本当の愛は隠すもの
「なにやってんのよ。わたしがいなきゃ、すぐにこんなことになって」
「ごめん」
――――――――――――
――久しぶりにあちらの世界の夢……
「ナルいつまで寝てんのよ! お腹すいたんだけど!」
「あ……ごめん。今用意するから」
「ったく。今日は儀式があるんだからしっかりしなさいよ」
「うん」
私はのろのろとベッドをおりながら、小さくあくびをする。昨夜はなぜか目が冴えてほとんど眠れなかった。
蘭子は私が寝ていたベッドに寝転がり、「ご飯できたら起こして」と言うが早く、あっという間に眠ってしまった。
私はそんな彼女の寝顔を見つめる。彼女の寝顔をこうして見るのもこれが最後かもしれない。
6歳から24歳までいつも隣にいた蘭子。
離れることなど想像できない――
私は蘭子のまっすぐの黒髪をそっと撫で、部屋をあとにした。
――――――――――
異父妹の蘭子とは6歳の時に出会った。新しいお父さんだと紹介された男と共にいた。蘭子は一つ年下と教えられた。
蘭子は天使のような愛らしさで、私はこんな可愛い子が妹になるのかと喜んだけれど、蘭子は違った。
「この子がらんのお姉ちゃん? 可愛くない」
「なるみと遊んでもつまんない」
「お父さんって呼ばないで。あんたのお父さんじゃないから」
仲良くなる要素など一つもないけれど、強気な蘭子といじいじとした私は外に友人ができることもなく、二人で過ごすしかなかった。
蘭子の父親が他の女の元へ行き、
蘭子は置き去りにされた。
母もその頃は資産家の愛人になり、どこかに部屋を借りたようで、家に帰ってこない日が増えた。たまに帰ってきてお金だけ置いていく。
わたしたちはほとんど二人で生きてきた。
私が蘭子の世話係、引き立て役、悪意の捌け口となったのは、しかたのない話だ。
成長しても、変わらない関係。
そしてあの日がきて――
扉をノックする音で、私は現実に引き戻された。
「は、はい!」
慌てて返事をする。もう迎えが来たのだろうか。
扉を開けると見知った笑顔。
「アレクさま、早くからどうされたのですか」
アレクは聖女担当の護衛だ。
私たちは、穢れといわれる瘴気を浄化するために、瘴気の発生する地へ派遣された。獣が出没する地域なので腕の立つ護衛が数名つけられ、アレクもその一人だ。彼は他の護衛と比べれば小柄で、スラリとした体躯だけれど、国で五本の指に入る強者らしい。
「聖女さまに何か用ですか?」
「いや、そうではない。君に…その……」
私と視線が合い、アレクが目を泳がせる。
わかっている。アレクは私を好いてくれている。女として。
出会った時から、守る仕事をしているからか弱いものをすぐに見抜き、私を気にかけてくれた。
交流を深めるうちに、熱い視線を向けられていることも気がついていた。私も彼の優しさや頼もしさに惹かれていたから、浄化が終わり落ち着いたら、気持ちを確かめあおうと考えていた。彼が訪ねて来たのも、そのつもりで来たのかもしれない。
けれど。
蘭子が彼を好きになった。
本人はまだハッキリ好きとわかっていないだろう。
でも、私にはわかる。
蘭子が彼を好きになったのなら、あきらめるしかない。
私は彼女に全て与えてきたから。
もちろんこれからも。
――――――――――
私たちはこの国により突然召喚された。
地球には魔力なんてないと思っていたけれど、体内に蓄積されたエネルギーがあると教えられた。
そしてそのエネルギーは、この国にとっては大きな力で、この国であれば外に放出することができるらしい。
それが、浄化の力だ。
召喚したら聖女とオマケがくっついてきたという、物語で読んだことがある展開になり、オマケは追放となる寸前で、蘭子が私を世話係として必要と申し出て今に至る。
――――――――――
「アレク!」
背後で蘭子の声。いつのまにか起きていたらしい。アレクが軽く頭を下げた。
「アレクもお城まで来るのよね?」
嬉しそうに彼に腕を回す。蘭子は誰彼構わず触れるから勘違いする男も多いが、アレクはそのタイプではない。アレクは困ったように腕をほどこうとするも、蘭子は部屋に引っ張り入れようと手を離さない。
「はい。浄化が終え、瘴気により凶暴化していた獣も落ち着きましたが、まだ安心はできませんから」
「それは心強いわ! 儀式が終えるまでいてくれるともっと心強いのだけれど……」
蘭子が豊満な胸をアレクの腕に押しつける。たまらずアレクが「腕を持たれると何かあった時に守れませんから」と腕を離させた。
そしてアレクが私をチラリと見る。
私に一部始終見られて気まずそうな表情だ。
「わたしったら寝過ごしてしまって朝食もまだなの。アレクは朝食は済んだの?」
「いえ、これからです。今は聖女様の様子を見にきただけで……変わりはないようですからこれで失礼いたします」
アレクがたどたどしく言い訳をし、慌てたように出て行った。
「ねえ」
蘭子がアレクの背中を見送って私に向き直る。
「私は儀式が終えたらアレクを追いかける。あんたはそこでお別れ。わかった?」
蘭子がおのれの気持ちに気づいたようだ。
「アレクを追いかける? なぜ?」
私はわかっているけれど、わからないフリをする。
「城から追い出されたら生きていく術がないし、アレクなら私を受け入れてくれると思うから」
「私は……一緒じゃだめなの?」
「あんたは、どんだけマゾなのよ。私があんたを嫌いなのは散々言ってるでしょ? いいかげん私から離れてよ」
たしかに嫌いだとかウザいとは常に言われていた。
けれど、離れてと言われたのは初めてだ。
本心からの拒否かもしれない。
「もし、もとの世界に戻ることができたら?」
私はあとで問うつもりだった質問を口にする。
蘭子は不快感をあらわにした表情をし、
「戻るなら一人で戻りなさいよ。ああ、その時は“父親”のことよろしくね」
と、聞いたことのない低い声で答えた。
「……わかった」
※※
城に向かう馬車で、儀式のことをアレクにきいてみた。話を聞いて驚いた。
王より言葉をかけられるだけの慰労会みたいなもので、限られた者しか集まらないらしい。
「国を救ったのにそれだけなのですか?」
蘭子が眉をしかめる。パレードとかあるかも、なんて出立前に話していたからガッカリしたのだろう。
「召喚については極秘だからな」
「えーー! 手柄横取りされるんじゃないの?」
蘭子は丁寧な物言いを忘れ、いつもどおりの口調で叫んだ。アレクはそれを気にすることはなく首を傾げる。
「横取り……聖女様たちの国はそう考えるのですか。我が国は、国で一番力を持つ者に全てを捧げるのがあたりまえですから、そのような考えにはなりません」
「では、聖女さまには礼もないと?」
私が口を挟む。アレクは困ったふうな表情で小さく首を横に振るだけだ。
なんとなく、誰もが口をつぐみ、無言のまま城に到着した。
※※
極秘と言っただけあって、城に到着後は人目につかないよう移動した。
赤い絨毯の真ん中を歩くのではなく、使用人の通路のようなものを足早に歩かされる。
あっというまに謁見の間の扉の前に着いた。
「蘭子」
私が蘭子の手を握る。
「なに、急に。また怖くなったの? ここに呼ばれた時みたいに」
「うん……」
「普通反対だからね? お姉ちゃんが妹を守るんだよ?」
「うん…」
アレクがゆっくり扉をひらく。
召喚された時に見た者たちがいた。
その者たちの間を、ゆっくりと
手を繋いだ私たちが歩みを進める。
玉座の前でアレクから止まるよう指示された。
王も武神と呼ばれるほどの男だから
見られているだけでも威圧感がある。
自然と私たちは膝をつく。
玉座に座る王が立ち上がった。
空気が、変わった気がして私は顔を上げる。
王は、抜き身の剣を手にしていた。
蘭子も何かを感じたのか、顔をあげ、
「ひっ!」と声をだす。
王は無表情のまま、
「強すぎる力は必要ないのだ」
と言い、剣を振り上げた。
そして、
斬られる瞬間、蘭子は消えた。
召喚士は、命の危機に瀕した聖女が力を使い、元の世界に戻ったのだろうと王に報告していた。もうこちらに来ることはないとも言っていた。
残された私はオマケだし殺す必要はないと、城から放り出された。
私は、アレクの村に身を寄せることになった。アレクから好きだと言われ、私も気持ちに応え、恋人となったからだ。
想いが通じ合い幸せなはずなのに、私は深い罪悪感に苛まれている。
あれでよかった。蘭子が目の前で死ぬなど私には耐えられないから。
だけど。
私は彼女に全てを与えたつもりだったのに、最後は全てを奪ってしまった。
聖女の力は、もともと私が持っていたものを蘭子に譲渡したものだ。もちろん蘭子は何も知らない。
召喚された瞬間に、物語で読んだパターンを思い出し咄嗟に動いていた。オマケは死ぬかもしれない。私は蘭子を守りたい一心で、力を渡した。
なぜなら、蘭子は私を救ってくれたからだ。
召喚される少し前、わたしは突然現れた蘭子の父に犯された。
蘭子はそれを目にして父を刺した。蘭子は私を抱きしめ、「なにやってんのよ、わたしがいなきゃ、すぐこんなことになって」と怒った。
私はそれを聞いた時に、これからの人生は彼女に全てを捧げようと決めた。
謁見の間の扉の前で
嫌な予感がしたから手を繋ぎ、力を取り返した。
嫌な予感は的中した。
私は力を使い、蘭子をここから追い出した。
彼女の幸せも不幸も見たくなかった。
アレクを愛しているのは嘘じゃない。
蘭子とアレクが結ばれると想像しただけでつらい。
けれど、
それ以上に、
アレクに蘭子を奪われたくなかった。
今は私を愛してくれているアレクだけれど、あのまま蘭子がいたらどうなるかわからない。今までも蘭子には恋人を奪われてきた。二人がもし結ばれたとしても、アレクからの愛など、彼女には足りない。
アレク程度の愛情なら私で充分だ。
本当に彼女を愛していいのは私だけだから。
蘭子はあちらでは犯罪者だ。
父親を刺したのは蘭子だから仕方ない。
私を守って犯罪者になったことを後悔しているだろうか。その姿を見ることがなくて良かった。
私は守られたことだけ思い出せばいい。
あの一瞬は蘭子が私のために人生を捧げてくれたのだから。
「なにを考えてる?」
アレクが私の肩を引き寄せる。
「蘭子……聖女さまのことを考えていました。アレク様のお相手が私のような、オマケでいいのでしょうか」
「ふ……もういい。始めからわかっている。聖女は君だろ」
私は思わず目を見開く。
「力を譲渡したのも、取り返したのも見ていた。わたしはこの国で唯一、力が視える能力をもっているから」
二人の間にあった甘い雰囲気が一瞬で消えた。
「……なにが、目的なのですか」
わかっていて、なぜ野放しなのか。王は強すぎる力は必要ないと言っていたのに。
「この国は国で一番力のある者に全てを捧げると言ったのを覚えているか?」
「ええ」
「だから、君に捧げると決めたのだ。出会った瞬間に」
「私が一番力があると?」
アレクが頷く。
「私から力がなくなったら?」
「君を大事に思う気持ちは変わらない」
――けれど、本当に愛しているのは力なのね。私も蘭子よりも誰かを愛せると思えない。本当の愛を隠しながら、お互いに愛し合えるならそれもいいわね。
「似た者同士ね」
「そうだな」
私たちは手を握り合い、見つめ合う。
「誓いのキスは何に誓いましょうか」
「変わらぬ愛に」
アレクが手に力をいれた。
「変わらぬ愛に」
私は目を閉じる。
そっと口づけを交わし、私たちは愛を誓った。