第3Q I am
鬘を取り、制服を脱ぎ、ボクはシャワーを浴びることにした。唯一助かったのは、寮の一部屋一部屋に浴室とトイレが備え付けられているというところだろう。
これが共同のシャワー、トイレともなれば、見られたくないものを見られてしまう可能性が非常に高くなる。
その点においては助かったと言えるのではないだろうか。いや、不幸の中に幸を見つけている場合ではない。どう考えても全体的に不幸なのだから。
シャワーを終え、部屋着に着替えるわけだが、身に付けるものは当然、鬘を被り、スポーツ下着に女の子が身に付けていそうなショートパンツにTシャツしかなかった。
姿見に写る女の子の姿にため息しか出てこない。
すると、スマートフォンが鳴らされる。
「え!?」
液晶画面には『神坂一絵』の文字が。
「はい、もしもし」
「おう、女の子ライフを楽しんでるか?」
「どこに楽しむ要素があるんですか」
「まぁいいや」
まぁいいのかよ。
「明日、入学式が終わったら私のところに来い」
言葉を返そうとした時には、ブツッと電話が切られてしまった。なんと一方通行な人なのだろうかと思わずにはいられない。どうにかバチが当たらないものだろうかと思うばかりである。
ここに来るまでにコンビニエンスストアで購入しておいた、サンドイッチを食べ、この日は就寝することにした。ピンクに包まれている部屋に慣れていないせいなのか、そもそもこの女の子生活に慣れていないせいなのか、落ち着くことができず、なかなか寝付けなかった。
翌日ーーー
制服に着替え、鬘を被り、ニーハイソックスを履き、準備を整え、ボクは学校に向かう。
寮の階段を降りていると、別の女子生徒の存在を何人か確認できた。
その時、ボクはこう思った。
『この人たちは普通の、ごく普通の、ごくごく普通の女子高生なのだろうな』と。
きっとこんなことは普通の人生を送っていれば思うことなどない気持ちだろう。しかし、だがしかし、ボクは思ってしまった。何故ならボクは普通ではないからだ。
校舎内は意外とというのか、案外というのか、女子校らしさというものがなく、普通の学校とあまり変わりないものであった。まぁ最初から女子校に入学したボクは普通の高校というものを知らないのだが。
案内に従って体育館に向かう。
そして入学式が行われるわけなのだが、辺りを見回すと、見渡すと、男の姿がない。教師の中にはオッサンもいるわけだが、生徒の中には男と呼べる人種が1人もいない事実に、真実に、ボクは頭が痛くなっていた。頭痛が痛いというやつである。
女装させられ、女子寮に連れて行かれた時よりも遥かに強い緊張感に襲われた。
バレてはいけない。この中の誰にも。絶対にバレるわけにはいかない。バレればその時点でボクの人生は終わってしまう。何が何でもバレるわけにはいかない。
そんな、こんな、あんな、どんな、緊張感に支配される。
心臓が痛いほどに高鳴る、ドキドキと、ドキンドキンと、ドッキンドッキンと、高鳴る。
無事に入学式を終え、ホームルームを終え、ボクは神坂先生の待つ、体育館へと戻ってくることになった。
「よう、お疲れさん」
「やっぱりボクには無理ですよ!!」
「なんだ? 生徒の多さにビビっちまったのか」
「そうですよ! こんな何百人もいる生徒を騙すのなんてできっこないですよ!!」
「お前ならできる!」
どの口が言っているのだろう。そしてその自信はどこから来るのだろう。
「それでボクを呼び出した理由はなんですか?」
「そうだな、まずお前、そのボク呼びどうにかした方がいいぞ。今からは『私』で話せ」
「そんな無茶な」
「バレてもいいのか?」
「わ、ワタシ」
「そうだ。お前を呼び出したのは他でもない。私と共に高校女子バスケの天下を取るってなわけだ」
悪役が自らの野望を高らかに叫ぶかの如く、神坂先生は目的を明かした。明らかにした。
「それで部員はどこに?」
「ん? 何言ってる? これからバスケ部を作るんだよ。まぁ当然、同好会スタートだがな」
「????」
「物分かりの悪い奴だな。これからバスケ部を作って、天下を取るんだよ!」
「意味がわかりませんよ。そんなのでよくバスケット選手のスポーツ推薦ができましたね」
「まぁこれは私だけでなく、学校全体の野望でもあってだな。桜辰はスポーツの名門校なのに、なのにだ、なのに、バスケットボール部が存在しない」
「なんでまた?」
「さあ? なんでだろうな? それは私にもわからん。だが、そこで白羽の矢が立ったのが私というわけだ。バスケットボール部を結成し、バスケでも桜辰高校の名を轟かせろという校長からの命令なんだ」
「へえ、それで失敗したらどうなるんですか?」
「私の給料が減らされる………。それだけは避けたい!!」
何という私利私欲。自分の給料のために男であるボクを女子校に入れるなんて、横暴が過ぎるのではないだろうか。
「さて、そんなわけでだ。お前には私の給料のためにバスケ部として頑張ってもらう」
「は、はあ……。それで他の部員の目星は付いてるんですか?」
「はあ? そんなの付いてるわけないだろ? 馬鹿か? 馬鹿なのかお前は?」
今すぐにでも殴ってやりたいところである。
「だが、そう悲観することもない。既に2人目の部員は確保している」
「へえ、誰ですか?」
「よし! 入ってこい!!」
神坂先生の掛け声と共に、体育館内にやってきたのは、黒い髪を腰に届かせそうなほどに綺麗にストレートに伸ばし、その立ち振る舞いというのか、いでたちというのか、風格というのか、その女子生徒からは気品というのか、お上品というのか、一言でまとめるとするならば、お嬢様のような雰囲気を漂わせていた。