第75Q mom is a wizard !?
話はボクが実家に帰省するよりも少し前に遡る。
練習終わりの集合が神坂先生からかけられるのは、いつもことであった。
ただいつもと違うのは、練習終わりにA4サイズの1枚の紙が配られたということ。
「あれ? なんか大会とかありましたっけ?」
「いんや、これは大会の対戦表じゃねぇ。これは来週から行う合宿の予定表だ」
「合宿?」
ボクたちが口々に合宿という言葉を復唱する。
「そうだ。夏休みとは言えど、この学校はスポーツの名門校。バレーにバドミントン、卓球にその他諸々、多くの部活がインターハイに向けて練習する。つまり部に昇格できたとは言え、まだまだ実績がないバスケ部に体育館が回ってくることは数少ないことが見込める。だが、それじゃあ困るんだよ。私の給料が底をついちまう。故にだ、体育館を利用できる施設と宿を1週間予約することにしたんだ。もちろん金のかかることだからな、無理強いはできない。だから、親御さんと話し合って参加してくれ。私の給料のためにも、是非とも参加してくれ」
そして親御さん、つまりは叔母さんに相談したところ、
「強くなりたいなら、私がみっちり鍛えてあげるわ。それにもうすぐお盆だし、丁度いいから一度帰ってきなさい」
という運びとなり、ボクはいま実家に帰省しているのだった。
「あーあ、今頃、皆なにしてんのかな」
天を仰ぎながら皆のことを考える。
「人の心配よりも自分の心配をしなさい」
叔母さんの言うことはごもっともであった。
何故ならボクは今、叔母さんにコテンパンにやられて大の字で空を眺めているからである。
「まぁ私が教えてるからってのもあるけど、麟は姫乃とは全然似てないね」
「何が?」
「プレースタイルが」
「そうなの?」
「うん」
「母さんってどんなプレーをしてたの?」
「姫乃はそうね、ガンガン行こうぜって感じのプレースタイルだったかな。ドライブも、シュートも、全てが完璧で極め付けは誰も追いつけないダックインと、ブロックに跳ぶことができないシュートかな」
「なにそれ、魔法使いなの?」
叔母さんから出た母さんのプレースタイルはどうやら異次元の魔法使いスタイルのようであった。
「確かに魔法みたいだったかもね。姫乃のプレーは誰しもを魅了する。綺麗で無駄のない動き、姫乃が動けば観客は皆、姫乃に注目した。姫乃が応援しているチームの相手チームだったとしても、それでも姫乃に目を向けてしまう。姫乃にはそんな不思議な魅力があった」
「へ、へえー。それじゃあさ、同級生ってことは母さんと一緒にバスケやってたってことなんでしょ? 叔母さんも母さんと同じ技が使えるとか??」
「無理無理」
叔母さんはボクの質問に対してすぐさま否定した。
「あなたのお母さんの技は唯一無二。姫乃だけのオリジナル。後にも先にも、誰も姫乃の技を使える人は現れなかった」
「こんなに上手い叔母さんでも再現できないの??」
ボクは叔母さんに勝てない。
その叔母さんですらも超えられない母さんのプレースタイルとはまさに魔法なのかもしれない。そしてその使い手の麻倉姫乃は間違いなく魔法使いそのものなのだった。
「じゃあ、母さんはどうなったの??」
「姫乃は高校を卒業すると同時にプロ入りして、本当に日本代表になっちゃったわね」
「マジ……?」
「マジ。オリンピックでは一度はあのバスケ大国のアメリカを追い詰めてたこともあったのよ?」
「そうなの!?」
「ええ、あなたのお母さんはいつだって不可能を可能にしてきた。それこそ魔法みたいにね。だから、病気にだって勝ってくれると思ってた……」
そう、ボクの母さんはボクを産んで数年後に病気でこの世を去ったのだった。
不治の病だったらしい。
その病名が何で、どのような病気で、どのくらい苦しいのかはわからない。
けれど、不可能を可能にしてきた魔法使いのような母さんが死んでしまう病なのだとしたら、きっと誰もその病に打ち勝つことはできないのだろう。
「でも、麟なら、もしかしたら、辿り着けるかもしれない。姫乃の立っていたところまで」
「ボクが?」
「うん、なにしろ麟の身体には姫乃という天才の遺伝子が流れているんだから。ちょっと嫉妬しちゃう」
「ええ、そうなの?」
「そうよ、世の中で起こることは全てに理由があり、意味がある。姫乃が不治の病に侵されたことも、私と姫乃が出会ったことも、あなたが姫乃の子供として産まれたことも、そして私があなたを姫乃から預かったことも、その直後に姫乃が死んだことも」
「…………」
「あなたは覚えていないかもしれないけれど、姫乃は麟のことをとても愛していた。本当なら姫乃から受け継ぐことができたかもしれない、姫乃の技。私と麟で完成させよう」
「うん! やるよ!」
『ロウキュー娘』
この物語は1人の天才から始まる。
天才と呼ばれた彼女は文字通りの天才で、瞬く間に日本一になった。
でも、この物語の主人公はその天才ではない。
その天才から生まれた可能性に満ち溢れた子供。
彼こそがこの物語の主人公である。
さて、天才ではなかった彼がいかにしてバスケットボールの道を極めるのか、乞うご期待。とな。




