婚約破棄された私は、助けてくれた心優しい魔王様と幸せに過ごします
「君とは婚約破棄させてもらう!私は真実の愛を見つけたんだ。この愛は誰にも邪魔できない」
この国の第一王子、ウィリアムが王宮にやってきた私に対しそんなことを言ってきた。
「……国王陛下はなんと?」
「父上も認めてくれているよ!だから君とはもう婚約関係ではない!」
「そ、そうですか……」
「あぁ、そうだ。それから君を秘密裏に亡き者にするという話も上がっていたが、私のおかげで国外追放だけで済んだんだ。有難く思うといいぞ!」
私は目の前が真っ暗になる。そもそも処罰される理由も分からないが、おそらく邪魔になるとでも思ったのだろう。
そのまま私は肩を落としながら実家へと帰り、父上に話を伺いに行く。
「本当に済まない、アンジェリカ……」
「いえ、きっと私に魅力がなかったのですよ……」
「そんなことはないっ!だが、どうしようもないのも事実だ。私の領地に匿うから荷物をまとめなさい」
父は苦しそうな表情でそう言う。私としては父も、ここには居ない母も私のことを愛して育ててくれたので感謝こそすれ、迷惑をかけるつもりは無い。
「いえ、第一王子から国外追放だと言われておりますので。馬車で辺境まで送ってくだされば明日には出ていきますわ」
「何故だ!陛下には追放したと伝えるからどうか……」
「私はお父様にも他の家族にも迷惑をかけたくないですわ。だから国外で頑張ってみますね」
とは言っても、王妃教育を幼い頃から受けていたため、生活能力は無いに等しい。しかし、万が一匿っていることがバレてしまい、一族郎党が罰せられることになれば私は後悔してもしきれないだろう。
「もう、決めたことなのか……?」
「えぇ、決めました。いつか落ち着いたら手紙を寄越しますね」
「あぁ、待っている。いつまでも待っているからな!」
「はい、お待ちしていてください」
私は昔からやると決めたことは曲げたことは無い。そのため今回も父は渋々受け入れてくれた。
「そんな悲しい顔をしないでください。私は大丈夫ですから」
何の根拠もないが、父を安心させたくて、笑顔でそう伝える。
「本当にすまない……。アンジェリカ、愛しているぞ」
「はい。私もです」
このまま話しているとここに残りたくなってしまう気がしたので、私はそそくさと部屋を出る。
「でも、どうしましょうか」
文献では料理や生きる術を見たことはありますが、いざ自分一人でできるのでしょうか。
「考えていても仕方ないですね」
そうして私は必要な荷物だけをまとめ、この家での最後の夜を過ごした。
翌朝、父や幼い頃に私を育ててくれた従者の方々が見送りに来てくれた。
「アンジェリカ、絶対に生きていてくれ。そうすればいつか必ず会えるだろう」
「えぇ、私も1人で頑張りますので、お父様も国のため、家族のために頑張ってくださいませ。では……」
そうして父との別れを済ませ、馬車に乗り込む。
気丈に振る舞えたと思うが、実際は最愛の家族と別れることがとても悲しく、馬車の中で1人静かに泣いていた。
数日間馬車に揺られ、辺境の街にたどり着く。
「ここが辺境……さらに関所を出て他の国に行かねばなりませんのよね。頑張らないと」
そう言って気合いを入れ直し街を出る。父上がお金を持たせてくれたが、節約する為に歩いて他国へ行くことにした。道なりに進めば普通の人でも迷うことはないらしい。
今歩いている森からは隣国と魔王領へと向かうルートがある。魔王は人類とはるか昔から対立しており、今でも争っているのだとか。
そんなことを考えながら歩いていると、ふと道が別れていることに気がつく。
「この道を真っ直ぐ行けば隣国だと衛兵さんに言われたのですが……」
しかし、途中で道が別れてしまい、さらには他の人も見つからない。
「どうしましょう……」
少しその場で考え、おそらく隣国の方向であろう道を進むことにした。
「方向さえ合っていればおそらく大丈夫でしょう」
最初はそんなことを考えていたが、どうしてか歩いていると段々と息が荒くなり、足元もおぼつかなくなってきた。
「どうしてでしょうか……。道を間違えてしまったの……?もしかして魔王領へ間違えて入ってしまったのかも……」
疲労感や目眩でありもしないことを考えてしまう。さらに以前、文献で魔王領は瘴気のようなものが漂っており、普通の人間は入ってしまったら動くこともできなくなると書いていたことを思い出しました。
そうして私は意識を失い、森の中で1人、倒れてしまった。
しばらくして目が覚めると、小さなベッドの上だった。
「うっ……ここは……?」
「ここは森の中の小さな小屋だ」
「小屋?」
体を起こすとそこには優しそうな青年が立っていました。
「森の中で倒れていたんだが、大丈夫か?」
「あっ、大丈夫ですわ」
「それは良かった」
「えっと、ここはどこなのでしょうか?」
「んー、なんて説明すればいいかな。あ、君が倒れていた森の奥の方だよ。どうしてあんなところで倒れていたのかは分からないが、行く宛てがないならここにいてもいいよ?」
「本当ですか!?お願いします!」
どうやら道に迷って、歩きなれていないこともあり倒れてしまったところを助けられたようだ。それに隣国に行けたところで生活できるかも分からない。であれば私を助けてくれた青年の好意に甘えさせて貰おうと思い、返事をした。
「ここなら何があっても安全だ」
「貴方様がそういうのであればそうなのでしょう」
「随分と信頼してくれてるんだな?」
「えぇ、こんな私を助けてくださいましたから」
「まぁ、以前何かあったのかもしれないけど、色々と教えるからのんびりと暮らしていこうよ。私も話し相手がちょうど欲しかったから」
青年はそう言って笑いかけてくれる。王子も整った顔立ちだったが、この青年は人を惹きつける魅力のようなものがある。
そのまま数週間、私は農業や裁縫などを教えて貰いながら生活を共にする。
彼の教え方は上手く、それに厳しくもなかったため、私も学んでいてとても楽しかった。唯一の懸念は体力がなく、農業などで桑を振るっているとすぐに疲れてしまうことだろう。そんな時は彼が手伝ってくれ、一緒にそんなことをしている時間はとても楽しく、幸せだった。
彼からは唯一のお願い事として敷地内からは出ないように言われたり、なんでも揃っているこの場所を不思議に思いもしたが、彼もこちらのことを聞いてこないのでこちらも詮索しないことにした。
ここに来てから2ヶ月が経ち、生活にも慣れてきた。体力も少しずつつき、彼の手伝いがなくても1人で畑仕事ができるようになった。彼と一緒にいられる時間が減ったのは少し寂しいが、役に立てているので気にしないようにした。
それからしばらくして彼が頻繁に外に行っている様子だったのが気になり、かなり前の約束だったこともあり約束を違え、敷地を仕切っている柵から少し外に出てしまう。
するとそこには……
「えっ、魔物……?」
少し先に、普段は魔王領にいるがたまに王国領にやってきては人を襲うという魔物を見つけた。
私は驚きつつも、声をあげないように小屋に戻った。その後少ししてから彼が戻ってきたが、少しよそよそしい態度になってしまった。
「私はどうすれば良いのでしょうか……」
青年はここにいて良いと言ってくれるが、ここはおそらく魔王領。始めてきた時に倒れたのもやはり瘴気のせいだったのだろう。それに人がいてはいつ襲われるのか分からない。
そんなことを考えていると彼から私は質問をされてしまう。
「ん?何かあったか?」
「い、いえ、なんでもないですわ」
「口調がいつもと違うけど?」
「うっ……それは……」
ここに来てから数ヶ月が経ち、お互い打ち解けたため、口調は貴族がするようなものではなく、平民の方々がするような砕けたものになっていた。しかしそれが仇となり今回の変化には気付かれてしまったが。
「……もしかして柵の外に出てしまった?」
「申し訳ありません……」
素直に出たことを伝える。もしかしたら食われてしまうかもしれない、そんなことを考えながら。すると彼は苦笑しながら話し出す。
「それなら隠すことはできないね。ここは確かに魔王領だ」
やはり、と納得する。
「しかし勘違いしないでほしい。別に君をとって食おうなんてことは考えていない。そもそも人を食べる魔物はほんのひと握りだ」
「そうなのですか?」
「うん。それに、そういう魔物以外は基本争いを好んでないしね」
「えっ、でも未だに争いは絶えないと……」
「それは……人間がいつからか全ての魔の者は悪だと決め、攻め込んできているんだ。だから私は魔王として定期的に瘴気を発生させ、人が入れないようにしに行っている」
「なるほど……え?」
スルーしかけたが、今変なことを言っていたような気がする。
「魔王……?」
「あっ、軽率だった……。黙っていて申し訳ない。私が魔王ヴォルフだ」
「えっ、えぇぇ!?」
思いもよらない言葉に私は声を上げて驚いてしまう。
「驚かせてしまったな。だが紛れもない事実だ」
「そうなのですね……」
この状況、危険なのでは?と一瞬思ったが、先程彼が多くの魔物は争いを好まないと言っていたのを思い出し、心を落ち着かせる。それに彼がどんな人であろうと、私を助けてくれたことも優しく接し、色々教えてくれたのも紛れもない事実だ。今はそれよりも心配なことがある。
「……私には行く宛てもありませんので、ヴォルフ様さえ良ければ私をこの場に残して頂けませんか?」
「私は構わないんだが、本当にいいのか?魔物だけでなく力を持つ魔人もいるんだぞ?」
「それは、ヴォルフ様が全ての魔の者が争いを好んでいる訳では無いとおっしゃいましたし」
「そうか……。君が良いのなら私が断る理由もない。それに森の中で1人で涙を流しながら倒れていた少女を放っておけるわけもないしな」
「えっ、あの時私泣いていたのですか?」
「あぁ。だからこそ助けたいとも思ったんだ。助けたことは後悔していない」
確かにあの時は苦しく、心細い思いでいっぱいだった。それに彼がいなければどの道途絶えていた命だ。それに、本心では離れたくないと思っていることを考えると、私はいつの間にか彼に惹かれていたのかもしれない。そんなことを考えていると自然と言葉が出ていた。
「ありがとうございます。では私は命が尽きるまで、貴方様の為に働きたく思います」
「……自由に生きてもいいし、そのために私も協力は惜しまないぞ?」
「いえ、私の命は貴方様に救われたのですから、既に私は貴方様のものです」
行く宛てもなく今後したいことも無いので、恩人であり想い人である彼のために一生を捧げるのもいいだろう、と思っていたら彼がとんでもないことを言ってきた。
「ならば私の伴侶にならないか?」
「……え?」
「助けた時に一目惚れをし、一緒に過ごすうちに惹かれていたんだ……私と結婚してくれ!」
思いもよらない言葉にたじろいでしまう。
「やはり駄目か……?そもそも私は魔王だし、騙してしまっていたからな……」
そんな風に落ち込み、しおらしくなる彼が愛おしく思え、返事を返す。
「ダメではありません。それに私も気付かぬうちに貴方様に惹かれていたようです。だって、そうでなければ、こんな風に結婚してくれと言われて胸が高鳴るはずがないですもの!」
彼に向けて、私の本音を伝える。一緒に過ごすうちに彼の人柄に惹かれてしまっていた。彼が魔王だとかそういうことは今は関係ない。
「いいのか……?」
「えぇ、貴方様がいいのです。私を捨てないでくださいね?」
「当たり前だ!これからよろしく頼む」
そうして私は魔王様と結婚することになった。その日の夜は私が国にいたときのことを話したが、もしかしたら彼が人間に対して悪い印象を持ってしまったかもしれない。けれど、私のために怒ってくれる彼をますます好きになってしまう。
その後、私は魔王様の妻として発表された。本当に人間に悪意や殺意を持っている魔物や魔人は少ないらしく、快く受け入れて貰えた。
それから数ヶ月後。
「アンジェリカ、今日もお疲れ様」
「ヴォルフこそお疲れ様。夕食はできてるからね」
お互いを名前で呼び合うようになった。私は以前と変わらず畑仕事や裁縫などをたまにしに来ては、幸せな日々を過ごしている。料理も練習をし、彼に美味しく食べて貰えるくらいには成長した。
「今日も美味しいよ」
「ふふっ、ありがとう」
そんなことを話しながら私たち2人きりで小さな小屋で過ごしている。魔王様との結婚ということで城へと移ったはいいが、することもなかったので定期的にこちらへ来てしまっている。
それにこちらの方が2人きりで落ち着いた空気でのんびりといられるのも大きいだろう。結婚してからも彼への想いは膨らんでいく一方だった。
そうして結婚してから数ヶ月が経ち、幸せだった私へひとつの情報が届く。私の住んでいた王国の国王が病死したため第一王子が国王になるはずだったのだが、第二王子派の勢力が大きく、内乱が起こっているそうだった。
「お父様、お母様……」
私のお父様は中立の立場だった。そのためどちらかに付かなければ孤立してしまい、内乱に巻き込まれ何かあるかもしれない、そう考えると私は心配でいてもたってもいられませんでした。もしかしたら私と別れた時の苦しそうだったお父様もこんな気持ちだったのかもしれません。
「アンジェリカ……もし、君の両親を救えるとしたらどうする?」
彼は情報を聞いた後で、そんな提案をしてきた。私はお父様達を助けたい一心で彼にお願いをする。
「それは……!お願いします。どうかお助け下さいっ」
「あぁ。任せてくれ」
そうして姿を消したと思ったら、しばらくして両親だけでなく、仕えていたメイド達も連れて戻ってきた。彼曰く、魔王というのは、普通の人の扱えない魔法という力を使える王らしい。おそらくその力を使って助けてくれたのだ。
「アンジェリカ!」
「お父様!お母様!」
「アンジェリカが無事で良かったわ……」
「お母様……心配をかけましたわ」
「アンジェリカ……本当に、また会えて良かった……」
「お父様、私もとっても嬉しいですわ」
自分たちも危険な立場だったはずなのに私のことを心配してくれる。簡単に聞くと、お父様達は以前から国に不審を抱いていたため、今回のヴォルフの話で私のことが出た時点でこちらへ来ることを決めたそうだ。
そうして、家族や使えてくれている人達の無事を確認し、彼にお礼を言う。
「ヴォルフ、本当にありがとう……私の命だけでなく、家族のことも助けて貰って……」
「気にするな。夫として妻の願いを叶えるのは当然のことだろう?」
そう言って安心させようと笑いかけてくれる彼が眩しく、そしてとても心強く感じられる。そのため私は笑顔で返事をする。
「うん、本当にありがとうっ!」
「その笑顔が見れて私も満足だよ」
そんなことを話していると、両親がこちらを見ていることに気付く。
「あっ、こちら私の夫のヴォルフです」
「初めまして。ヴォルフと申します」
「あ、あぁ、初めまして。今回は助けてくれてありがとう」
お父様は緊張した面持ちで質問をする。
「……ちなみにここはどこなんだ?」
「魔王領ですよ」
「なっ!?」
私がそう答えると、お父様達は驚きや恐怖の表情を顔に浮かべる。
「落ち着いて、それから話を最後まで聞いてください。魔王領と言っても、魔物が襲ってくるわけではありませんし、そもそも人と争う魔物はほんの一部分だけです」
「そ、そうなのか?」
「はい。だから現に私も無事でしょう?」
「そういえばそうだな……」
私は長い間ここで暮らしていたため、ここは安全だと確信を持って言える。その後、ヴォルフに案内され、魔王城へと入る。そこでヴォルフのことなどを色々と説明をし、その度に驚かれたが最終的には受け入れて貰えた。
「お父様たちが受け入れてくれて良かったよ……」
「そうだな。私としても妻の親と話し合うとは思ってなかったから凄く緊張したよ」
「お願い事、聞いてくれてありがとう」
「あぁ、これからももっと頼ってくれていいんだぞ?」
「善処しますね……」
まだ頻繁にお願い事をするのははばかられるが、そう言ってくれた彼の声色はとても優しく、私を包み込んでくれるようだ。
それからお父様達は城で働き、今後人間の国と交流することがある時には架け橋になるという条件で魔王領に住むこととなった。ヴォルフは何かさせるつもりはなかったそうだが、お父様達が聞いてくれなかったそうだ。
そうして私の唯一の懸念だったお父様達のことも解決し、2人の間に子供も生まれ、魔王領にも人の子が住むようになった。そんな以前なら考えられないような光景を2人は寄り添いながらしみじみとして見ていた。
その後何年もかけ、魔王領は魔王様の元、どんどん発展していった。もちろん私は妻として、彼のことをすぐ側で支えながら。
その後、子供に魔王の座を譲った彼と一緒に私はずっと幸せに過ごした。
婚約破棄から始まり、たまたま魔王領に入ってしまったら、心優しい魔王様に拾われて結婚して幸せになる。こんな人生になるなんて予想もできなかったし、誰にも分からなかっただろうが、私は彼と出会えてとても幸せだった。
そんなことを考えながら私は彼と共に、深く、そしてとても長い眠りにつく。けれど、きっと夢の中でも彼と一緒なら幸せに過ごせるだろう。そう確信しながら……
読んでいただきありがとうございました!
時間経過とか、背景設定とか、描写が甘かったり勢いで書いた部分が多く、拙い文章だったかも知れません……
そんな中、最後まで目を通してくれた皆さんにはとても感謝しています!
婚約破棄された後、破棄した相手と関わらずに幸せに過ごして欲しいという気持ちをそのまま書き出したようなストーリーにしたいと思っていましたがいかがだったでしょうか。
今回は誠にありがとうございます。また機会があれば私の作品に目を通していただけると幸いです。