだよ⁉」
「俺様が命の恩人だからだ」
一言であたしを論破したシキが鼻で笑ってくる。
「しかし、まさか本当にコソ泥がいるとは思わなかった。面倒を増やしやがって。結婚の縁談避けくらいの役に立ってもらっても罰は当たらんだろう?」
「縁談避けって……」
金持ちあるあるな話がでてきたが、だからといってお家騒動的なのに巻き込まれるのは勘弁である。しかも、こいつの話にはさらに謎なこともあるのだ。
「そもそも、あたしゃ予告状なんて送ってないぞ?」
「そりゃそうだろう。送ったのは俺だからな」
「…………はあ?」
わたしが疑問符をあげていると、シキは手袋を付け替え始めた。
予備の手袋を持ち歩いているなんて、こいつ潔癖症か?
たしかにそうと言われても納得してしまいそうな繊細な顔立ちをしているが……話すことは実に神経の図太い内容だ。
「陰陽師も最近財政難だ。最近ウンとあやかしの数も減っているからな。金持ち相手に『オタクにあやかしがいますよ~』といきなり言っても信じてもらえないから、適当にあやかしを使役する泥棒のふりして予告状を捏造するんだ。あやかし云々はともかく、泥棒の被害は最近この帝都でも増えているからな。護衛役として陰陽師も呼ばれて、金になるって戦法だ」
その泥棒被害、もしかしてあたしも絡んでいたりする?
この帝都に来て、まだ半年足らずだが……今日みたく盗みに入った件数は片手で数えきれない程度ある。今日はおかしなことが重なり不運に終わったが、本来ならあたしもけっこう優秀なのだ。
手袋をはめ終えたシキがあたしを見て鼻で笑う。
「あやかしなんて、普通の人は見ることもできん。なんにも出なかったら適当に祓ったってことにしておけばいいし、本当に出たら今日みたく働けばいい……まさか本当にコソ泥とかち合うとは思わなかったが――」
まさか、あたしの名声がこんなやつに悪用されるなんて!
「腹黒! おまえめちゃくちゃ腹黒いぞ⁉」
「はっはー。商才に長けていると言えよ、コソ泥ォ」
詰め寄るあたしをよそに、シキはとてもとても楽しそうに自身の肩に触れる。
「ほら、俺様の天才的な商売能力のおかげで、お前は命も牢屋行きからも逃れられたんだぞ。俺の恋人のフリして、肩の一つや二つ揉んでも罰は当たらんと思うがなァ」
「く、くそぉ~」
あたしはこれでも平等主義者だ。受けた恩義は必ず返す主義である。
なので、嫌々ながらにシキの隣に座り、その肩を揉み始める。
「ほら、もっと感謝の心を指先に込めろ。別にこのまま警察に突き出してやってもいいんだぜ? 巷で噂も聞いたことがない女泥棒さん?」
「ちくしょー!」
そんなこんなしている間に、馬車の揺れが止まる。
「若当主様、着きました」
「ん、ご苦労」
外から声がかかる途端、急にシキは表情を引き締めて。
あっさりと襟を戻したシキは先に馬車を降りていく。そしてまたあの好青年スマイルで、あたしに手を差し出してくるのだ。
「どうかあなたの御手に触れる名誉を」
う、うぜえ~~‼
あたしはその手を思いっきり叩いてやろうとするも……なんでここにも、またこんなに人がいるんだ⁉
今度は警官の制服ではなく、昔ながらの和装の人々だ。もう夜更けの遅い時間だというのに、総勢二十名程度が一斉に頭を下げてくる。
『お帰りなさいませ、ご当主様』
「皆の者、ご苦労」
そんな人たちに、シキは偉そうに労うだけ。
しかも……なんだ、ここ。すんげえ豪邸だな。さっきの三ツ橋の邸宅は最近流行りの外国様式を取り入れた洋館だったが、ここは昔ながらの平屋である。だけど、帝都の中心からあまり離れていないにも関わらず庭が無駄にでかい。敷地内には屋根がいくつ連なっているのだろうか数えきれない。
「おまえ一体何者なんだよ?」
「ハッ、知らずしてついてきたのか?」
小さく嘲笑したシキが、ようやくあたしの手を離した。
そして恭しく、外国人のように仰々しい挨拶をしてくる。
「陰陽師の総本山、鶴御門家当主、鶴御門シキだ――これからどうぞよろしく、俺の恋人殿」
「その汚れた娘からお離れください!」
その直後だった。奥からズカズカといい着物を着た小さいお婆さんが歩いてくる。
あたしはそのお婆さんに無理やりシキから引き剥がされて。
――パシンッ!
いきなり、頬に痛みが走る。どうやらビンタされたらしい。
「シキ様の身体に触れるとは何様のつもりか⁉」
……こいつの目は節穴か?
ずっとあたしに触れていたのはシキのほうだ。
気が付けばあたしも反射的に、お婆さんをぶち返していた。
あたしはなんたって道徳主義者。やられたらやり返す主義なのだ。
「石川ユリエ様ですけど、なにか⁉」
「まあ、なんて言い草!」
そう叫びながら、お婆さんが二発目を打ってこようとする。
だが、遅い! 先手必勝と若い反射神経で一撃を食らわそうとしたときだった。
「俺のために争うのはやめてくれ」
誰かが後ろから羽交い絞め……もとい、抱きしめてくる。
その主は振り向くまでもない。ニコニコ笑顔のシキの野郎だ。
「何をおっしゃいます⁉ 坊ちゃんはアバズレに騙されているのですよ⁉」
「俺の恋人にアバズレとは、たとえおばばの発言とはいえ看過できんな」
この小柄のお婆さんは、シキの乳母みたいな存在なのか?
かなりの名家は、そんな文化が根付いているはずだ。だから実質彼の母親なんだと大目にみても……うん、やっぱりあたしが殴られる謂れはないな。
悪いのは、全部おまえんとこの坊ちゃんだぞ?
「いいですか。シキ様はこの若さながら、我らが鶴御門家の当主なのですよ! 本来なら、おまえのような薄汚い女が近づけるはずもない尊き御方なのです! それなのに……それなのに、どうして……」
なんだか一人で嘆き始めたので、あたしはずっと気になっていたことをシキに確認してみる。
「その鶴御門家って、そんなにすごい家なのか?」
「一応、現代に残る陰陽師界隈では老舗のほうだが……陰陽師って職業自体が廃れつつあるからな。実家が古くてデケェだけの男と思ってもらえれば十分だ」
「坊ちゃん⁉」
当主自らの適当さにおばばもビックリのようだが、当のシキは欠伸を噛み殺しながら歩きだす。
「俺も疲れているから休ませてもらう。皆も早く明日に備えてくれ」
すると、一斉に『おやすみなさいませ』と頭をさげてくる使用人たち。どうやら使用人の教育はかなり行き届いているのは結構だけど……当たり前のようにあたしの腰に手を回すのはやめてもらえないかな?
現に、おばばも小走りで懸命についてくるではないか。
「お待ちください、坊ちゃん! その娘をどこにお連れするおつもりですか⁉」
「離れの部屋を使わせる。誰もそばに近寄せるな。命令だ」
その固い声に、さすがのおばばも足を止めた。
「御意……」
しょんぼりとした様子が、どうにも罪悪感をくすぐられる。
だけど……こちらも出会いがしらに叩かれた手前、情けをかける筋合いもないけれど。
そもそも、全部このシキの野郎が好き勝手すぎるのがいけないんだよな!
離れの部屋ももちろん昔ながらもふすまと畳の一室である。調度品もひと目でわかる高価な代物。あの掛け軸ひとつで一年くらい食べるに困らなそうである。
あたしが部屋に入るやいなや、シキがふすまをバタンと閉める。するとそそくさと水差しから直接口に水を含んだ。うがいしてから痰壺に吐き出す。
何度も、何度も。何度も。
手洗いうがいは万病予防になるという概念を、通りすがりの外国人が訴えていた気がするが……どうも潔癖症というだけとは思えない必死さで。
この奇行の原因として思い浮かぶのは、先のあたしへの口づけ。
……もしかして、あたしが汚ねえとおっしゃるのか?
そっちからしておいて、さすがに失礼にもほどがあるのではなかろうか。
「あたしが汚らわしいとお思いなら、あんなことしなればいいのに」
「お前が、というより、俺様が女アレルギーなんだ。気にするな」
「女アレルギー?」
聞いたことがない言葉に眉間に力が入れば、ようやくうがいを終えたシキがため息を吐く。
「アレルギーとは治療法のない病的体質のことだ。人によっては蕎麦とか動物で倒れることがあるそうだが、俺の場合、女に触れるときはグローブ越しでないと発作が出る」
そんな話、たしか西洋医学の記事で見たことあるようなないような気がするが……そうでなくても、異性に触れただけで発作が起こるとか初耳である。発情するやつらならごまんと見てきたが。
しかしシキの渋い顔を見るからに、どうやら冗談というわけではなさそうだ。
「俺も触りたくてお前に触っているわけではない。だが、ああでもしないとおばばがうるさくて敵わん。俺様も我慢しているんだ。お前も我慢しろ」
「仕方ないとしても、言い方ってものがあるでしょうが!」
あたしが地団駄を踏んでいると、部屋の隅に座り込んだシキがさらに言う。
「それじゃあ、お前が布団を敷け」
「なぜあたしが?」
「俺様こそ、どうしてそんな雑用をしなければならん」
そりゃあ? 昔から坊ちゃんとチヤホヤされてきた若当主様には、荷が重いお仕事かもしれませんが? だけど、おまえがあたしをこう言ったのだ。
「あたし、あなたの恋人ぞ?」
「今すぐ警察に突き出してもらいたいのか?」
残念ながら、あたしはこれでも合理主義者である。
押入れを開ければ、そこには大層分厚い布団が二組入っていた。
さすが金持ち。
予備の布団まで豪華だな、と雑用に勤しみながら……ふと気が付く。
あたしに布団を敷けと言うからには、こいつもこの部屋で寝るということなのだろう。
も、もしかして……本当にあたしを慰み者にしようと……?
義賊として泥棒行為はしようとも、この身体は未だ清きものである。
い、いくら弱みを握られていようとも、魂までは売ってたまるか!
ドキドキしながらも、あたしはチラリとシキを見る。
部屋の隅で胡坐を掻いたやつは、すでにシャツの釦を半分ほど開けていた。細身ながらも胸板はそれなりに厚そうで。隙間に入った銀の髪もまた何とも言えない色香を放っている。よ、よく見れば目の色もかなり薄いようだ。近くで見たら、琥珀のように光ったりするのかな……。
「もしや、布団の敷き方がわからないとは言わないな?」
「そ、そのくらいできらぁ」
くそぉ、あたしは何を考えているんだ⁉
テキパキと、あたしはあっという間に布団を二組敷き終えた。
もちろん、部屋の隅と隅に。
距離を思いっきり放して、無駄にきれいに敷いてやった。
「お、終わりましたけど……」
「ん、ご苦労」
すると、シキは欠伸交じりに一組の布団に入る。
ものの数秒で、すぅすぅとした寝息が聴こえてきた。
あたしはドッとため息を吐く。
乙女の緊張を返しやがれ~~!
ここで逃げてやろうかなと思うけど、なんだか今のでどっと疲れてしまった。
あたしは自分が敷いたもう一組の布団の上に座る。
本当にフカフカの布団だ。毛布もなんだかいい匂いがする。
「ま、とりあえず休んでからにするか……」
あたしはこの屋敷に着いたときのことを思いだした。使用人ですらあんな人数起きていたのだ。チラホラと護衛らしき男たちもいたし、夜間の警備も潤沢だろう。だったら、しっかり体力気力ともに英気を養ってから逃げたほうが得策ってなもんだ。
あたしも身体を横たえると、睡魔はすぐに訪れる。
こんな気持ちのいい布団は、何年振りだろう……。
田舎で貧乏暮らしをしていたある日、じっちゃんが、こっそり教えてくれた。
『実は、ユリエは天下の大泥棒の遠い子孫なんだよ』
じっちゃんの話はとてもおもしろかった。
石川ゴエモンという天下の大泥棒が、いかに多くの人を救ってきたのか。
弱きを助け強きをくじく。
彼なりの美学で、どれだけ多くの人に希望を与えてきたのか。
いつも母親に怒られてばかりで大人しいじっちゃんが、このときばかりは目をキラキラさせて、数多くの英雄譚を毎日聞かせてくれた。
だから、あたしが『石川ゴエモン』に憧れを抱くようになったのも、必然だったと思う。
『あたしもゴエモンみたいなヒーローになれるかな?』
そのときのじっちゃんの嬉しそうな顔を、あたしはずっと覚えている。
『あぁ、きっとなれるさ』
そうして夢を叶えんと上京して、早数か月。
まさか、こんな豪勢な食事にありつける日が来ようとは。
「さぁ、たーんと食うがいい。遠慮するな、愛する婚約者に金を払わせるわけがなかろう?」
「あ……うん……」
あたしの煮え切らない態度に、対面に座るシキが形のいい眉をしかめる。
「どうした、刑務所いく前の最期の晩餐じゃないから、安心しろ?」
「それはありがたいけど……あたし、場違いじゃないか?」
やっぱり性格の悪いシキはさておいて。
ここは、帝都でも一番豪華で煌びやかな洋食レストランだった。値段が高いのはもちろんのこと、予約をとるのも半年待ちなら早いほう。店内では外国人が楽器まで演奏している。ここは、本当に日本なのか?
客としているのは、洋装和装はそれぞれだけど、全員いいものを着た金持ちばかり。
みんなお上品にナイフとフォークを使って、絵画のような料理を小さな口で食べている。店内に飾られている調度品も、すべて極楽から仕入れたのだろうか。特に壁一面を占領している大きな絵画はまさに天女の儚い姿に女のあたしでも胸を打たれてしまう。
対して、あたしは昨日から変わらない黒装束だ。水浴びもしていないから、臭いもそろそろキツイだろう。他の客たちからチラホラ向けられる視線も痛い。
いくら内面主義のあたしだって……さすがに空気は読めるのだ。
さすがにこんな場違いで、呑気に食事を楽しめるほど図太い神経は持ち合わせていない。
なのに、目の前のこの場にぴったりの色男には、そんな乙女心がわからないらしい。
「なぜだ。金は俺が払ってるんだ。俺の金のおかげでおまえもれっきとしたこの店の客だ」
「そういう問題じゃない」
そんなえらそーな屁理屈、聞いたことないから……。
だけど、せっかく金を出してもらっているのに食べないのも失礼な話。意を決しておそるおそる目の前の茶色いソースがかかったハンバーグなるものを食べてみる。
……うん、やっぱり味がさっぱりわかんない。
でも腹に溜まるには違いないとむしゃむしゃ栄養摂取をしていると、対面のシキは頬杖ついてあたしを凝視していた。余計に食べづらいわ。
「な、なんだよ……」
「やはり、多少は改造せねばならんか」
「はあ?」
なにやらブツブツ言いながら、シキは慣れた手つきで食事を進めている。
あたしも何とか完食だけはした。
やっぱり最後まで、味なんてわからなかったけれど。
結局、食事のあとはまた鶴御門家の豪邸に連れて来られて。
やっぱり離れの部屋で二人分の布団を敷くように命じられた。
出迎えに、あのおばばが出てこなかったからね。それなりに謹慎とか命じられたのだろうか。
よりいっそう、使用人たちからの視線が痛い気がするのは気のせいかな?
あたしは布団を敷きながら、うがいを終えたシキに聞いてみる。
「今日は別に接吻とかしてないじゃないか……」
「気分の問題だ。女と二人で食事なんて数年ぶりだからな」
「その見た目じゃ、近づいてくる女はごまんといるんじゃないのか?」
あまり認めたくはないが、あたしの目から見てもシキは美男子である。
女のみならず、なんなら男にまで誘われそうな美貌。
そんな男が、この地獄で一番の醜悪を見たような顔で告げる。
「思い出すだけで、発作が出そうになる」
「さいですか……」
女アレルギーっていうのも、あれかな。
今までモテすぎた弊害で、色々と珍事件があったりしたのかな。
そう考えると、少し同情心が湧いてこないわけでもないけれど。
「それなら、どうして今日は食事に連れていってくれたんだ?」
食事なら、それこそこのお屋敷でいくらでも馳走を用意できそうなものを。
それに、シキはつまらなそうに答えた。
「おばばはしばらく謹慎にしたが、またいつ誰が毒など仕込んでくるかわからんからな」
「おおう……」
「一応、何かあれば毒味をするよう言いつけてあるが……俺様にとって、あれは数少ない信用できる味方だ。極力失いたくはない」
なんだか……大きなお家の御当主ってのも、色々大変そうだな。
あたしはそれより深く尋ねることをせず、昨日よりさっさと布団を敷き終えてみせた。
シキは「おやすみ」すらも言わずに、やっぱりさっさと床につく。
かりそめとはいえ……もうちょっと礼儀はあってもいいんじゃないのか?
そんなことを考えつつも、あたしもフカフカ布団の魔力に逆らえるものでもなし。
翌朝、昨日よりはもう少し早い時間に目覚めるも、やっぱりシキはいなかった。
代わりに、金髪眩しいメイドがバシッとふすまを開けてくる。
「おはようゴザイマス、ユリエさま! さ、キレイキレイしましょう!」
そして、連れていかれた浴場で、あたしは初めて肌を磨かれることになる。
「犬塚マリアと申しマス! オランダとニッポンのハーフです!」
垢すり、いてええええええ⁉
最初は柑橘の香りがするいい湯だと思ったが、その後の垢すりが本当に容赦がない。しかもずーっとニコニコと片言でしゃべり続けているのだから始末におえない。
「しかし、ユリエさまは何日お風呂に入ってなかったんデスか? こんな洗い応えがあるお嬢様は初めてで、マリア、とっても楽しいデス!」
「はいはい、それはよかったですねー」
そのあとは入念に身体にクリームを塗られ、全身に按摩を施される。
……これは、なかなかの極楽では?
ちょっと気分がよくなったあたしもおしゃべりに付き合ってやることにする。
「犬塚さんはここで働いて長いんですか?」
「そうデスねー。十五年くらいデスかねー」
んん? そんな前だと、本当に小さなこどものときからってことにならないか?
あたしが目を開けると、彼女は何の気なしにあたしの足を揉み解していた。
「マリアが十歳のときにシキさまに拾われマシタ。オランダ人の父がニッポンの母とニッポンと結婚したまではよかったんデスけど、流行り病で二人とも亡くなっちゃって」
あっさりそう話しながらも、「マリアのことはマリアとお呼びクダサイ」というから。
あたしが「マリアさん」と呼ぶと、彼女は嬉しそうに笑った。
「マリア、この見た目だから。ただでさえ色々……怪しいお誘い多くて。めちゃくちゃ逃げて、怒られて……もうダメかなーってときにシキさまに拾われたんです」
たしかに、外国人のこどもがあまり良くない取引に使われるって話も聞いたことがある。
そこから使用人として、このお屋敷で楽しそうに働いている彼女を見ると、シキがとってもいいやつに思えるが。おそらく、昨夜シキが言っていた『あれ』というのも、マリアさんのことなのだろう。
……これ、十五年前の話って言ったっけ?
「そのとき、シキのやつは何歳なんだ?」
「四歳か五歳のときかと思いマス。マリアのことを『お人形さんがほしい!』と両親にねだってましたからネ」
それ、なんか色々危なくないか⁉
何がどうとは言わないけれど、そんな幼いころから人を人形扱いするとか……なんか、未来の腹黒な横暴ぶりが垣間見える五歳児とか、末恐ろしいんだが……。
「旦那様は、優しいひとです。過去にあやかしに乗っ取られたマミーに殺されそうになってから、てんでレディが苦手になってしまいましたが……今も、こうしてマリアは使っていただいてマス。マリア、ほかに行き場所がありませんから」
女アレルギーって、そういうこと……。
主人の秘密を、あたしなんかにペラペラしていいのかと思うけど、マリアさんはなぜか嬉しそうに頭を下げるから、あたしは何も言えなかった。
「だから、旦那様が楽しそうにユリエ様と話しているの見れて、マリアとても嬉しいデス。これからも旦那様をどうかよろしくお願いします」
そうこうして、ステキ按摩体験は終わってしまうらしい。
「というわけで、次はキレイなおべべを着ましょうねー」
たとえどんなに可愛くしてもらおうとも、あたしはあたしだ。石川ゴエモンの子孫として正義のヒーローを目指しているとはいえ、泥棒は泥棒。それなりに場は弁えているつもりである。
そう――昨日の高級レストランに、オシャレして再び訪れることになろうとも。
あたしがイイ思いするのは、お門違いなのだ。
「視線が痛いな……」
たとえ二度見されようが、昨日とは意味がまるで違う。
髪もきれいに結われて、淡い色ながらも大ぶりの花柄が艶やかな着物に身を包み、しとしとと歩く姿はまるでご令嬢。
顔には白粉を叩かれ、紅を引かれ。
そんなあたしのために、銀髪の尻尾が目を引く洋装の美男子が椅子を引いてくるのだ。
「馬子にも衣装とは、まさにお前のためにある言葉だな」
「わ、わかってるよ、あたしには似合ってないことくらい」
耳を熱くしながらあたしが椅子に座ると、シキの野郎が小さく笑った。
「じゃじゃ馬も着飾ればまともになるんだ。胸を張れ。この場でお前が一番きれいだ」
「……くそお」
めちゃくちゃ悔しい。勝ち誇った顔をシキがとても恨めしい。
だってこいつ……昨日、あたしが委縮していたから、わざわざおめかしさせてもう一度連れてきたんだろう? こんな予約に半年かかるようなレストランに、連日で。
しかも一見どこぞの王子様のようなやつが、あたしの向かいで微笑んでくるのだ。
「美味いか?」
「……おまえには言いたくない」
だけど、昨日は味もわからなかったご馳走が、今日はたしかにおいしく感じる。
そんなときだった。どこからともなく声が聴こえる。
(……帰りたいわ)
途端、背後からの奇声に、思わずあたしは肩を竦める。
振り返れば、お客の貴婦人がナイフを持って、相席していた紳士に襲いかかろうとしていた。
マリアさん、ごめん!
あたしは心の中で謝罪しながら、着物の裾を広げてナイフを掲げる女性客に抱き付いた。
そのまま床に倒れると、他の客からの悲鳴があがる。
だけどとりあえず、ナイフを奪わないと――と思うけど、異様に力が強いな⁉
振り払われるのは、こちらのほう。
頬が熱いっ、と思ったから、おそらく切られたのだろう。
「どけっ!」
肩が思いっきり引かれたと思いきや、真剣な顔をしたシキが「破ッ」と二本指を女性に突きつける。
(うががががががががががッ)
その苦しそうな声が聴こえたのは、おそらくあたしだけだろう。
「やめろ!」
思わずシキの手を抱き込むと、女性から霧状にぼんやり見える何かが這い出てくる。
あやかしだ。その姿が徐々に現実のものとなり、黒髪が異様に長い女性が手足の関節を逆方向に曲げ、四つん這いになっていた。金の瞳孔でぎょろりと周囲を見渡している。
あたしを背に隠しながら、シキが毒づいてくる。
「なぜ邪魔をした!」
「だって苦しそうだったじゃんか!」
そのあやかしは、キィキィと鳴きながらも、何かを探しているようだった。
ぎょろりとした視線の先には、壁の絵画。大きな月を切なげに見上げる女性が描かれたその絵を見つめては、キィキィと悲しげに泣いていて。
こんなあやかしを、無条件に退治するとか可哀想だろ⁉
ここはレストランの上客が利用する二階部分。お客さんたちは階段になだれ込むように我先にと逃げようとしていた。店員さんたちも怯えた様子は隠さず、必死に避難誘導に勤しんでいる様子である。
シキがあやかしに対して、再び何かを唱えだす。
その間に、あたしはシキを突き飛ばして壁にかけられていた一番大きな絵画を抱えた。
「お前、なにを――」
あたしは躊躇わず、窓から外へと飛び下りる。
ここは二階だ。着地したときに足が痛いが、別に死ぬわけではない。
「ほら、お望みのお月さんだよ!」
グッと堪えて、あたしが絵画を月へと掲げたときだった。
あのあやかしの「キィ」とした鳴き声が聞こえたかと思いきや、絵の中から黒髪の女性が這い出てくる。そして、彼女はそのまま月へと舞い上がっていき。
(ありがとう)
私を見下ろして、ゆるやかに微笑んだかと思いきや、月夜へと溶けていく。
「これは……」
あたしが飛びおりた窓から、シキが呆然とあやかしが消えた空を見上げている。
今までで一番間抜けな色男に、あたしは人差し指を突きつけた。
「ただ迷子になっていた女性に対するエスコートがなってないな、色男?」
「……お前は何者なんだ?」
すると、シキも窓から飛び降りてくる。
こいつも見た目によらず、運動神経も悪くないんだな……と少々がっかりしていると、シキがいつにないくらい険しくあたしを睨んできていた。
だけど、あたしはニカッと笑うのみ。
「あたしは石川ユリエ。天下のヒーロー、石川ゴエモンの末裔さ!」
解せぬ。
あたしはまた正義のヒーローに一歩近づいたというのに、なぜ壁に詰め寄られているのか。
場所が牢屋ではなく、鶴御門邸のいつもの離れだというのがせめてもの救いか。
だけど、至近距離で睨んでくるシキの野郎はけっこう怖い。
「さあ、話せ。内容によっては、お前を警察へ突き出すぞ」
「それなら、あたしだっておまえの詐欺商売について洗いざらい話してやるからな!」
「この絵の弁償、誰がしてやったと思ってるんだ?」
そう掲げてくるのは、レストランにあったあの絵画である。
まあ、絵の中の女性が月に帰ってしまったので、女性が描かれていた部分がもぬけの殻になってしまったのだが。それを、シキが討伐中に破いてしまったからとか言って買取してきてくれたらしい。なんとなく月の影が、浮かれて舞い踊っている女性の影に見えるのはあたしだけだろうか。
だから自然と、あたしの口角も上がっていたと思う。
「だって元から『あやかし』って、人間の強い感情が生み出す不思議存在だろ?」
「化け物は化け物だ。それ以上でもそれ以外でもない」
「芸術品に人の想いが籠るのは当然だし、その込められた想いがあやかしになるのも必然だよ」
「専門家でもないのに、どの口が言ってるんだ?」
どうやら喧嘩を売りたいらしいので、買いましょう。
あたしはこれでも博愛主義者なのだ。
「ちょいと夜だけあやかしの声を聞くことができる女の口ですが?」
「あやかしの声だあ?」
夜だけって時間制限もあるから、またなんとも微妙な特技だったりするけれど。
しかしシキの素っ頓狂な声が面白くて、あたしは鼻を鳴らす。
「おまえ、陰陽師のくせに、あやかしの声が聞こえないのか?」
「化け物の声なんて聞いてどうする」
……そんな低い声を出さなくてもいいじゃないか。
まぁ、お母さんの一件で恨みがあるんだろうが……ここで怯むあたしではない。
「うちの家系、代々そういった特殊能力持ちが生まれるんだと。どうやら石川ゴエモンがあやかしと子供を作っていたらしくって。あたしはその遠い子孫に当たるらしい」
いくら憧れの存在といえど、石川ゴエモンは三百年以上前の存在だ。
しかも、その話を教えてくれたじっちゃんもどんどんボケが進んでいたし……けっこう抜けが多かったのだ。同じ血を引く母親は、話をするだけでも嫌がられたしな。
だけど、シキには十分衝撃を与えられたらしい。
「あやかしだから……大処刑から逃れたと?」
「まあ、そんな感じじゃないのかな。あたしもじっちゃんから聞いただけで、詳しくは知らないんだけど……」
そこで、あたしはふと思いつく。
こいつはあやかし祓いの陰陽師だ。つまり、こいつのそばにいたら、自然と困っているあやかしに遭遇する機会も増えるんじゃないのか? あたしひとりじゃ、たまに声が聞こえてきても、近づくためにそれこそ泥棒行為をしなくちゃならないことも多々あるしな。
「あたしは人間もあやかしも救う正義のヒーローになりたいんだ! だから考えようによっては、おまえのそばにいるのも悪くないのかもしれないな!」
それに、こいつの陰陽師家業も、必ず退治しなくてもいいんだろ?
人間に危害を与えるから退治されちゃうんであって、あやかしをきちんと正しい場所へ導いて被害がなくなるなら、こいつだって御の字のはずだ。人間が被害から免れたのなら、報酬にだって正統性があるしな。
「そうだよ、まさにあたしの目指す人間とあやかしのヒーローになる絶好の環境じゃねーか! しかも堂々と合法的に! あたしも釜茹でにされずに済む!」
「何を勘違いしているか知らんが、陰陽師はそんな楽しいものじゃ――」
「心配すんなよ、ちゃんとおまえが困ったときは、あたしが助けてやるからさ!」
すると、なぜかシキは目をまん丸にするけれど。
あたしは堂々と名乗ってやることにする。
「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。一見ただの不思議な力を持つ美少女なれど、その正体は天下の大泥棒、石川ゴエモンの末裔――石川ユリエ様とはあたしのことだあっ!」
そして、あたしは悪役な陰陽師に対して、手を差し出してみせた。
「そんなあたしが、おまえのヒーローになってやんよ、偽恋人どの!」
「……ただのコソ泥風情が、偉そうに」
シキはやっぱり、グローブを嵌めた手であたしの額を弾くけど。
彼の表情は、今までで一番無邪気に笑っていた。
そうして、大正の泥棒娘は、腹黒な陰陽師の偽恋人になったのである。
案の定、これから様々な問題が起こるのは……まぁ、別のお話ということで。
【大正の泥棒娘は悪役陰陽師の(偽)恋人になりました。 完】
初めて大正ロマンな和風ファンタジーに挑戦してみました!
普段ヨーロッパ風な異世界を楽しんでいる読者の方にも読みやすいように
書いてみたつもりでしたが、いかがでしたでしょうか?
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最後に、この作品が誰かの有意義な暇つぶしになれたことを願って
ゆいレギナ