第44Q Distance between two people
「ちょっとお待ちください」
相葉と赤髪少女との会話に割って入ったのは、湊だった。
「貴女と相葉さんがどのような間柄なのかは私にはわかりません。しかし、いま貴女がやっていることは言葉で人を傷付ける行為です。私の知る相葉さんは真面目で、何事にも真剣で、熱心な人です。その相葉さんを言葉で貶すことは到底容認できることではありません。お引き取り願います」
「はあ、ウザっ。アンタ、誰よ? まぁいいわ。真裕、真裕がこの学校でバスケやってるってことは、大会で当たるかもだし、まぁまずないだろうけど、精々、頑張んなよ。そんじゃねぇ」
赤髪少女は不機嫌そうな顔を浮かべながら、そう言い残して退散してしいった。
しばらくの沈黙の後、最初に口を開いたのは相葉からだった。
「あの…」
「ん? どうした?」
「どうしました?」
「き、気になるよね…。あの人が誰か…」
相葉の言う通りであった。
気にならないと言えば、嘘である。
わざわざ暴言を吐くためだけに、わざわざここまでやってきた赤い髪の強烈インパクトな女の子。
そして何より相葉が“アンナちゃん”と、慣れ親しんだ呼び方をする相手だから、尚のこと気になる。
「それは……」
「当然だよ…。こんなことがあって気にならない人なんていないもん…」
「あの方は一体、相葉さんとどのような御関係なのですか?」
「彼女の名前は玖城アンナ…。私とは小学生の時からの友人なの…」
「玖城アンナ」
相葉から語られた名前を何となく、口にして咀嚼する。
「アンナちゃんは昔から要領が良くて、何をしても上手だったの…。鈍臭い私とは違って…。私は今よりももっと暗くて、こんな自分を変えたくて、ミニバスを始めたの…」
ミニバスとは、ミニバスケットボールの略称で、日本では12歳以下の子供を対象に各地域のクラブチームが存在していたりする。
またミニバスはボクたち高校生が行っているバスケとはルールが異なり、違いをいくつか挙げるとするならば、ボクが得意としているスリーポイントシュートの概念がなく、シュートはみな等しく2点ゴールとなる。
他にも当然のように小学生が高校生と同じコートを走れるわけもないので、コートも小さく設定されていたり、時間も10分ではなく、6分を4Qで行う試合方式を採用しているなどがある。
そしてバスケあるあるとして、やはりこのミニバスを経験した者たちは、中学部活においても既に抜きに出るスキルを身に付けていることもあって、中学から始めた選手たちと比べるとかなりレベルが高く感じられたりもする。
相葉は確かに打たれ弱い一面があるものの、平常時においては正確なパスを出すことや、湊や木谷と言ったドリブラーに比べると劣りはするが、それでも神坂先生も認める確実なハンドリング能力やポイントガードとして必要な視野の広さを有していたのは、このミニバスを経験していたからに他ならなかった。
第37Q、神坂先生のセリフ参照---
『相葉、お前はとりあえず、落ち着け。深呼吸だ。ポイントガードに必要な広い視野は持ててる。そこは自信を持っていい。ただ、咄嗟の判断の遅さとテンパるところを狙われてる。落ち着けばお前は大丈夫だ』
「私が入ったミニバスのクラブチームにはね、既にアンナちゃんがいたの…。それも当然と言えば当然…。だって、同じ小学校、同じ地域に住んでいるんだもん、絶対にそうなるよ…」
相葉は以前、俯いたまま言葉を紡いでいる。
「アンナちゃんは持ち前の要領の良さで、どんどん上手くなっていった…。私はもう置いてけぼりで、アンナちゃんは試合にもスタメンで出場してた…。
それからやっぱり中学校も同じで、部活も同じバスケ部で、アンナちゃんは1年生なのに既にスタメンで、私にはもう敵わない存在になっちゃった…。でも、ある日、親の都合で引っ越すことになって、それから疎遠になっていたの…。まさか帰って来ているなんて…。嬉しいはずなのに…」
その言葉を最後により一層、俯いた。
「なるほど、その玖城は昔からああなのか?」
「ううん…」
相葉はボクの質問に対して首を横に振って否定してみせる。
これは少々意外だった。
「小学生の時は、明るくて、誰にでも優しくて、とにかくバスケが好きな子だった…。でも、いつからかな、中学の時、ある時を境に、アンナちゃんは変わってしまった…。それから私の声は彼女には届かないの…」
とても寂しそうな表情を浮かべる相葉。
「何で変わったのかはわからないのか?」
「多分、バスケだと思う…」
「バスケで?」
「うん…。アンナちゃんはとにかく上手かったから、その地域、ううん、ミニバスの全国大会でも優勝しているほど、上手かったの…。その強さは中学に入っても変わらなかった…。変わらず強くて、アンナちゃんと対戦する相手は勝負を投げることが多かった…。多分それくらいからかな、アンナちゃんが変わったのは…」
「なるほどな、なら答えは案外、単純なのかもしれない」
「そうですね! 倒しましょう!! 私たちの力で!!」
「今は何を言っても多分、ワタシたちの言葉は玖城には届かない。だったら、勝つしかない。勝って言葉を届けるしかワタシたちには選択肢がないと思うから」
「2人とも…」
「きっと玖城が相葉の元に再び現れたのには意味がある。必ず勝とう………って玖城ってどこの学校なの?」
遠くで光る体育館を見て神坂先生は---
「麻倉はまだ自主練やってんのか? にしては、静かだな。どうしたんだ? ちょっと覗いてみるか」
そんな神坂先生の横を通りすがったのは、赤い髪の玖城だった。
「今の制服、天ノ星……!! なんでバスケの名門校がうちにいんだよ」
ことは、ボクたちが思っているよりも複雑で難解だった。




