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私だけ色々おかしくないですか?  作者: 狐囃子 星
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山の神様(1)

 湿った空気、しっとりとした床、ヒンヤリとした空気で意識が戻る。

 瞳に映るのは薄暗くとても広い空間。

 崩れたのか、初めからそのように空いていたのか分からない穴から日が射し、宙に浮かぶ微細な粒子たちがそれを受けてキラキラ、チラチラとあたりを照らそうと無駄な努力をしている。

 ファラが体を起こしたのはやや端の方で影になっているところだ。

 ふんわり感触の厚い苔は青々とした見た目のわりに含む水分は少ないようで体は濡れていなかった。

 グルリと見回る。

 何処かの広間、聖堂のような場所だろうか。

 空間は縦長で入り口と思われる石の門は長らく開かれていない事をツタやツルで身を飾り、壁と見紛う姿になる事で示している。そこと対局の方向にあるファラから遠く離れた場所、奥には人のような形をした巨大な石像が立っていた。

 石像は屋内にあった事が幸いしているようで見た目の劣化は少ない。

 しかし本来持っていたのであろうとりどりの色は、ところどころに残滓を残すのみで殆どが失われてしまっている事が目を凝らすと分かる。

 それだけ長い時間のあいだ、この空間には誰も立ち入っていないのだろう。

 『期間は五〇年と推定します。』

 「ひゃわ?!」

 突然の声。

 それは耳から聞こえたものではなく頭の中に直接言葉が浮かんでくるような、未知にして不思議極まりない方法で伝わってきた。

 「だ、誰ですか?」

 『質問に対する答えを検索――お答えします。私はアナタに備え付けられたサポートシステムです。どうぞよろしくお願いします。』

 「……さぽおと? そなえつけ?」

 『思考の混乱を確認。混乱の原因を分析。分析の結果を報告します。記憶の一部が現在呼び戻せない状態にある事が原因です。物理的な修復は記憶の喪失可能性がある為、時間による自然回復を推奨。自然回復における記憶の完全修復確率は九八パーセント。』

 「え? え?」

 頭の中で矢継ぎ早に言葉が流れて行く。

 まるで知らないもう一人の自分が延々と喋っているような感覚は、ともすれば自我と言う絶対だと考えていたものに対して無意識に不信感を与え、自己の曖昧さが際立つ。

 『現在の状態を説明する必要があると結論。貴方は異世界にいます。』

 「それは、なんとなく分かります。」

 女神がそう言っていた。

 それはハッキリと覚えているし、夢ではなかった事を見れば朧げに浮かぶ手の紋様が示している。

 『異世界へ向かう以前、アナタはアウクシリウムの一部隊に回収された後に改造手術を受けました。疑問を確認、お答えします。アウクシリウムは多次元宇宙連合軍の俗称であり、その目的は――情報の欠損を確認、申し訳ありませんが修復までお待ちください。――アウクシリウムはアナタを改造後、突如として消失、何らかの攻撃を受けた可能性があります。以上の理由により、アナタは死んだと判断され女神が回収を行ったと推測されます。』

 「待ってください待ってください意味不明な単語が多過ぎます! そりゃ異世界転生で死ぬのはお決まりかもしれませんけど、なんで私改造されているんですか?!」

 『改造手術の理由に関する情報は欠損しています。申し訳ありませんが修復までお待ちください。』

 「じゃあ、どうして私はキャトられたんですか?」

 『検索、情報は欠損しています。申し訳ありませんが――。』

 肝心な部分は都合よく欠損しているらしい。

 改めて自分の体を見る。

 記憶にある足、記憶にある手、記憶にある体、記憶にある学生服――どこも弄られたような形跡は外的に存在していない。しかしサポートシステムと名乗る声が何よりも、改造の事実を物語っていた。

 『頭上より落下物の可能性を確認。』

 「え?」と間抜けな声を上げてファラは見上げた。

 同時に穴の開いていた天上の一部がガラリと音を立てて崩れる。

 着実に、そして確実にその重い体は下にある小さな物体を押しつぶす為に迫ってきていた。

 「ヒキャアアアアアア!!」

 ファラは咄嗟にその場から飛び出す。

 危機を前に肉体は限界を超えた超人的な力を発揮し、瞬く間にその場の苔を摩擦と衝撃波で巻き上げながら石像へと矢の如く突き進んだ。

 勢いのままに衝突し、大砲の一撃と言っても過言ではない威力で煙を上げながら石像を粉砕。

 そして落下してきた巨大な石の塊が巻き起こす轟音が堂内に反響した。

 「いてて、て?……あ、痛くない。凄い。」

 大小さまざまな石像だった石の中から体を起こしつつ、一応は自分が無事な事に安堵した。

 『損傷率はゼロパーセントです。』

 「私のハートはボロボロだよ。」

 一連の出来事。

 想像を遥かに超える運動に怪我一つない頑丈な体。どう考えても自分の知っている自分ではない。

 というか、どれも人類が生身でしてはいけない事だ。

 「――グッバイ、一般人の私。」

 ホロリと流れる涙は少しだけしょっぱいような気がした。


 「おやおや、こんなところにお客さんかね?」


 右、いや左?

 声は聖堂の中を反響して聞こえてくるためにその主の居場所が分かり辛い。

 『七時の方向に存在率の変動を確認。』

 「七時? というか存在率ってどういう意味ですか?」

 グルグル首を回していると一つ、明らかに怪しい変化を起こしている場所を見つけた。

 それはつい先ほど破壊した石像の立っていた台座の上。

 「これは……泡?」

 ファラが両手をいっぱいに広げたよりも一回り大きい、空間のゆがみの塊。向こうが見える程に透き通っており、七色に変化する膜は実際には存在せず曲面の境界のようなものだろう。

 「ほっほっほ、そう真剣な目で見つめられると照れるのう。」

 泡は次第に形を変形させ、どことなく人っぽい形になったかと思えば忽然と老人が姿を現す。

 髭は立ってなお膝に届くほどに長く、髪は同じ白色で癖が強いようでクネクネとしている。シワシワの顔の奥にある目は鋭く、考えの読めない光がキラリと光った。背が高い上に真っすぐ姿勢よく立っている事もあって口調のわりに威圧感がある。

 「神様じゃ。」

 「……はい。」

 「なんじゃなんじゃ、反応が薄いのう。」

 神々しく後光を纏いながら宣言した老人。

 しかしファラはまだ心的損傷から立ち直っていなかったので返しに力が無い。

 「まあいい。それでお前さん、いったい何者じゃ? ここのワシの像を壊すなんて普通では不可能なはずなんじゃがなぁ。」

 「もしかしてあの石像の持ち主の方ですか? それはなんというか、申し訳ないことをしてしまいました。ごめんなさい。」

 「かまわんかまわん。信仰無き今となっては所詮ただの石ころ。しかし、見事に壊して見せたものじゃなあ。ふむふむ、ほうほうほう。」

 なにやらブツブツと呟いては一人しきりに老人は頷いている。

 あっちを見てはファラを見て、そっちを見てはファラを見て、といった様子で何かを考えているようだ。チラチラ見られるのは居心地が悪く、また微かに聞き取れる「いっそのこと。」「まあいっか。」などの言葉は、一つ分かるたびに嫌な予感が増えていく。

 「よし決めた!」老人はカツンと力強く白い杖を台座に打ち付ける。

 「お前さん、今からこの山の神じゃ。」

 「……は?」

 「というわけで、最初にやらなければならない事じゃが――。」

 「待ってください! 勝手に話を進めないで、というか神様ってどういうことですか?!」

 嫌な予感を通り過ぎてわけが分からない。

 何をどう考えたら結果としてそのような結論が出るというのか。

 「ふむ。……まず、お前さん普通の人間じゃないじゃろ?」

 「不本意ながら。」

 「石像壊したじゃろ?」

 「その件は本当に申し訳ないと思っています。」

 「それで、コイツは神様に相応しいと思ってのう。」

 「だからドウシテソウナルノ?!」

 神様に相応しいの基準がまず分からない。

 老人はそんなファラの姿を見て楽しんでいるのか気持ちの良いニコニコ笑顔だ。

 「さて話を戻すが、最初にやらなければならない事、それは――。」

 その時、空から光が差した。

 天井があるはずの聖堂の中いっぱいに太陽が燦々と輝く姿が、太陽の浮かぶ何処までも突き抜けていける青々とした空が見えた。

 遅れて聞こえたのは音と言うには激しすぎる衝撃の波。


 ――神殺しじゃ。


 空が影に包まれる。

 太陽を飲み込んだ影は、あまりにも白かった。


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