第30Q This day
5月某日---
その日が遂に明日へと控えた放課後、バスケを始めてからこの方、ここまで緊張しているのは、初めてのことだろう。
何故か? どうしてか?
そんなことは簡単である。単純である。
スターティングメンバーとして公式戦に出場するのは、ボクのバスケットボール史上、初の快挙だからである。
どうにも落ち着かない気持ちを抱えたまま、抱き抱えたまま、練習終わり、誰もいない、人っ子一人いない、静まり返った、静寂に包まれた、静寂に飲み込まれた、夜の体育館で、1人、ボクはシュート練習をしていた。
静まり返った体育館にはシュートがゴールネットを揺らす、シュパッという心地良い音と、ボールが地面を何度もノックする音が、まるで楽器のセッションのように、バスケットボールという音楽を奏でていた。
バスケットボールの音楽に包まれながら、シュート練習に励んでいると、ギイィと、体育館の扉が開いていくのが、目に入った。目に映った。
「?」
扉に目を向けると、目をやると、体育館に入ってきたのは、湊だった。
「ここにいたんですね」
「湊、まだ帰ってなかったんだ」
「いえ、一度は帰宅したのですが、寮で麟ちゃんの姿が見当たらなかったので、もしやと思い、公園に足を運びましたが、いらっしゃらなかったので、ここに来てみました。やはりここだったんですね」
「うん、この間の翠央戦から今日まで、出来ることはやったつもりだけど、それでも」
「不安が消えませんか」
「うん」
「それは私も同じです」
「湊も? まさか、湊は強いんだから、心配なんてないでしょ」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。誰だろうと、戦いを控えては緊張するものですよ。麟ちゃんだけじゃなく、明日対戦する相手校もきっと今頃、同じような気持ちを抱いていることでしょう」
「そう……なのか」
そう話す湊はとても穏やかで、落ち着いているように見える。
「明日は勝ちましょう」
「うん、そうだね」
「勝てばこの同好会もきっといい方向に向かっていくはずだから」
「それは間違いないな」
創部して初めての公式戦。
それはこの同好会の今後にとっても、とても大きな意味を持つ試合であることもまた事実なのであった。
湊は穏やか混じりの真剣な表情から、一転して、何か気まずそうな表情を浮かべ始めた。
何かモジモジとしている。
身体を今もなく左右にフリフリと、フラフラと、揺らしている。
「どうした?」
「あ、あのですね………」
「ん?」
「そのですね」
「どうしたんだよ?」
「明日の試合、一緒に会場まで行っていただけませんか? 私1人では少し不安でして」
「あー、なんだその話か。てっきり、ワタシは最初から湊と行くつもりでいたんだけど」
「え、そうだったのですか!?」
「うん、だって同じ寮だし。同じ寮なのに、別々に行くなんて、なんか変だろ? どんだけ仲悪いんだよってさ」
ボクがそう言うと、湊は嬉しそうにウフフと、微笑んだ。
「それもそうですね」
「だろ? それじゃあ、明日は寮の入口集合でいいかな?」
「はい、それで構いません!」
「わかった。んじゃあ、そろそろ帰ろうか。明日も早いし、起きられなかったら大変だ」
「その時は私が起こしてあげますよ?」
「それは頼もしいな」
頼もしい反面で、実は男の家であるボクの部屋にはあまり立ち入って欲しくないという気持ちも混在していた。
そんなわけで、こんなわけで、どんなわけで、あんなわけで、翌日---
緊張し過ぎて、眠りが浅くなっていたのか、目覚ましよりも遥かに早く起きることになった。
「うわ……まだ5時かよ………」
しかし、だがしかし、カーテンを開けると、夏が近づいているということの現れなのだろう、外はすっかりと明るくなっている。
「いい天気………」
まさにいい天気である。
いま何時ですか?
本当に5時ですか?
と、尋ねたくなるほどに、外は明るさを手に入れている。太陽がおはようございます、している。
これがいい天気でないのなら、この世にいい天気はないと言えるだろう。
顔を洗い、歯を磨き、鬘を被って、身だしなみを整える。
今更ながら、試合というこんな日まで、そんな日まで、あんな日まで、どんな日まで、女の子であることを欠かせないというのだから、女の子は本当に大変であると思う。
世の男性の皆々様、女の子の手入れの努力はしっかりと褒めましょう。そして着る服に迷って遅刻した、メイクに時間がかかっているというのは、メイクはオシャレでありながらも、人と会うための最低限の身だしなみを整える行為なのだ。
男だった頃にはそれがなかっただけのこと。
時間がかかっているからといって、むやみにイライラしないようにしましょう。
「女の子も楽じゃねぇなぁ……。ホント今更だけど」
制服に身を包み、準備万端である。
「んじゃあ、いっちょ、勝ちに行くか」
部屋の鍵をしっかりと閉め、閉めなければ死活問題であるため、何度も何度も閉めたことを確認し、寮の入口に降りると、既に湊は待っていた。
「おはよう、早いな」
「おはようございます。いえいえ、今来たところですよ。それじゃあ、」
「うん、行こうか」




