第27Q Become stronger
それは翠央との練習試合よりも、もう少し前にまで遡る。
神坂先生から渡された、託された、薄い紙っぺらに達筆な字で書かれた、記された、示された、とある場所。
そこに漆原麗央という桜辰女子高等学校のヤンキーが足を運んでいた。
「ここか?」
漆原の目の前には、"鹿鰤大学"と書かれた光沢のある石盤と、巨大な門があった。
「大学……?」
何故、どうして、こんな場所に連れてこられたのかという疑問を抱えながらも、首を傾げながらも、紙に記載されている通り、大学内の体育館を目指す。
時刻は既に19時を回っており、大学内も所々に電気がついてはいるものの、やはり日が落ちてからというものは、静けさの方が勝っている。
そんな大学内を何度も迷子になりそうになりながらも、なりそうになっている自体が、それ自体が、既に迷子になっているのかもしれないわけだが、どうにかこうにか、こうにかどうにか、にかにかにかにか、体育館に漕ぎ着ける。辿り着く。流れ着く。流され着く。
体育館には電気がつけられており、外からでも聞こえてくるようなボールのバウンドする音が反響する。
体育館に入り、顔を覗かせると、そこには1人の女性の姿があった。
おっ、と漆原に気が付いたかのように、ボールをダムダムと突きながら、近付いてくる。
「アナタね? 神坂先生が言ってた、キャラ被りの女子生徒って」
「…………」
この時、その時、あの時、どの時、漆原は思った。"あの女はどこまでその話を引っ張るつもりなんだ"と。
「えっと、私は漆原麗央って言うんだけど、アンタは?」
「私? 私はね、神坂さんにアナタの特訓を頼まれた細谷青葉って言うの。よろしくね」
身長は漆原よりも少し低く、ガタイがいいわけでもない、スポーツをしているようなイメージもあまり感じさせない、そんな可愛らしい女の子が、にこやかに笑いかけた。
「これは一体どういう……」
「アナタには特別な練習が必要だって、神坂さんが言ってたから、神坂さんなりにアナタのことを気にかけているのよ」
「ちっ、余計なことを」
ボソリと漆原は呟いた。
「さっ! アナタもバスケット選手なら、会話よりも勝負!! なんじゃない?」
細谷はついさっきまでの、つい先程までの、可愛らしい雰囲気から一変して、威圧的な、高圧的な、オーラを解き放った。
その様は目で見てわかるほどで、体育館全体を緊張感がピリピリと、ヒリヒリと、ヒシヒシと、駆け抜けては支配した。
"この気迫、一体何者なんだ!?"
と、漆原も思わず後退りしてしまう。
まさかこんなことが起きているなんて、ボクたちは知る由もないというやつである。
そしてそんなわけで、こんなわけで、あんなわけで、どんなわけで、時は現在に戻る。
「へぇー、それで試合は途中で中断しちゃったわけなんだー」
漆原は翠央との練習試合で起こったことを、余すところなく細谷に説明した。
「それで? アナタは何様のつもりなの?」
「はあ?」
「アナタってまだ私に一度だって、勝てたことすらないのに、人に八つ当たりできるほど、偉いの?」
「それは……」
「言えないよね? 言えるわけないよね? それって元を正せばアナタが悪いんじゃないのかな? アナタが不甲斐ないからチーム仲を悪化させることになったんじゃないのかな?」
「…………」
「まぁ私はバイト代を貰ってアナタを指導しているわけだから、アナタのチームがどうなったって面倒は見切れないけれど、アナタが不甲斐ないとなると、それは私の責任だから。アナタは技術もそうだけど、それ以前に根性も叩き直してあげなきゃダメみたいだね。さあ、かかってきなさい。お仕置きの時間よ」
「クソがぁあ!!」
漆原はまるで飢えた獣のように、乱暴に、乱雑に、細谷へと向かっていった。
しかし、だがしかし、ボールはまるで細谷の身体の一部かの如く、ハンドリングも、ドリブルも、全てにおいて無駄がない。
だから、なので、故に、漆原に付け入る余地なのど、微塵もなかった。
(ハンドリングとは、ボールを持った状態で行うボール捌きのことである)
「なに? その程度なの? 冗談はやめてね。面白くも何ともないのだから」
「ふざけんな!!」
「ふざけてるのはアナタの方ではないかしら?」
漆原のあらゆるディフェンスを、そのことごとく躱して、シュートを決める。
どうやら、この1on1はオフェンスがシュートを外して、ディフェンスがボールを手にしない限り、攻守が入れ替わらないシステムのようである。
「アナタってディフェンス好きなんだっけ? いつまでディフェンスしてるつもりなの?」
細谷は漆原を煽り立てるように、挑発するような、言葉を次々と投げかけていく。
「はあ……はあ……! クソッ!」
「オフェンスするのも疲れてきちゃうね。いつになったら、アナタは代わってくれるのかしら?」
「言わせておけば!!」
「そんなんじゃ誰にも勝てないよ?」
細谷青葉という女性は一体全体何体、何者なのだろうか?
「悔しい?」
「…………」
「悔しいと思えるのなら、もっと強くなりなさい。スポーツは楽して強くなれるなんて甘いものじゃない。強い者たちの笑顔の裏側には、苦しみが隠れている。勝って笑うためには、勝つための努力しなければならない。例えそれが地獄のような道であっても」
こうして、そうして、ああして、どうして、2人の夜は更けていった。
細谷さんの「笑顔の裏側には苦しみが隠れている」というセリフは、実は歌手のmiwaさんが歌っている「ホイッスル」という歌から拝借したセリフだったりします。
「喜びの裏に苦しみが隠れてる。誰にも言えないこともあったでしょう」という歌詞なのですが、スポーツをやっている人なら、とてもジーンと来るいい歌詞ですよね。




