一回目 始まり
この小説には気分を害するような表現があります。閲覧時お気をつけください。
どれだけ大切に出来るか、なんて、予測はつかないけど。
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「ぅ、……っ」
「ほら、立てよ
まだ動けんだろ」
空良はそう言って、倒れたままの海月の横腹を蹴った。
どすっ、と鈍い音。
「っ……!!」
海月は声にならない声をあげて、腹を押さえた。
「え、何、もしかして痛いの?
痛い訳無いよな、だって痛くしてねぇもん」
腹を押さえて蹲った海月を見下ろして、空良は笑いを含んだ声で言う。
「ほら、立てよ」
もう一度、腹を蹴る。
鈍い音と、短い呻き声。
「立てっつってんだろ」
空良は笑うのを止め、声のトーンを低くして言う。
空良は舌打ちをして、それでも起きなかった海月の前髪を掴んで、空良は無理矢理海月を立たせた。
「ぃ、た……っ」
「んだよ、聞こえねぇよ
ほら、はっきり言えよ」
「い、たい」
「……ふーん」
痛い、と言った海月が気に入らなかったのか、空良は膝蹴りを海月の腹に入れた。
「ぐ、ぅ」
海月は苦しそうな声を出して、空良が髪を離したことで支えを失い、床に崩れ落ちた。
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空良と海月はどちらも両親が居らず、一緒に暮らし始めてからは海月が家事を担当している。
ただ、海月は絶対に外に出られなかった。
しかし、海月はそんな空良のことを悪くは思っていなかった。
ただ、一つ難点があった。
空良はいわゆるヤンデレで、海月への気持ちを海月に暴力を振るうことで表現している。
だから、海月の身体は痣や生傷が絶えなかった。
しかし海月は外に出られないからそんなことは人目につかなかった。
逆に言えば、空良が外で自然に振る舞って居る為、空良が海月に対して振るっている暴力のことは誰も知らない。
知っていたとしても、誰にも言えない。
他の誰かに言ってしまえば空良に殺されかねないから。
助けたいけど、自分の命が惜しい。
だから、知ったとしても、誰にも言わない。
それより、海月は助けを求めない。
求めたって無駄だから。
それに海月は空良の暴力が愛情表現だと分かっているから、それに耐えている。
どんなに苦しくても。
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身体中を痣だらけにした海月は、家路へと急いでいた。
今日は特別に外に出ることを許されていた。
条件付きで。
「半日以上家に帰って来んなよ
絶対だからな」
「……うん」
そして、半日経ち、海月は家に帰ろうとしている。
おぼつかない足取りで。
ひょこひょこと右足を引き摺りながら歩く様は痛々しかったが、端から見れば格好の獲物だったのだろう。
海月は、後ろからついてくる足音に耳を澄ませながら足を早めた。
後ろからの足音も早くなる。
かつかつかつかつかつかつかつかつかつかつかつかつ
「━━━━━っ!!」
海月はあまり動かない右足に力を無理に入れ、走り出した。
ズキ、と足が痛む。
昨日蹴られた腹も、痛みが酷くなってきた。
曲がり角を曲がったところで、海月はあまりの痛さにうずくまってしまった。
足音は海月のすぐ後ろで止まった。
「海月」
海月はぼんやりとしてきた意識の中、聞き慣れた声がした方へ首を向けた。
「病院、行くぞ」
その影は、そう言って海月に手を伸ばした。
「そ、ら……?」
海月は意識が薄れていくのを感じながら、伸ばされた手を取った。
そして立とうとした。
しかし、海月の身体はぐらりと傾いて、空良に預ける形になった。
「空良、ご、め……」
「俺が悪いから。
海月は謝んなくていい
ごめんな、海月」
海月の身体は宙に浮き、海月は意識を闇に落とした。
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朝。
目が覚めて、一番に目に飛び込んだのは白い天井。
海月は痛む身体を宥めながら、身体を起こした。
横には空良が眠っていた。
海月が身動いだ時に起きた振動で目が覚めたのか、空良は目を半分開けた。
「起きたんだったら起こせばよかったのに……」
「気持ち良さそうに寝てる人を無下に起こせないよ」
「傷はどうだ
結構中身ぼろぼろらしいけど、まだ痛いか?」
「ちょっとだけ痛い、よ…………!?」
空良の顔をはっきりと見た海月はぎょっとした。
空良は泣いていた。
「俺が悪いんだよなぁ……」
「そ、ら……?」
「海月、ごめん、な」
涙をぼろぼろとこぼしながら謝る空良に海月はどういう対応をすれば良いのか分からなかった。
「痛いって言ってもそんなに痛くないよ?」
「でも身体に傷、が
女なのに、傷あった、ら」
空良は溢れている涙を無視して、話を続ける。
「ごめんな、本当にごめん」
空良はただ、謝る。
「……空良」
少しの沈黙の後、海月が口を開いた。
そして空良の目元に溜まっている涙を拭う。
「泣かなくていいよ。
空良の愛情表現の仕方だもんね。
いいよ、これからも受け止めるから」
「その話、何だけど、さ」
空良は自分でも涙を拭った。
「もう、暴力、しないから」
「…………へ?」
「だから、海月の身体を綺麗なままにしてたいから、さ
もう、暴力しない。絶対に」
「空良は、いいの?
それでいいの?」
「もう決めた
俺は海月しか相手にしない
別の意味で狂って愛す」
「狂うのは変わり無いんだね」
空良の真面目な申し出に、海月はくすくすと笑った。
「笑うなってば」
「ごめんね、でも、」
「うん?」
「絶対にもう暴力振るわない?」
「絶対。約束する」
そう言って、空良は小指を差し出した。
海月も空良と同じように小指を差し出す。
「指切り、ね」
「ん」
指、切った。
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その後、海月は順調に回復し、無事に退院した。
傷痕は日が経つに連れて薄れていった。
そして、海月の身体に傷が増えることは無かった。
「(本当に暴力振るわないんだなぁ)」
海月はリビングのソファーに座ってくつろいでいる空良を見て思った。
本を顔に被せて眠っているフリをしていた空良は、自分から興味がそれた海月を本を少しずらしちらりとみた。
そして、にやり、と笑った。
悲劇はまだ、始まったばかりだ。