第9Q New companion
結局のところ、ボクと湊の1on1(一対一の意味)が行われることはなく、ボクたちは体育館をモップがけしていた。
「麟ちゃんと戦えると思ったのに、残念です……」
この発言からも分かる通り、お分かりの通り、湊はおっとりとしたお嬢様に見せかけて、意外と好戦的な部分があったことには驚きがある。
「そうだね。でも、まぁ今日は初日だし、そのうちはできるでしょ」
「そうですね! その時は私が勝ちます!!」
「なんかワタシは自信がないよ……」
なんと言うのだろうか、なんと形容すべきなのだろうか、湊からはどことなく、強者の雰囲気を感じるのだった。ボクの気のせいだといいのだが、ボクのこの感はなかなかに必中するので、湊は間違いなく強い。
あとはその強さがどの程度なのかというところだが、ボクでは勝てそうにないから、ある意味、神坂先生には助けられたと言っても過言ではないだろう。
しかし、だがしかし、ボクの悩みはもうそんなところにはない。もうこんなところにはない。もうあんなところにはない。もうどんなところにはない。
では、ではでは、どこにあるのか?
それはこのモップがけが終わった後に、その先に、この先に、あの先に、どの先に、待つ、待ち受ける、待ち構える、更衣である。
練習が終わるということは、汗をかき、汗で汚れた服を着替えなくてはならない。
ということは、どういうことか、もう、最早、言わなくてもわかってもらえるだろう。
そう、ボクは再び湊と共に着替えなくてはならないのだった。
モップがけが終わってしまい、あとは着替えを残すのみ。
「それじゃあ、今日の練習は終わりだ。お前らさっさと着替えて帰れよ。そんじゃあな」
神坂先生はそう言ってそそくさと退散していってしまった。アンタがボクをこんな目にしたんだから、ちょっとは、少しくらいは、助け舟を出せというものである。
体育館を出て、更衣室に向かうまでのほんの少しの道のり、湊でもなく、神坂先生でもない人影を見た。
「?」
現在時刻は19時、バレー部は既に帰って、この場にいるはずもなく、かといってバスケ同好会は顧問含めて3人、ボクを省いた2人はまだ体育館の中にいる。
「誰?」
ボクがそう言うと、影が飛び出してきた。
「あ、こんにちは……」
心細そうにボクの前に姿を現したのは、桜辰高校の制服を着た、可愛らしく、それでいて大人しめで、少し暗い雰囲気の眼鏡女子だった。
「どうも。君は?」
「わ、私は一年生の相葉真裕っていいます………」
相葉と名乗る少女はまたこれまた、か細い声で今にも消えそうな、風の音にも負けてしまいそうな、そんな声で自己紹介をしてみせた。
「そうなんだ、ワタシたち同級生だから、敬語はいらないよ?」
「わ、わかりました……」
「それでどうしてここに?」
「えっと、私、桜辰はバスケ部がないって聞いてたんだけど、不意に通りかかったら、バスケットボールをつく音がしたから、見に来て……それで………」
「そっか、ひょっとして、バスケ部に入りたいとか?」
彼女は顔を下に向け、恥ずかしそうに小さく頷いた。
ボクと相葉がそんな会話をしていると、そこへ湊もやってきた。
「どうしましたか?」
「ああ、湊。丁度いいところに」
「はい?」
「この子、バスケ同好会に入りたいんだって」
「まあ! 本当ですか!! それは素晴らしいことですね!!」
湊は大喜びして相葉の手を、両の手で強く握りしめた。
「私は剣崎湊って言います! これからよろしくお願いしますね!」
「わ、私は相葉真裕です……。よろしくです……」
「ワタシは麻倉麟、よろしくな」
こうして、そうして、ああして、どうして、同好会3人目の仲間が入部することになったのだった。
しかし、だがしかし、ボクは忘れていた。忘れてしまっていた。相葉が入部したという嬉しさから、完全に忘れ去ってしまっていた。
お着替えの時間を。
「でも、今日は遅いですから、明日から一緒に練習しましょうね!」
「う、うん……!」
相葉は大人しそうではあったものの、とても嬉しそうに帰っていった。
その背中を見送ったボクと湊だったが、
「それでは私たちも着替えて帰りましょうか」
「あ、ああ………」
その後、湊の白くて透き通るような、水晶のような、真珠のような、お肌を再び目の当たりにし、純白の下着姿にドギマギとしたことは言うまでもないだろう。
「麟ちゃん、大丈夫ですか? とてもお疲れのご様子」
「あ、ああ、うん、なんか疲れちゃったな……」
色んな意味で。
「そうですね、私も中学の引退以来、久しぶりのバスケットボールだったので、少し疲れてしまいました。それに………」
湊はお腹を触って恥ずかしそうにこちらを見ると、ぐうううっと、お腹が可愛らしく鳴いた。
「お見苦しいところをお見せしてしまいました……」
「ワタシもお腹減ったし、これは寮まで保ちそうにないから、帰り道のコンビニでなんか買って行こうか」
「いいのですか?」
「うん、そうと決まれば善は急げだ!」
コンビニで肉まんを購入し、2人で食べる。
「私、こういうのにずっと憧れていたんです」
「ああ、コンビニ行ったことないって言ってたもんな」
「はい、こうしてお友達とお話をしながら帰り道にって。ささやかな夢が叶っちゃいました」
と、湊はこれまでにないほどの、素晴らしく可愛らしく、美しい笑顔を見せてくれた。
「それはようござんした」