第76Q hesitation
明日を迎え盆に控えた今日この頃。
ボクは相も変わらず、叔母さんと猛特訓の日々であった。
「貴方のお母さん、麻倉姫乃、いや、現役時代、桜庭姫乃の最大の武器はドライブとスリーポイントシュート。スリーポイントを警戒して距離を詰めると、確実にドライブで抜かれるし、ドライブを警戒すると迷わずにシュートを打ってくる。彼女の最大の強さは迷いの一切ないプレースタイル。バスケは秒のスポーツ、一瞬の迷いは命取りになる。それは全国に近くなればなるほど。一瞬の目の動き、足の向き、動かし方、一瞬で動きを読まれる。そこに迷いが生じれば尚のこと。貴方のお母さんはそれをわかっていた。だから、強かった」
「な、なるほど……」
1on1で闘ったかと思えば、休憩時間は叔母さんの熱弁と、これが永遠に繰り返されていく修行のローテーションであった。
「叔母さんは母さんに勝てたことあるの?」
「私も勝てたことないわ」
「叔母さんでも勝てないの!?」
「ええ、それくらい桜庭姫乃は強い。だから、全日本選手にもなれた」
「そういうことなのか……」
「そういうこと。桜庭姫乃みたいな、とはいかずとも全国に行けば必ず近しい強さを持った選手が現れる」
母さんの強さは底が知れないと思った。
県内、天ノ星の守城さんや翠央の木谷さんや上木さんもかなり強いとボクは思う。
それでも叔母さんと闘えば、その3人よりも遥かに強いと感じてしまう。
そしてそんな叔母さんよりもさらに強い母さんは、桜庭姫乃だった頃の母さんは一体全体何体、どれほどまでに強かったのだろうか。
「ただ姫乃の勝負の心臓は異常だった」
「?」
「迷いが無さ過ぎるというのかしらね」
「それって、、」
「どんな選手でも自分の考えがある。そしてスポーツには必ず戦況があり、それに応じた考えを発揮できなければ得点には繋がらない。でも、それをできる人というのはなかなかいないもの。味方も必ずしも自分の思ったように動いてくれるわけじゃないしね。だって他人なのだもの、当然よね?」
「うん」
「でも、彼女はそれでも迷わない」
「…………」
「迷わず最善のパスを出すし、迷わずドライブする、そして迷わずシュートを打つ」
叔母さんは一度だけ母さんに尋ねたことがあるそうだ。
どうしてそんなにも割り切った、迷いのないプレーができるのかと。
すると、母さんはわかりやすくこう言ったそうだ。
「迷えば、敗ける」
と。
それは真実であり、事実であり、真理であった。
勝利に迷いは不要であり、迷いは不安を呼び、不安は身体に反応し、身体はプレーに影響する。
ボクがこれまで闘った強い選手たちも皆そうであった気がする。
翠央も、天ノ星も、誰も迷っていなかった。
唯一迷いを抱えている選手がいたとするならば、それは玖城アンナくらいだっただろうか。
彼女ほど強い選手が何を迷うのか、ボクにはわからないが、あまり人の感情に敏感とは言えないボクでもわかる彼女の迷いはわかりやすく、そして大きな迷いと言えるだろう。
「でもさ、迷わないことが強いってことなのかな?」
「ふーん、そう思うのはどうして?」
「確かにボクが闘ってきた人は皆、迷いなく勝利へと向かっていたけど、そうでない強い人もいた。そしてきっとこれからもそんな人に会う気がするんだ」
「そうね、そういう人も全国にいたかもね。迷うことは悪いことじゃないわ。ただし、迷って答えを出せないなんてことにならなければね」
「………」
「難しい話になっちゃったね。さて、休憩は終わりにして夕飯前にもう一勝負と行きましょうか」
オフェンスはボクからだった。
迷えば敗けてしまうのなら、迷わなければいい。
しかし、だがしかし、事はそんなに簡単な事なのだろうか。単純なのだろうか。
迷って、熟考して、最善を見つけた方が良いのではないだろうか。
ボクはどうすればいいんだろうか。
ボクに合った、見合った強さとは何だろうか。
「迷いが見えるわよ!」
叔母さんの手がボクの持つボールに伸びる。
その機を逃さず、叔母さんの伸ばす左手からボールを遠ざけるようにして身体を反時計回りにロールさせ、一気に攻めへと転じる。
「これなら!」
「勝った?」
抜いたと思っていた叔母さんは何故かすぐにボクの目の前に戻っていた。
速すぎて怖いくらいである。
「速っ!?」
「私を抜いた後、迷ったでしょう?」
「え、そんなことは、な、」
「レイアップで決めるか、スリーポイントを打つか」
図星をつかれていた。
「これが迷いよ。抜いてからゴールまでの判断が遅い。1on1ですら迷うのなら、試合では味方へのパスも加わって、さらに選択肢が増えるのよ? 本当に数ある選択肢の中から迷いながら闘えると思ってるの?」
「それは………」
「まだまだ修行が足りないわね」
「ボクは母さんじゃないよ………。ボクは母さんみたいにはなれないよ………」
「そう、貴方は桜庭姫乃にはなれない。だから貴方になるしかない。貴方が貴方である以上、貴方は貴方として闘わなきゃならない。そして自分の迷いに打ち勝つしかない。きっとそういう点では姫乃も迷っていたのかもね。私なら、いくらでも練習相手になる、だから、貴方の答えを見つけなさい」
叔母さんはそう言ってボールを拾うと、カバンを持って切り上げていくのだった。




