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日本消滅2024  作者: 青山
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発展途上国への道

「日本は40年後には消えるかもしれない。あるいは30年もしたら大体潰れるだろう。」

1996年 中国の政治家 李鵬の発言


「政治への参加を拒むことへの罰の一つは、自分より劣る者に支配される羽目になることだ。」

古代ギリシャの哲学者 プラトン


 多くの人は、全ての始まりは2022年7月に行われた第26回参院議員選挙からだと言う。

 正確にはもっと早くに、それこそ何十年も前から始まっていたのだが、目に見えて状況が悪化していったのがその時期からだったという事だろう。


 2022年7月に行われた参院議員選挙は、一国会議員選挙とは別の意味を持っていた。

当時の岸本政権は、これに勝って衆参両院で多数派を維持できれば次の衆院議員選挙までの3年間を安定的に運営できるという事で、その気合の入れようは並ではなかった。


 そして、当時の日本は危機的状況と言ってよかった。

 2022年初めごろから始まった円安は130円台の高止まりが続いており、中国初の新型コロナウイルスによるパンデミックとロシアによるウクライナ侵攻によって世界のサプライチェーンはズタズタにされ、人も物も自由に動ける事を前提としたグローバリゼーションは最早機能しなくなり、海外からの輸入が滞って物価の上昇が顕著に表れ始めて家計を直撃していた。

 中流と呼ばれた人々の平均年収は過去何十年間も下がり続け、それに伴う晩婚化と非婚による少子化は益々深刻になりつつあった。

 

 生活の基盤となる電力政策も失敗した。

 地球にやさしいという理由で太陽光発電を推し進め、電気代を安く出来るという理由で電力自由化したものの、実態はソーラーパネルを設置するために木を切り倒す、かえって電気代が上がるなど本末転倒な事態に陥った。


 そんな中で、国の行く末を決める大型国政選挙が行われた。普通なら国民の関心が高くても不思議ではないが、結果は40%代の投票率で与党の圧勝に終わった。


 当時の岸本政権は、SNS上では評判が良いとは言えなかったが、SNSをやらない高齢者層や、政治にあまり関心がない無党派層の受けは悪くなかった。

 大きく目立つ失点らしい失点がないため、野党とマスコミの攻めも暖簾に腕押しと言った感じで精彩を欠いた。


 しかし、失点がないという事は逆に言えば何もやっていないという事に他ならなかった。

 コロナ対策で効果的だったのは、政権発足直後の海外からの渡航禁止くらいだった。これは国民からの受けも良くて支持率は上昇した。

 しかし、肝心のワクチン接種は3回目以降は遅々として進まなかった。一日の感染者数は相変わらず万単位で出ていたものの、死者数は4月以降は100人を下回る日々が続いており、重症者数も減少傾向が続いていたため人々の危機感は緩んでいた。

 ガソリン価格も170円台の高止まりが続き、国民経済は圧迫の一途をたどっていたが、岸本政権がやった事と言えば石油元売り会社への補助金増額くらいで、人々に直接恩恵のある減税には手をつけなかった。はなから検討すらされなかった。


 これでも与党が大勝できた理由は、ひとえに人々の政治への無関心に尽きた。


「誰がやっても変わらない。」

「自分の一票程度では何の影響もない。」


 10代から30代の若者層の大半が、10年近く同じフレーズを言って投票に行っていなかった。

若者層に限らず、無党派層のほとんどが投票に行かなかったため、組織票がしっかりしている与党自民公明の勝利が揺るがなかったのは必然であった。


 こうして、次の大型選挙たる2025年の衆院議員選挙までの黄金の3年間を手にした岸本政権が最初にやったことは何か。

 消費税の増税であった。

 理由はプライマリーバランスの黒字化を2026年に達成するため。何より、コロナ対策で嵩んだ出費を取り戻し、財政規律を保たなければ日本経済は破綻すると言う名目だった。

 当然、SNS上では猛バッシングが起こったが、選挙で勝ったという純然たる事実がある以上止めようがなかった。

 選挙が終わって僅か3か月後の10月には2023年1月1日に消費税を一律19%に上げる事が閣議決定され、国会でも賛成多数で承認された。


 さらにこの時、岸本政権は何十年も停滞下降している所得を上げるために一つの政策をうった。

 それが、「資産所得倍増プラン」。家計がため込んでいるであろう金融資産2000兆円を投資に回してもらい、株の値上がり益や配当金といった形で所得を上げようという岸本政権が掲げる新しい資本主義の目玉政策であった。

 後にこれがとてつもない事態を引き起こすのだが、その時の総理と政権幹部はそれが日本復活の狼煙になると信じて疑わなかった。




 消費税増税の効果は直ぐに表れた。

 物の値段が2割近く上がったのである。当然のように人々の財布の紐は固くなり、物はますます売れなくなった。翌2023年における国内消費の落ち込みは過去最大となる。

 後世において、この増税はただでさえ痛めつけられていた内需を完全に回復不能に陥れたと酷評された。


 それでは国外からの流入はどうだったか? 

 コロナパンデミック前の日本は観光に力を入れており、ウィズコロナが見えてきた当時もそれを期待して全ての制限を解除。外国人観光客の誘致を図った。

 円安が続いていたこと、2022年に行われた日本交通公社(JTBF)の調査で「コロナ後に訪れたい国」の人気No1となっていたこともあり、政府と経済界の外国人観光客への期待は並ならぬものがあった。


 結論から言うと来なかった。正確に言うと来られなかった。

 欧州はロシアによるウクライナ侵攻問題で手一杯だった。ロシアが欧州向けガスを止めたこともあり、燃料と物価の高騰で国民生活は破綻寸前。外国に旅行に行く余裕など失われていた。

 中南米や東南アジア諸国も戦争の影響を受けて経済が混乱。暴動が日常茶飯事となり、国外旅行など一部を除いて不可能になっていた。


 一番期待が高かった中国もそれどころではなかった。

 2022年秋の党大会で異例の3期目に入った周金平国家主席だったが、国内はゼロコロナ政策を強行したことにより混乱が生じていた。

 度々行われる都市部でのロックダウンは否応なく人々の不満を高め、大規模なデモが頻発。無論、経済への打撃も深刻だった。

 経済成長率は3%台に落ち込み、倒産が相次いでまともに収入を得られない人が続出する。

 そんな状況で、日本に来られる人はそう多くはなかった。最盛期の2019年度には959万人と1000万人を超える勢いだった中国人観光客は、2023年度は三分の一に以下の300万人程度と低迷した。

 訪日外国人全体でみても、2019年度の3188万人の十分の一、320万人程度とおおよそ政府と経済界が期待した数値には程遠かった。


「行きたいと行けるは違う。生活がこんな状況なのに、日本に旅行なんていけないよ。」


 日本のTV局のインタビューに答えた、とある外国人の言葉が全てを物語っていた。




 さらにこの頃、岸本政権が目玉として導入した「資産所得倍増プラン」による一億総株主計画が重大な問題を引き起こしていた。

 当たり前だが、株式投資において全ての銘柄が上がることなどありえない。どこかの株価が上がって利益を出しているならば、反対側で必ず損をしている人間がいるのである。

 金融庁が2020年に公表した報告書では、投資信託で損益がプラスになっている人間は3割程度にすぎす、残りの7割はマイナスになっていることが明示されていた。

 そしてそれは、投資の世界で生きる人間達にとって特に驚くようなものではなかった。

 そんな世界に素人が参入したらどうなるかは火を見るよりも明らかだった。

 大半の人が資産を失うだけに終わった。彼らの資産は一部の投資家達の肥やしにしかならなかった。生き馬の目を抜くを地で行くベテラン投資家達にとって、この政策はまさに鴨が葱を背負って来る状態だった。

 国の政策だからと安心して大事な老後の資産や子供の教育費養育費を投資した人々は、日々目減りしていく資産を前に発狂寸前になった。

 一文無しになる人間もいて、自殺者も現れた。しかし、政府は彼らに対してなんの救いの手も差し伸べなかった。

 とある政権幹部の言葉に、資産を失った人々は国に騙されたと絶望することになる。


「投資は自己責任です。その銘柄を選んだのはあなた自身です。それが値下がりしたからと言って政府に救済を求めるのは間違っています。」


 数少ない、投資で成功した人々も問題を引き起こした。

 元々、日本は子育て世代における貯蓄ゼロ世帯が2022年時点で14.4%もいた。貯蓄が100万円台の世帯も21.5%もおり、そもそも投資に回せる種銭をふんだんに持っている家庭は少なかった。

 そのような人々が株主となって会社に要求することは何か。とにもかくにも配当金であった。

 何せ、少ない資産から絞り出して投資している関係上、早急にリターンを求めるのは必定と言えた。中には借金をしてまで投資する者がいたのである。

 彼らが会社に望むものは長期的展望にたった会社経営などではなく、とにかく配当金を早く、より多く出すことのみだった。

 岸本政権は企業に賃金上昇を要請していたが、そうした株主たちは従業員の賃金上昇に使う金があるなら株主配当に回せと強硬に主張した。

 配当金を上げないなら株を売ると脅された企業は、株主の要求に答えざるを得ない。結果、賃金は上がるどころか、賃金を削って株主配当に回すという本末転倒な事態が全国で続発する。

 そして、長期的展望に基づいた経営戦略が出来なくなった企業は、軒並み株主のための近視眼的なマネーゲームに突入せざるを得なくなり、ますます魅力的な商品サービスを生み出すことが不可能になっていった。


 一番あおりを受けたのは、株をやっていない、もしくは株で大損をした人々だった。

 彼らは投資でも失敗し、かといって仕事を頑張っても賃金は配当に回されて上がらないと言う二重苦を味合わされることになった。

 そんな彼らは一部の成功した投資家達から負け犬と蔑まれることになる。中間層がいなくなり、格差が広がって一部の富裕層と多数の貧困層で社会が分断されるという最悪の展開に陥った。

 生きるためのお金も尊厳も失った者たちがどうなるか。自然、無敵の人が増えて犯罪は激増した。


 加えて、この頃には電力政策の失敗により災害でも何でもない時ですら停電が頻発するようになる。

 風力発電や山を切り崩して設置したソーラーパネルは、近年当たり前となったスーパー台風や豪雨の前に脆くて破損が相次ぎ、碌に発電しないまま廃棄されることも珍しい事では無くなっていた。

 短期的な解決方法として原発の再稼働もSNS上と一部の有識者から唱えられたが、福島原子力発電所の事故の記憶がまだ色極残る日本において、それは広い支持を得られなかった。

 結果、耐用年数を過ぎて老朽化している火力発電所を無理を重ねて稼働させつづけざるを得ず、ほんの少しの事故で停止が相次ぎ、その度に停電する事になってしまったのである。


 これは、円安を理由に国内に工場を新規建設しようと思っていた企業にも冷水を浴びせる事になった。

 いつ電気が止まるかわかならい国に、予備電源を自社で用意してまで工場を作るメリットがあるのか? 短期的利益しか見ない株主達を説得できるだろうか?

 至極当然の疑問であった。


 発展途上国よろしく、必要な社会インフラを国民に提供できない。

 日本はいつの間にかそんな国に落ちぶれていた。


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