第73Q Homecoming
水着回を期待しているそこのあなた!!!(そこにあなたなんていないのですが……)
甘い! チョコレートより甘いですよ!!!
水着回なんてあるわけないでしょっ!!!!!
ピロンッ。
スマートフォンの通知音が鳴らされると、メッセージアプリに一通のメッセージが届く。
『ごめん、ちょっと帰るの遅くなるかも』
『わかった』
と、返してやり取りは終わる。
そして夏休み、ボクは今、実家のアパートの玄関前に立っているのだった。
数十分前、最寄り駅のトイレに映る自分の姿にハッとしたことを思い出す。
鬘を外し、メイクを落とし、服を着替えた。
「ふうー、こんな姿、流石に見せられないよなー」
ポケットから鍵を取り出し、ドアを開ける。
「ただいま」
家に帰ってきたわけだが、静まり返っていて、誰一人として人の気配を感じられない。
それもそのはずだ。
家に到着して、一息つくこともなく和室にある仏壇の前へと足を運ぶ。
「ただいま、母さん」
仏壇には当時人気者だったという美人な母親の遺影が置かれている。
膝を折って、正座し手を合わせる。
「高校からバスケで推薦が来たと思ったら、女子校だったんだよ、まさか母さんにこんなことを報告する日が来るなんてね……」
母さんに手を合わせていると、玄関でガチャガチャと鍵が開けられ、何やら慌ただしくしている。
あまりにも慌ただしいので、強盗なのではと少し心配になってしまうのほどである。
「麟、帰ってきてるの?」
玄関からそんな声が聞こえる。
「うん」
立ち上がり、声のする方へと向かう。
「あ、麟、なんだか少し見ないうちに、、なんか変わったわね」
玄関でスーツ姿、ヒールを脱いでいるこの女の人が今のボクの保護者である。
「そ、そうかな?」
叔母さんの的確で、鋭利な言葉が心当たりと図星の両方に突き刺ささってくる。
僕が叔母さんと呼ぶこの人は母さんの古い友人なのだという。名前は柊木柳。
しかし、だがしかし、ボクは母さんと叔母さんがどのような知り合いだったのかをあまり知らない。知らされたこともない。
気になるが聞き出せもしない。どうしてなのか、聞くのが怖いというのか、知りたくないというのか、母さんと叔母さんの過去をずっと遠ざけていた。
でも、それでも、これでも、あれでも、どれでも、いつまでも放置していい問題でもないこともわかっているつもりだ。
ただ、ただただ、今は、今だけはそれを聞き出す覚悟も、ちゃんと受け止める勇気も、心構えも、準備も、何も整っていない。
故にまだ聞きたくない。
「せっかく、久しぶりに帰って来たんだし、何が食べたい?」
叔母さんがボクに尋ねる。
「うーん、叔母さんの料理はなんでも美味しいから迷っちゃうな」
「嬉しいことを言ってくれるね、少年よ。それじゃあ、麟が大好きだったオムライスでも作ろうかな」
「うん! 楽しみ」
「ちょっと待っててね、着替えてくるから」
そう言って叔母さんは自室に入って行った。
気になると言えば気になる、どうして叔母さんはボクなんかの面倒をずっと見てくれているのか。
やはり母さんとの、麻倉姫乃との縁が関係していることは間違いないのだろう。
こうも思う。
今更、散々放置してきたというのに、どのような顔を引き下げて、
「ねえ、母さんとのこと教えてよ」
と、尋ねれば良いのか。
「そういえば、高校でもバスケやってるの?」
着替え終え、さっきまでの、先程までの、きっちりとしたスーツ姿からは想像できないほど、ラフな部屋着姿の叔母さんがボクに尋ねる。
「うん、続けてるよ」
「そっか、じゃあ、明日、どれくらい上手くなったか私が見てあげる」
「ええー」
「何その反応? ヤなの?」
「嫌というか、叔母さん強過ぎるんだもん」
「男の子がなに情けないこと言ってんのよ? スポーツなんて、強い相手と闘わないと強くなれないんだからね?」
「そりゃあ、情けなくもなるよ……」
情けなくなるくらい叔母さんはバスケが上手い。
噂によれば叔母さんは高校生の頃に全国制覇も成し遂げているのだとか。
叔母さんは育ての親でありながら、ボクのバスケットボールの師匠でもあった。
もちろん叔母さんに1on1で勝てたことなど、一度たりともありはしない。
勝てればそれはまぐれか、奇跡だと言えるだろう。
だから、なので、それなので、それだから、叔母さんが何故、プロのバスケットボール選手にならなかったのか、不思議でならないのである。
翠央や天ノ星と闘った今ならば、叔母さんの強さがハッキリとわかる。
天ノ星の7番よりも遥かに強い叔母さんは、その気になればプロになることなど容易かったはずなのだ。
「一体どうして……」
「ん? なんか言った?」
「ああ、いや、なんでも!」
「そっ。それで? 学校はどう? 楽しい? 虐められたりしてない?」
「上手くやれてるよ、もう心配し過ぎだって。ワ、ボクももう子供じゃないんだから」
「?」
危うくいつもの癖で、“ワタシ”が飛び出しそうになってしまった。
「それよりも叔母さんはどうなのさ?」
「どうなのってのはなによ? 今更、私の何がどうなのなのよ?」
「いや、ほら、仕事、復帰したんでしょ?」
「まぁね、何かと慌ただしくはなったけど、充実している、、と言えば、そうなのかも」
叔母さんはボクを引き取ってすぐ、それまで働いていた職場を退職し、家でもできる仕事を選んでくれた。
なんでも、
「一緒にいられる時間を大切にしてあげたい」
という、理由だった。
だが、だがしかし、ボクが入寮することが決まったことで、家にいる必要がなくなった叔母さんは以前勤めていた職場に復帰することにした。
どうしてボクのためにそこまでしてくれるのだろうか?




