神様の仕事(3)
その日、ある者は光の柱を見たという。
またある者は地に突き立つ剣を、そしてある者は地を焼く雷を。
その全てはある意味では正しく、また不正確なものであった。
「こんなところでしょうか。」
倒れ伏す無数の獣たちを見下ろしながらファラは一息つく。
一様に白目をむいてピクリとも動かない。
ほんの数秒前までは威勢の良い姿を見せていたのに今は面影など何処にもなかった。
「でもこれ本当に大丈夫なんですか?」
『疑問を確認。肯定します。』
「ならいいのですが。」
ファラは一向に目を覚ましそうにない死屍累々へ不安そうな顔を向ける。
やったことは以前王の間での事と何も変わらない。
ただ頭の特定の部分の活動を強制的に止めることによって意識を奪っただけである。
今回は遠くまで何かが起きている事を知られるために、わざわざ演出として目が潰れんばかりの光の爆発を起こして見せたが、それそのものには眩しい以外の効果は何も無かった。
「これで本当にまとまるのでしょうか?」
『確率は二八パーセント、これからの対応によって最大九六パーセントまで上昇します』
「つまりまだ終わりじゃないという事ですか。」
うんざりした様子でファラは肩を落とす。
そんな姿に応えるようにして四方八方から地響きが押し寄せてきた。
迫りくる雪崩の如き轟音、大地を揺らしながら姿を現すのは、まったく統一感のない雑多な者たち。
角を持つ者、獣の耳を持つ者、羽を持つ者、鱗を持つ者、四つ足から二つ足から百足から。
とにかく様々な者たちが一様に集った。
「うわぁ。」
思わず嫌そうな声を漏らす。
血に濡れた姿を見て、傷を負った姿を見て、今まさに彼らは命のやり取りをしていたのだ。
それなのにも関わらず、平然とその相手を隣に置いて驚愕しながらファラを見ている。
あまりにも割り切りが過ぎないか。
薄気味悪さすら感じるが、それは今大切な事ではない。
目の前の光景に動揺する者たちに語り掛ける言葉は何が良いか、考えながらファラは口を開く。
「こんにちは。私はこの山の新しい神様……です。」
少しばかり宣言は躊躇う。
神様としての自覚の無さがそうさせた。
「神? お前が?」
「ホラじゃないのか?」
「でも見ろよ、みんな死んでるぜ?」
「まさか一人で? 本当に?」
ざわざわと半信半疑の声が書く方向から上がってくる。
「そんなの試して見りゃいいんだよ。」
ずいっと体を出してきたのは大きな体を持つ豚頭。
筋肉の上に分厚い脂肪を纏った肉体は、余程鋭利な武器を使用しない限りまともにダメージを与えられない鎧のようなもの。周りに立っている同族と比較しても体は一回り大きく、集団の中で比較的偉い地位にいることは宣言に対する同族の反応から容易に分かる。
「そういうの、さっきやったばかりなんですが。」
「おいおい、まさか怖気づいたのか?」
ぐふふ、と最近よく聞くものと同類の言葉。
この流れは相手をしないという選択肢は事実上存在しないもの。
ファラは気だるげな表情で一歩足を進めて相手をするとの意思表示。
「うおおおおおおお!! ……お、おお? おおお?!」
威勢よく踏み込んで突進の構えを取っていた豚頭は今、宙にいる。
持ち上げられた子供の用に足をバタつかせ、覇気の込められた咆哮は動揺の色が濃くなった。
どれほど動いても一向に思い通りにいかない体に顔が引きつっていき、それから恐る恐るといった様子でファラの方へ視線を動かす。
目が合った。
ファラは出来る限りの、しかし疲れの見える笑みを浮かべる。
「へ、へへへ……。」
笑みに応えるように引きつった笑いを浮かべる豚頭。
次の瞬間にその頭は地面に突き刺さっていた。
ぐったりと体は力を失い、しかし埋もれた頭が根っこのようになって倒れないように支える。
もちろん昏倒しただけで命はあった。
「それで、他に異議のある方はいらっしゃいますか?」
ファラの言葉を受け、殆どの者たちが尻込みしつつ武器を手放していく。
つまりはこれで一件落着。
思いのほか早く問題が解決した事にファラは安堵した。
「は! なんだなんだ? どいつもこいつも、この山には臆病者しかいねえのか?」
地面に巨大な剣を突き立て、周囲を嘲笑う者が一人。
銀色のキラキラ日の光りで輝く鎧を身に纏い、長い金髪を風になびかせた人間の男だ。
長髪の言葉に周りの者たちが怒りの目を向けるも、まったく意に介していない。
「何をしたか知らないが、こんな小娘一人に怖気づくなんて情けない話だぜ。この様子じゃ俺様が殺す予定だった蛇も大したこと無かった感じだな。」
「アナタは?」
「あ? 俺を知らないのか? まったく、どんなド田舎から出てきた未開人だよ。」
何故か侮辱の言葉を男は織り交ぜて呆れる。
驚いたのは、それが純粋な感想で悪意を持って言っているわけではない点だ。
「俺様は人類最強の男。世界で唯一のオリハルコン冒険者。どこぞでは魔王を倒したとかいう雑魚どもが話題みたいだが、実力では俺の方が遥かに上だね。」
「別にそのような話は聞いていないのですけど。」
「俺の実力を分かりやすく説明してやったんだよ。そんな事も分からないのか?」
なぜこの男はこれ程までに執拗に挑発を行うのだろう?
別に強さに興味はなく、最近来たばかりなのでよく知らないというのはもその通り。
普段からこの調子なのか。
そう言えば周囲に仲間の姿のようなものは一つも見当たらない。
話を聞く限りとても凄い人間なように思うのだが、余程人望が無いと見える。
「あの、良ければ私が友人になりましょうか?」
「その頭本当に脳みそ詰まってるのか? 下僕なら兎も角、まさか自分が俺様と対等だと思ってるわけ? 自分を過大評価するのも大概にしとけよ未開人。」
「なんだか酷い言われようです。」
「ガキが少しペテン出来ただけで調子に乗るなって言ってんだよ。それとも一回可愛がってやらないと分からない野人だったか?」
男は下品な笑いを浮かべ舌なめずりする。
どのように育てばこのような人間が出来上がるのか興味が無いわけでは無いが、あまり真面目に相手をするのも面倒になった。
ファラが神であることに異議があり、そして戦う意志があるのならばやることは一つ。
「なんだ? 手なんか向けて。まさか俺にもあの手品をやるつもりか? やめとけやめとけ、俺様は数多の無効化スキルを持ち、この鎧は魔法に対する完全なる無効化能力を持っているんだ。お前がいくらペテンの天才だったとしても俺には何も通用しな――――。」
ふわりと男の体は宙に浮かんだ。
全ては純粋な物理の法則、魔法など初めから使っていないのだから当然だ。
なんとも間抜けな顔をする。
『どうしますか?』
明らかに取り乱してバタバタと暴れながらも、剣を振り回し不可視の斬撃をファラへ飛ばす男。動揺しているだろうに、それでもなお全て的確に命中させている点は評価に値するところだ。
しかし、今まで話した中で国王以上に対話が絶望的な相手への対応など決まっていた。
「適当に遠くへ飛ばしましょう。死なない感じで。」
『了解しました。適切な速度まで加速させ、その後に射出します。』
男の体が円の動きでぐるぐるとファラの頭上を回り始める。徐々にその速さは増していった。
遠心力に耐え切れず手放された剣は明後日の方へ飛んで行き、しかしまだまだ加速は終わらない。
猛烈な勢いが悲鳴すらかき消して、身に纏う鎧すら何処かに飛んで、ようやくその体は解放された。
「――ぁああああああああああああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――。」
遥か彼方、斜め四五度の角度で男は空へ突き進み、あっという間に姿は見えなくなった。
静かになった後、ファラは他に講義をする者がいないかグルリと周囲を見回す。
「他に、何か言いたい方は?」
最早何か言いたい顔は一つも見当たらなかった。