いざ、異世界へ!
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今は混沌の時代である。
秩序の番人たる神が、秘密裏に異界より勇者を呼び寄せ、邪悪なる魔王軍に対して初めての勝利をものにした。
激戦のさなか、御使いは堅く隠されていた古の碑文を盗みだした。
それは魔王の隠された秘密である。
その身は仮初であり、真の体は遥か地の底にあり世界を壊すことが出来るほど強大である。
勇者の一人は魔王軍幹部に追われながら、決死の思いで急いでいる。
勇者の一人は御使いより託された碑文を持っている。
その碑文によって世界を救い、戦いに勝利の光を見つけることができる……。
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「なんですか、今目の前をスクロールしていったものは?」
「これまでの、あらすじみたいな?。」
「そんなサラっと流して良いんですか?! すごく大事が書かれていた気がするんですけど……。」
「ぶっちゃけもう解決してるから、アナタは気にしなくて大丈夫よ。」
目の前に立つのは雪のように白い衣を纏った美しき女性で、布の量が些か少ないために目のやり場に困る姿だ。ダイヤの輝きを持った金糸の如き髪は腰まであり、瞳は透き通った空を宿す。凛とした顔は戦士の強さと母の優しさを宿していた。その唇から発せられる言葉の一つ一つは宝石のように耳を通って頭の中をキラキラさせる。
一方、ごく普通の少女であると自負するファラがペタンと座っている床は広間のようだ。
円を作るように純白の柱が並び、幾何学的な文様が床から伸びてその姿を飾っている。ずうっと見上げると柱は途中から青い空に溶けこむように消えており、天井と大空との間に境界線を見出すことはできそうになかった。
「あの、どうして私はこんな場所に?」
「実はね、私はこの世界の担当になったばっかりの神様なの。」
「はあ……。」
それと自分になんの関係があるのだろう?
「それでね、前の神様が突然失踪しちゃったから引き継ぎとかもできなくて大変なの。」
「それはご苦労様です。」
「実は最近知ったことなんだけど、この世界を助けるのに必要な勇者の定員はなんと八人だったみたいなのよね。でも私、一般的な七人しか用意していなくて、急遽どこかから一人お取り寄せしないといけなくなっちゃったわけ。」
それはつまりーー。
「まさか足りないから私連れて来られたんですか?」
「そうそう、数合わせで。」
「え、数合わせ?!」
世界を救うのには八人が必要、そこは理解したし必要だと言うのであれば協力も喜んで。
しかし数合わせ、と断言するということは戦力として期待されていないということだろうか?
「え、大丈夫なんですか? そんな適当な感じで……。」
「実は最初に引っ張ってきた七人が凄く優秀だったの、神様的権限でスーパー能力を与えはしたけど想像以上の大活躍して、八人いた魔王の一人をもう倒しちゃったのよね。」
「あっちに置きっぱなしの謎文では結構ピンチな感じ出てましたけど? バリバリ苦戦して長期戦ゲリラ始まるみたいな雰囲気でしたけど?」
「あれ一日目の出来事。で、今は一年目だから戦況はかなり変わっているわ。」
「時間経ち過ぎです。ほとんど詐欺ですよ、それじゃあ。」
というか、一年も経過するまで八人必要なことに気がついていなかったのか――。
先程まで真剣に世界の事を心配していた気持ちを返して欲しいものだ。
しかし戦況が良い方向に進んでいるのならば、それはそれで喜ばしいことでもある。
「正直言って、どんなチートを授けても今のアナタじゃ魔王軍相手に秒で蒸発するのは目に見えているし。」
「戦いインフレージョンし過ぎじゃありません?」
「そういうわけで、必要になるまでは適当に異世界ライフ送ってレベル上げておいて。」
「なんだか雑です。……あれ、今レベルって言いましたか?」
あまりにあんまりな扱いに抗議の一つでも、そう思った矢先に聞こえたのは大変に魅力的で気持ちの高ぶる一つの単語。ファラは俄然やる気が出てきた。
「そうそうレベルあるのよ、この世界。ステータスとか見えない?」
「……見えません。」
「ほら、視界の端とかにそれっぽいアイコンとか見えるでしょ?」
「見えません。」
「え?」
「え?」
キラキラと輝く視線を送り続けるユーリ、何故か黙りこんでいる女神。
ゆっくりと手が上がり、一直線にシワ一つ無い額へと添えられた。
そして女神は険しい顔で「あー。」と声を漏らす。
「――うん、アナタ才能ないのね。」
「なぜ唐突に罵倒? ……あのステータスは? レベルは?」
「私が悪かったわ。アナタはやむを得ない時が来るまで平和に暮らして待っていることにして。」
「あの、私も……ステータス…………。」
酷く憐れむ視線が鋭い槍のように容赦なく心を貫く。
流石にこの空気と、女神の言葉を聞けば期待した事は起こり得ないなどファラにも分かった。
そして理解すると同時に、ファラの表情はそのまま固まって目だけが輝きを失った。
「本当にゴメン。まさか、そっち系だとは『そっち系ってなんですか!』あ、そうだ。なるべく安全なように戦線から一番遠い、自然の豊かな場所でスタートさせてあげるから、ね?」
「あのあの、スーパー能力は?」
「えーっと……その手のスキルは、ステータスのない人には付与できないシステムになっているというか…………。」
「あ、はい。」
当然、話の流れからして分かってはいたが、直接耳にすると受ける衝撃は想像を絶する。
直ぐに元気づけようと明るく女神は声をかけてくるが、夢に見た物語の勇者になれるという淡い希望が目の前で潰えたダメージは凄まじく大きかった。それだけこれから待ち受ける数々の冒険を想像して胸をいっぱいに膨らませていたのである。
明らかに激しく落ち込んでいるファラの姿に罪悪感まで感じた女神は、お菓子を何処からともなく取り出しご機嫌伺いまで始めた。「これ、秘密の限定品よ。」などと言っている。
完全に扱い方の分からない、へそを曲げた子供への対応だ。
残念ながらファラは見た目のわりに元の世界では立派な成人だったので、効果は薄かった。
「……わかりました。残念ですけれど、無理なら仕方ないですよね。」
もぐもぐと棒状のスナック菓子を頬張りながら、ファラはようやく気持ちを入れ替える。
異世界の醍醐味は何も転生特典その他だけではない。
「ほんと、なんかゴメンね? あ、そうだ言い忘れていたことが一つあったわ。」
そう言って女神は唐突にファラの開いている方の手を取って「ふぅ。」と息を吹きかける。
途端に息のかかった手の甲が淡い輝きを放ち、青白い光の糸がその中で踊った。
出来上がったのは不思議な淡く光る模様。どことなく耳を立てた犬っぽく見える。
「それは勇者としての証明のようなものよ。それがあると離れた場所でそれぞれ活動している皆が集まる、定期報告会みたいなものに参加することが出来るようになるわ。」
「報告会ですか? というか私はともかく他の皆さんは一緒に行動しているのではないのですか?」
「一人目の魔王を倒した感じだいぶ余裕そうだったから、それぞれ残りの魔王を一人づつ相手してもらう方向に路線を変更したのよ。」
「七人で七人の魔王をそれぞれ分けっこ……。」
つまりファラは本気でやることがない。
ちなみ勇者の証は与えられただけでも爆発的にステータスを上昇させる効果も持っているのだが、せっかく立ち直ったファラが再び塞ぎこむ可能性を考慮して女神はあえて黙っていた。
「あ、勇者たちから連絡が着てるみたい。そろそろアナタの転送を始めるわね?」
「私はお話できないんですか?」
「残念だけど私の連絡網は特別だから他人は会話できないわ。ちゃんと伝えておくから次回の定期報告会まで楽しみは取っておいてくれるかしら?」
思ったよりも神様には無理なことが多いようだ。
もっとも、よくよく考えると万能の神など存在していれば魔王軍だ勇者だなどと面倒事が起きるはずがないので、不可能があるのは当然のことなのかもしれない。
そうと納得してしまえば諸々の事柄にも諦めがつく。
――諦めが、つく。
「じゃあ送るわよ。」
気がつけば体は光の輪っかの中。
いつの間にかグルリと周囲を取り囲むように現れていた光の帯は、オーロラのように色彩を強度を濃淡をコロコロと入れ替えて次第に背を高く伸ばしていく。
向こう側で女神が小さく手を振り、ファラも同じように振り返した。
ぐんぐんと体は天に登っていく――とは真逆で足元に穴が開き、体は下へ下へと落ちていった。
自由落下としか思えない加速度に悲鳴は徐々に低くなって女神の耳に届くのだった。